第4話
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ジャガイモ。ナス科ナス属の多年草の植物。世界中で栽培される。
花は紫色で、栽培から数か月で収穫が可能。一般的には冬に植えて初夏に収穫される。とはいえ寒さにも暑さにも強いため、一年中、作付け可能だ。
(日本には〝三度芋〟という別名すらある)
揚げたり、蒸したり、茹でたり、煮込み料理などあらゆる調理法に適し、保存がきく。デンプンのみを取り出せば(現在で言うことろの片栗粉)、小麦粉のかさを増すのにもうってつけだ。
それに片栗粉であれば、穀物と同等の長期間保存も可能になる。
この時代の食糧事情を鑑みるに、穀物の代替、つまり主食にするにはうってつけだ。
そしてこれが最大の利点。「種芋」を植えつければ簡単に栽培が可能なところ。
つまり私と一緒に異世界転生した十数個のじゃがいもを種芋として活用すれば、瞬く間に増殖をしていくはずだ。
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私は、アンディシュにジャガイモの特長を説明した。さすがに異世界から持ってきたとは言えないから、偶然、家の近くで見つけたことにして。
「ううむ……にわかには信じられない。本当に食べてしまっても大丈夫なのかい?
聞くかぎり、その植物は〝ベラドンナ〟だとしか思えないのだが?」
「ベラドンナって?」
「ベラドンナを知らないのかい? ああ、忘れたのか?」
「聞いたことがある気はするんだけど……」
「紫色の花を咲かせ、そのあとになる1センチほどの実が、とても甘いが毒をはらんでいる」
なるほど……私はそれっぽい嘘を並べ立てる。
「きっとベラドンナの変種だよ。食すのは地下茎がふくらんだ〝芋〟の部分よ。あ、でもそこから生える芽には毒があるけど」
「おいおい! ベラドンナはその地下茎に一番毒素を含んでる植物だぞ!
それにその特性なら、僕は真っ先に〝マンドレイク〟を連想するよ!」
そうなんだ……。
父親の教えで「百姓は百の作物を育てて一人前だ」と聞かされていたから、春夏秋冬、ありとあらゆる作物を育ててきたけど、さすがに毒草なんて育てた経験がない。
しかも〝マンドレイク〟なんて……マンドレイクってあれだよね。引っこ抜くとめっちゃ叫び声をあげるっていう……私は改めて異世界に転生した事を痛感する。(あれ? 地球にも実在したんだっけか……忘れた……)
でもまあ「百聞は一食に如かず」だ。
「アンディシュ、今日はどこに泊まるの?」
「今日はこの町に宿をとってある。明日君の家に行って、君に大学に帰るよう、君と母上の説得するつもりだったからね」
「じゃあ、明日、お昼前に私の家に訪ねてきて。とっておきのジャガイモ料理をご馳走してあげる!」
「あ、ああ……わかったよ」
アンディシュは、いぶかし気に返事をする。
そんなアンディシュにわたしは小首をかしげてはにかんだ。
「あと、悪いけどお金を貸してくれないかな?
母さんに小麦を買ってくるっていって出かけたの」
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「ただいまー」
「まあ、まあ、なんだい、その大荷物!」
背中にガッチリと食い込んだ
学友から銀貨四枚を借りて、袋いっぱいに詰められた小麦粉を持ち帰ることができたからだ。おまけに雑貨屋の店主に懇願されて、ホールのコショウ五粒と交換で、一キロ近くの鹿の干し肉も手に入れた。(雑貨屋の店主に病床の母のためと言われて断りきれなかった)
「いやはや、今日はごちそうだね! さっそく使わせてもらうよ。
あんたは火の番をたのんだよ」
そう言うと母さんは、鹿肉の干し肉をほんの少し切り取って、ナイフで細かく刻んで鍋の中に入れる。
同じく小麦粉の袋からごく少量を取り出して、木製のボウルの中に取り分けて、水を注いで捏ねて生地をつくった。
私はと言うと、火だねを掘り起こして薪をくべ、かまどの火力をあげる。
(最初のうちは難しかったけど、この一週間でだいぶコツをつかんだ)
鍋がくつくつと煮立ち始めると、母さんは、小麦粉の生地を無造作にちぎって鍋の中に入れていく。
ひと煮立ち立ちして出来上がった〝鹿肉のすいとん〟は、なんとも粗末な料理だった。
とはいえ、昨日までのカブしか入っていない鍋と比べれば、大変なご馳走だ。
なんてったって味がある!
スープには、鹿の油が溶け出してしっかりと出汁がきいており、無造作にちぎり入れられた小麦粉のだんごはスープによくからむ。
「こんなご馳走、いつ以来だろうねぇ!」
私は、ごきげんで鹿の干し肉入りすいとんを食べている母を見て嬉しくなる反面、胸がチクンとうずいた。
理由はふたつ。
ひとつめは、昼間、学友のおごりで、この夕食よりも遥かに豪勢なランチをアルコール付きでいただいてしまったこと。
ふたつめは、今日買い込んだ食材は、私の財産のほんの一部だと言うこと。つまりは、母親にだまって、コショウと言う財宝を隠し持っていると言うこと。
コショウをすべて売り払いさえすれば、今よりもはるかに裕福な生活を母にさせてあげることができる。
しかし、私はコショウを自分のために使うことにした。
母親に内緒で大学の学費に当てることを決心したのだ。
もちろん、大学に帰るのは、ナスカが予言した、これから訪れる未曽有の大飢饉の対策を練るためだ。完全な利己主義からではない。
とはいえ……私は母親を捨てて、再びこの地を離れようとしているのだ。生みの親を見捨てるのだ。
ナスカにとって、そして私にとっても二度目の親不孝。
結局、私と言う人間は、生まれ変わっても親不孝者なのだ……。
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ナスカが母との食事を楽しんでいる頃、アンディシュは、街の宿で日課の日記をつけていた。
アンディシュは、その大きな手で、この時代には相応の価値のある羊皮紙に、小さな小さな字を余すことなくビッシリと書き記していく。
内容は、学友、ナスカの豹変についてだ。
随分と人柄が変わってしまっている。
なんというか……とても穏やかだ。
女性であること、そして賤業の出であるナスカに対して、大学の風当たりはそれはそれは強かった。
しかしそんな逆風にナスカは屈しなかった。学友にも、教授にも、学園長にさえも、一切屈しなかった。
ナスカはとにかく優秀だった。そして誰よりも努力した。そしてそして、とてつもなく気が強く、とほうもなく弁が立った。
ハイテーブルディナーの席での討論会は、彼女のためにあったといっても過言ではない。
ナスカは川に落ちて、石で頭を打ったことによる記憶喪失だと言っていたが……にわかには信じがたい。(気が強く、自分の意志を絶対に曲げない、頑固者のナスカの頭だ。川の石にぶつかったのなら石の方を砕きかねない)
性格の豹変以外にも、彼女には不審な点がある。
コショウだ。
ナスカが、希少なコショウを持っていたこと。それも信じられないくらい大量に所有していたこと。
ナスカは、大学一の秀才だ。けれども貧しい農村の出で、しかも狩りを生業とする賤業の家の出だ。
遥か東方の暖かな気候の中でしか育たない、希少なスパイスをどこから手に入れたというのだ?
あれは、おそらくナスカではない。
信じがたいが……本当に農業の神なのだろう。
彼女が秘密裏に研究していた召喚の儀式。
この世界とは、別の世界の英知を授かる儀式。
まごうことなき黒魔術、魔女の降霊術。
それを行使したとしか思えない。そして彼女の身体を宿した農業の神は、飢饉を救えるという食物を持参してきたと言う。
ジャガイモ。
それは、交配をなさずとも無限に増殖をする能力があるらしい。
にわかには信じがたいが、ナスカと入れ替わった人物は、確かにそのような食物が実在し、明日、ご馳走してくれるという。
しかし、その作物は自然の摂理に反してはいないか? 果たしてそれは、人が口にして良いシロモノのなのか??
わからない。
わからない……が、見定めるべきだろう。
それが神の食物なのか、それとも悪魔の食物なのか。
そこまで書くと、アンディシュは筆を止めた。
いずれにしても、僕はひと足遅かった。
ナスカ、君は逝ってしまったんだね。
僕と言う恋人がいながら、別れを告げることもなく、この国を救うために……忌まわしき黒魔術にまで手を染めて……。
アンディシュは、恋人を喪った虚無感に、女々しくも夜通しむせび泣いた。
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