第13話
な?
ん??
だ???
俺はどうなった?
確か軽トラにぶつかって、そのまま川に落っこちたんだよな。
てことはここは天国か?
いやいや、俺なんかが天国に行けるわけはない。
しかし、なんだこの甘い香りは……。
男は薄暗いなか目を覚ます。そして、その甘い香りが光源となっている蝋燭から放たれていることに気がついた。蜜蝋だ。
男は、注意深く周辺を見た。ここは……地下牢か?
おいおい、閻魔様の裁判なしに獄門行きか?
男は立ち上がった。そして、ようく周囲を観察してみる。
男は不思議な紋様の描かれた中心に立っており、傍にはトラックの助手席においてあった黄色いエコバックがある。
男は、服を見た。燕脂色の縁取りがされている黒いローブを着ている。なんというかあれだ。どっかの映画のアトラクションの魔法使いみたいな格好だ。
ん? 魔法??
男は、さらに周囲を見た。
部屋には、何枚もの羊皮紙が乱雑に置かれている。
男はなぜかスラスラと読める文字を読みながら、少しずつ、状況を飲み込んでいく。
ふむふむ、なるほど、なるほど。
どうやら俺は、異世界に転生を果たしたらしい。
そうして俺は、随分と権威ある牧師の家柄の次男坊で、跡目争いの憂いを立つ為、カレッジとやらに投げ込まれていたと言うわけだ。
そうして、こいつはそのカレッジでポカをやらかし、そこを破門されたと言うことか。
ふむふむ、なるほど、なるほど。
「クフ、クフフ」
男は、声を出して笑った。その瞳は、わざとらしいくらいに細く細く糸のように細くなっている。
これは良い! とても良い!!
私は異世界とやらで新しい仕事に就かせてもらうとしよう。
と、そうだ、俺はこの異世界でなんと名乗ればいいんだ?
男は地下室を出た。すると一人の女性が駆け寄ってくる。
「マシュー様。お食事の用意はすでに整っておりますぅ」
「なるほど、なるほど、僕の名前はマシューなんだね?
教えてくれてありがとう。クフ、クフフ」
「は、はあ……」
女性は、不思議そうに首をかしげる。
「しかし偶然っておそろしいね?
前の名前とおんなじだなんて。ま、苗字と名前の違いがあるが。
クフ、クフフ。
あ、ところで君の名は? あと職業」
女性は、首を傾げながら、しかし素直に答える。
「え? メアリー・スターン……ですけど。
職業はご覧のとおり、家政婦をさせていただいておりますぅ」
「なるほど、なるほど、教えてくれてありがとう。
では、メアリー、早速だが旅の準備をしてくれないかい?」
「え? あ、はいぃ……」
「あ、君も俺の旅に同行してもらうから」
「……え? えええええぇ!?」
トリニティ・カレッジを破門になった大馬鹿者のマシューに、異世界から呼ばれたこの男。
名前は、
副業でトラック運転手をしていた男だ。
・
・
・
数日後、マシューは、男女一人ずつの従者を伴い家を出た。
ひとりは、家政婦のメアリー・スターン。
もう一人は庭師のジョン・フィリップス。
しかし二人とも、マシューと同じ、黒のローブを羽織り、裁判官の助手と名乗らせていた。
マシューは、ふたりの助手に情報を集めさせ、魔女とおぼしき、村のはずれに住む女性を裁判にかけていた。
マシューは、魔女と思しき女性に、黄色のエコバックから岩塩のかけらのようなものを取り出すと、それを炙って女性にようく吸わせた後、鉄製の針で、女性の身体を何度も何度も刺した。
女性は、一切の痛みを感じず、それどころか気持ちよさそうに高笑いをする。
「見ろよ、あんなに針でめった刺しにされてるってのに笑ってやがる」
「血が出てるのも意に介さずだ」
「恐ろしい……」
「魔女だ! 絶対魔女だ!!」
「こいつが魔女だ!!」
「やっぱりだ。こいつが魔女だったんだ!!」
「魔女だ!!」
「今年の不作の原因はこいつのせいだ!!」
村人が口々に叫ぶ中、マシューはこの女を魔女と断定し、彼女を火刑に処すと宣言した。
翌日、庭師……もとい、裁判官助手の大男、ジョン・フィリップスが手際よく魔女を磔にする。
磔にされた魔女は、前日の高笑いとは一変、げっそりとやせこけていた。
「みなさんも見たでしょう。この魔女にかがせていたクスリを。
あれは、魔女の力を封じる白魔術です。魔女は、死後も災いをもたらす恐れがありますので、こうして弱らせてから火で炙らなければいけません」
パチパチと火が燃え、人肉が焦げる匂いが漂う中、村人たちは、口々に、〝魔女狩り将軍〟マシューの功績をたたえた。
「これで、この村は安全です」
「ありがとうございます、魔女狩り将軍様」
マシューは村長からずっしりと銀貨が入った袋をうけとると、宴の席を断って早々に村を立ち去った。
「私は行かねばなりません。魔女に苦しむ人々は、まだまだたくさんおりますので」
「魔女狩り将軍様! 万歳!!」
「「万歳!! 万歳!! 万歳!!」」
マシューは、村人の大歓声を背中に受け、次の村へと急いだ。
「クフ、クフフ……」
笑いが止まらない。マシューは、これこそがこの異世界での自分の天職であると確信した。
罪のない人々をあぶって、甘い甘い蜜を吸う。
日本にいたときと変わらない。いや日本にいた時よりも、はるかに効率がいい。
こそこそと、麻薬の売人をしていた時よりもはるかに効率がいい。
俺はラッキーだ、エコバックと異世界転生ができて本当にラッキーだ。
「クフ、クフフ……」
マシューは、心の底から感謝した。
神にではない。
あのときぶつかった軽トラの運転手にだ。
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