第5話
翌日、ナスカは朝早く起きて、料理を始めた。
なんとしても、アンディシュにジャガイモの魅力をアピールしなければならない。
とはいえ、私といっしょにこの世界に転生してきたジャガイモの数は限られるし……。
私は、じゃがいもを四個だけ使うことにする。
二つは、種火の中に放り込んで焼く。
一つは、千切りにして、溶かした小麦粉を絡めて、鍋肌に薄く伸ばして貼り付ける。
最後の一つは、一旦鍋に入れて茹でた後、小麦粉と一緒に混ぜてニョッキにした。
(エコバックに入っていたニンジン1本と玉ねぎ半玉も入れる)
スープの中に、スパイスを入れてカレースープにすることも考えたけど、やめた。
あんまりに突飛な料理を作ってしまうと怪しまれかねない。
母さんは、手際よく料理を作る私をみて、目を細めている。
「おやまあ、随分とハイカラな料理を作って。そんなにそのアンディシュさんが尋ねてくるのが楽しみなのかい?」
え? どういうこと??
「隠さなくてもいいよ。彼、あんたを
え? そういうこと!!
そっか……ナスカとアンディシュって付き合ってたんだ……。
って、私、男の人に求婚されるってこと??
どうしよう……私、中身はオッサンなんだけど。
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ナスカが昼食の支度をしているころ、アンディシュは宿屋を出て、ナスカの村に向かっていた。
アンディシュは、ナスカを中央へつれていくつもりだ。
だがそれは求婚のためではない。
ナスカを魔女裁判にかけるためだ。
ナスカが写本した書物の中に、異界の人物を召喚する黒魔術の書の複写があるはずだ。それさえ見つけてしまえば、ナスカはもはや言い逃れができない。
アイツは、ナスカの身体をのっとった別人なのだ。
もはや、なんの未練もない。
だが……アイツが救世主と主張する、ジャガイモとやらには興味がある。
本当に飢饉を救うことのできる食糧なのか確かめてみたい。
火刑にかけるのは、アイツが救世主と語るジャガイモとやらの栽培法を聞き出してからでいいだろう。
街の宿屋から歩いて半日、アンディシュはナスカの住む村に着いた。
ナスカの村は小さな農村だ。一面の麦畑が広がっている。
が、その実りは細く頼りない。おそらく今年は不作程度で済むはずだ。
だが来年はそうはいかない。寒冷化の波はこの〝
となると歴史は繰り返す。四百年前の戦乱の世へと逆戻りだ。
アンディシュは、村の中を突っ切っていく。
ナスカの家は、村のはずれの川沿だ。猟師を生業とする賎業の家だ。村の輪の中に入れてはもらえない。無論小麦をつくれる畑などもらえるはずもない。
家の周辺に、自分達が飢えをしのぐための、ささやかな家庭農園を持つだけだ。
ナスカの家が見えてきた。この地方で採掘されるグレーの石を使った建築様式。レンガをつかわない一昔前のそれだ。賎業を生業としてきた一族の、この村での扱いが一目でわかる。
「アンディシュー!」
ナスカは笑顔で手をふって出迎えてくれる。
いや、騙されるな。
アレはナスカじゃない。ナスカの皮を被った得体の知れない何かだ。
「今日は、アンディシュのためにジャガイモ料理を作ったわ。
そんなに凝ったものはつくれなかったけど」
そう言いながら、ナスカはアンディシュを小さな家へと案内する。
「まあまあ、あんたが、アンディシュさんかい?
遠いところからよくおいでくださいました」
家に入ると、母親もにこやかな笑顔で出迎えてくれる。
この母親は、ナスカが別人と気が付いていないのだろうか。
ナスカは家に入るなり暖炉に駆け寄って、棒切れで灰をつついて、こぶしくらいの大きさのものを二つ取り出した。
「これがジャガイモよ」
ナスカは、その灰だらけのじゃがいもを布で持つ。そうしてナイフで灰と皮を器用に削ぎ落とすと、一口大に切り分けて岩塩をふりかけた。
「まずはシンプルに、焼いたものを食べてみて」
アンディシュは、それを口に入れた。ほくほくとしたそれは、自然の甘さがあり、岩塩の塩けとよく合う。
「まあまあ、都会にはこんなハイカラな食べ物があるのかい?」
アンディシュと一緒に食卓を囲むナスカの母親も初めて食べるのだろう。ジャガイモという未知の食材に驚いている。
「次は千切りにして、小麦粉をツナギにして焼いた、ジャガイモクレープ」
ナスカは鍋肌にはりつけてあったジャガイモをナイフで剥ぎ取って、皿の上に置いた。添えられた鹿の干し肉を包んで食べる。
小麦粉でコーティングされた部分が焦げ目となり、パリパリと良いアクセントになっている。
美味しい。調理法でここまで食感がかわるものなのか。
ナスカは最後に、鍋からスープをよそって出してくれた。
スープの中には、なめらかな黄色いものが浮かんでいる。
「最後にニョッキのスープ。中のお団子は小麦と茹でたジャガイモを混ぜたものよ」
聞きなれない名前のそれは、しかしとても食べやすい料理だった。
なるほど、つまりは小麦粉を〝かさ増し〟した料理なのだが、むしろ小麦粉の団子よりうまいくらいだ。
アンディシュは、そのニョッキとやらの入ったスープを夢中で食べ、気づいたら器の中は殻になっていた。
「おかわりは、いる?」
ナスカが小首をかしげて、笑顔で聞いてくる。
「あ、ああ。頼んだよ」
「えへへ、気に入ってくれてよかった!」
ナスカは、花が咲くように微笑んだ。
アンディシュはその笑顔につられ、結局、ニョッキ入りのスープを三度もおかわりした。
アンディシュは、すっかりジャガイモの魅力にとりつかれていた。
そして、ナスカと入れ替わった人物の本性を図りかねていた。
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