エコバッグと異世界転生。ジャガイモで飢饉を救ってTS聖女を目指します。
かなたろー
第1話
ガアアアアアアア!
のどかなレタス畑にエンジン音がこだまする。運転しているのは中年男性だ。
男性。
48歳。
ひとり暮らし。
肥満体型。
職業、レタス農家。
レタス農家の朝は早い。今は夏。収穫の時期だ。だが、
「はあ……」
ガアアアアアアア!
たちまちレタスは、耕運機の刃に砕かれて、水はけのよい畑の肥やしとなった。
栽培したレタスの廃棄だ。
今年の夏は梅雨が短かった、それはそれは本当に短くて、日本列島全土には、あっという間に夏本番が訪れた。レタス農家は日本全土で今収穫のまっさかりだ。
おかげさまでスーパーには、旬のパリパリと歯切れよくみずみずしいレタスが、たっぷりと特売で並んでいる。
だが、それがよくない。農家にとっては非常によくない。
本来であれば、一か月をかけてゆっくりと北上していくレタスの旬が、いっぺんに訪れてしまった。おかげで供給過多だ。
売ったところで二束三文。今年の夏の異常気象のせいで、完全に供給過多になってしまった。
売れないレタスを畑に放置しておいてもしょうがない。養分を吸って土壌が瘦せるのがオチだ。だからこうして、耕運機でそのまま耕すのが一番効率が良い。
「ふう……」
美味しいものが美味しい季節は安くなり、不作の時は品質が悪くても高値で売れる。
正直やってられない。が、それが農業だ。自分の
何ともバカバカしい、なんと矛盾した行為なのだろう。
とはいえ、これが自分の仕事だ。やむを得ない。
畑のあぜ道をごとごとと走らせて、自宅の納屋に耕運機を収めると、風呂場にいってシャワーをあびた。
農家の朝は早い。そして日が高くなる前に終わる。
本来であれば、農協にレタスを卸に行くのだが、今日は気が乗らない。売ったところで二束三文だ。それに、収穫と廃棄を同じ日にしたくない。
野菜だって生き物だ。かたや食卓にのぼり、かたや土と一緒に粉みじんにされて肥やしになる。この、命の選別ともいえる行動を、同じ日に行うことがどうしても気が引けた。
今日はもう、寝てしまおう。とっとと昼寝をして、腹いせに何か美味しいものを作って食べよう。
夕方。
今はスーパーからの帰り道、助手席にはスーパーで購入した食材と、財布がはいった黄色のエコバッグが置かれてある。
今日作るのはカレーだ。それも、自分でスパイスを配合するスパイスカレーだ。
しかもカレーについては一過言ある。ホールのコショウと鷹の爪、それにコリアンダー、クミンシードをたっぷり買い込んだ。具はシンプルに、ジャガイモとニンジンと玉ねぎ。それと家庭菜園のトマトを湯引きして放り込む。肉は牛と豚の合いびき肉。キーマカレーだ。
これに文字通り売るほどあるコンソメベースのレタススープとサラダを合わせる。サラダには、家庭菜園のトマトとおくらも入れる。そしてデザートは同じく家庭菜園のとうもろこし。
四十代のおっさんの献立としては、随分と健康的だ。
しかし……。
廃棄するほど野菜があるのに、カレーの野菜は買わなきゃならない。よくよく考えたら、なんともバカらしい行為だ。SDGs『持続可能な世界』とらやとは程遠い。
プワーーーーーーン!
キキ―!!
ガシャ―――ーん!!
な?
ん??
だ???
突然の出来事に、
熱い。腹が焼けるように熱い。
「げふう……」
せき込むと血が噴き出した。
あ……これはダメだ。内臓がひき肉にされた感覚。
なんてこった。まさかレタスの輸送トラックに跳ね飛ばされるなんて。
あ……そっか、これはバチだな。
レタスを廃棄したバチが当たったんだ。
これは、レタスの怨念だ。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
な?
ん??
だ???
私はどうなった?
確かレタスの輸送トラックに弾き飛ばされて、川に落っこちたんだよな。
てことはここは天国か?
いや、川の流れる音が聞こえる。
三途の川??
てことは地獄か。
レタスを廃棄したバチが当たったのか。
……あれ?
なんか冷たいな、ってか寒い!! 寒い寒い寒い!!
私は急いで上半身を起こすと、立ち上がって川岸へと向かう。
なんだか身体が軽くなった気がするけど、それどころじゃない。
「さ~む~いぃ~!!」
私は叫んだ。震えた声は、なぜかソプラノの可愛らしい声だ。
え? どういうこと??
でも、まあ、いいや。今はそれどころじゃない。私は急いで川から上がると、服を脱ぎ去った。水に濡れている服なんて着ちゃいられない。
でもなんだ? なんでこんなに川の水が冷たいんだ?? 今は真夏だぞ!?
と、いうか……ん? なんだこの服。このボロ雑巾のような服。
あれ? なんだか痩せた??
なんで身体がこんなにガリガリなんだ??
というより……!!
女の子になっている!!
私は自分の身体を見た。透き通るほど白い肌に棒のように細い腕、そしてとてもとても控え目な青いつぼみ。
私は川をのぞいてみた。そよそよと流れる水に、私の顔が映っている。
肩までの、色素の薄いふわふわとした金髪に、青い瞳。そして顔にちらばるそばかす。
えーっと……?
これって、異世界転生ってやつ??
私、異世界で女の子になったってこと!?
十代そこそこの少女に転生しちゃったってこと!?!
気が付いた途端、私はあわてて水浸しの肌着を絞って、ふるえる手で肌着を頭からすっぽりとかぶった。
はずかしい。いや、それ以上に身の危険を感じた。
私は、肌着のまま、まるで雑巾のように薄汚れた上着とエプロンを持って一目散に家へと帰ることにする。
って、そもそも家はどこにあるんだろう。
私はキョロキョロとあたりを見渡した。一軒だけ、グレーの石造りの家が見える。あれが私の家?
わからない。
わからないけど、とりあえず行ってみることにしよう。
私は、雑巾のような衣服をわきに抱えて、水の入ったグショグショの革靴を「ぼしゅぼしゅ」と鳴らしながら、土手を登った。
すると道端にあきらかに妖しい文様が描かれており、その中心にとても見慣れたモノが置かれてあった。
黄色いエコバックだ。
私は、エコバックを拾い上げた。
中身はジャガイモとニンジンとタマネギ、それからスパイス類に財布。
うん。全部そろっている。
なぜだかわからないけれど、私はエコバッグと一緒に異世界に転生して、少女の身体に入り込んでっしまったみたいだ。
とりあえず、エコバックは拾って帰ろう。
このままではポイ捨てになってしまう。『持続可能な世界』とらやとは程遠い。
私は、水の入った革靴を「ぼしゅぼしゅ」と鳴らしながら、右手に濡れた衣服。左手にエコバックをかかえてグレーの石造りの家を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます