第12話
その男は、トリニティ・カレッジの薄暗いダイニングにいた。
途方もなく長いダイニングテーブルのひとつだけ燭台に灯りが灯った席で、メインディッシュのウナギのゼリー寄せをもそもそと食べていた。
年は二十歳中頃のはずだ。
しかし、その男は随分と幼く見える。童顔と、焦げ茶の艶の良い髪質。そうしてなにより、キノコを彷彿させる髪型が、その男の年齢をひと回りほど若く見せていた。
カツ……カツ……カツ……
童顔な男のもとに、杖をついた男が近寄ってくる。
年は二十歳中頃のはずだ。
しかし、随分と老けて見える。ダークグレーの硬質な髪と無精髭、頭にかぶった薄汚れた頭巾。そうしてなにより、杖をついて足を引きずるさまが、この男をひとまわりほど老けて見せていた。
杖をついた男は、童顔男の隣の席にどっかと座ると、
「ったく、いつまでそんな不味いもの食ってんだ。リトルリバー」
と、開口一番、憎まれ口を叩いた。
リトルリバーと呼ばれた童顔な男は、意に返さず、ウナギのゼリー寄せをもくもくと食べている。
「もぐもぐ……ツレないないなぁ。君が来るのを待っていたんじゃないか……もぐもぐ。それに僕は、そんなに嫌いじゃないよ、ウナギのゼリーよせ。
ま、それはいいとして、今日のアンディシュのレポートについて、考えがまとまったようだね…………もぐもぐ」
「ああ。アンディシュのレポートは、今回で三回目。
前回の〝芽かき〟とやらも驚いたが、今日はもっと驚いた。
まさか、交配のために咲く花を、わざわざ摘み取るとはな。そうして、本来は実を宿すために使う栄養を、すべて地下茎に注ぎ込むとは……ことごとく生命の理に反している。
だが、だからこそ、神秘的だ。その神秘の食物ジャガイモを、信託を受けし聖女ナスカが農業の神より賜った」
「うんうん……完璧なシナリオだね……さすがシメオン……もぐもぐ」
「それにしても、あまりに合理的過ぎるな。四百年先の未来の農業技術には畏れいる。
とはいえ、とにかく世紀の大発見だ。
そして、奇跡の食物は、聖女、そして聖女から洗礼をうけた〝ジャガイモの巫女〟のみが種芋を作ることを許される」
そう言うと、シメオンはニヤリと口角をあげ、話をつづける。
「初代ジャガイモの巫女は、おまえの妹とアンディッシュの妹に勤めてもらうことにしよう。そしてその技術は、ナスカの子や、お前の妹の子供たちが一子相伝の秘伝として引き継いでいく。利得権益は、俺たちトリニティ・カレッジで独占するってわけだ」
「……シメオン、お主も悪よのう……」
リトルリバーは、ウナギのゼリー寄せを平らげると、ご丁寧に皿に残ったゼリーを指ですくってペロリとなめた。
「よく言うよ。そう仕向けたのはリトルリバー、お前だろう?
聖女ナスカだなんて、大層なことを言って、俺にシナリオを書かせたのはおまえじゃないか」
「さあ……なんのことやら……ペロペロ。
僕は、アンディシュがあんまりにもナスカに御執心だから、ふたりが大学を円満にカレッジから籍を外せる理由を考えただけだよ。ここにいちゃ、結婚はできないからねー」
そう。カレッジに入舎すると、結婚を禁じられる。
もともとはカレッジの成り立ちが修道院だから……なのだが、長兄以外が〝余計な子息〟を産み家督争いの火種にならないようにすべくとられた措置ともいえる。
「へいへい、リトルリバー君は、とっても学友想いなこった。
ま、なんにしても、だ。来月、白馬に乗った王子様が、聖女と奇跡の食物ジャガイモをカレッジに迎え入れれば、完璧な
そう言うと、シメオンは、古傷をかかえた足をさすった。
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