サン=スィル様との契約

突撃訪問

「社長! 社長! やめましょう社長!」


「大丈夫だってアノ君。今回は重要な仕事、だったら社長自らの手で送り届けたいじゃないか」


「あの、マジで、ウチの転送装置『石の中にいる』があり得るやつなんでほんと」


「だーいじょうぶだいじょうぶ、ほらメモだって三回も書いたんだぞ」


「それってそれだけ覚えられてないってことじゃないですか!」


「そんなに心配しないでくれたまえ。こう、わからなくなったらわかるところまで戻ればいいんだよ。まず、コンセント入ってる。電源光ってる。でここに貼ってあるパスワードを『tanoshii=mutinnroudou24』でエンター、エラー?」


「社長! わかるやつ! そこにわかるのいますから!」


「そんな甘やかされちゃあいつまでたっても覚えられないだろ? それにほら入れた。頭大文字だったよ。セキュリティ万全。あとはここ立ち上げて、チョチョイのチョイして、数字をコピーぺしてほらこれで完了、あとはシュ、だよシュ。それじゃあいってらっしゃーい。前社長に会えたらくれぐれもよろしく。あとノルマ、初心者向けに減らしてはあるけど、大丈夫だよね。わからないことがあれば連絡を。置き土産はいいや。それからあそこの女神、顔見知りじゃあないけどなんかキャラ被ってそうだからダメっぽいなら消しちゃってもいいよ。それじゃあ………………シュ?」


「だからー!」


 ガン!


「ちょ! ブラウン管テレビじゃないんですから!」


 ガンガンガンガンガン!


「社長! やめて! それ精密機械! 壊れる! 壊れて動いたら俺が死ぬ! せめて一回でダメなら諦めて! 学習して!」


 ジャバー。バチバチ!


「シャチョ!」


「ほおぉら。いい感じに動き出したよ。やっぱり悪い子にはコーヒーぶっかけるに限るね」


「ねじゃないってなんでこんな……社長、まさかまた薬やってるんじゃ」


「まさかまさか。またじゃないよ。まだだよ」


「社長! それじゃあ入院した意味ないじゃないですか!」


「意味はあったさ。ほらこの通り、初めて味わった時のよな新鮮な気持ちでハァイになれてるよふふふふふふふふふふふ」


 シュ。


 ◇


 シュ。


 ガン!


 ……生きてる?


 ……生きてる。


 体、動く。息、できる。周り、見えない。


 ココドコココ?


 スマフォ出してライト点けて、まずボロい天井、つまり転送装置中じゃない。


 立ち上がって確認、ビジネススーツがよれよれになって、革靴にも傷、その下の足元には、なんだ?


 いや、一つ一つはわかる。木箱とか、靴とか、本とか、あとなんか布とか、けれどもそれは部屋の中、ぶちまけられてる意味がわからない。


 知識から割り出すなら、汚部屋が一番近いだろう。物を集めるだけ集めてコントロールできない結果、虫が湧いてないだけ優秀とも言える。


 ここが初期の転送予定地とはとても思えない。


 転送事故、下手すれな次元クラスで別のところに飛ばされてる可能性だってある。となれば、帰れない可能性も……だからコーヒーは嫌いなんだ。


 愚痴ってもしょうがない。


 今は現状確認、体は無事、服も綺麗、財布やらなんやらも揃ってる。


 それから汚部屋に沈みかかった荷物を二つ、一つは私物の着替えなスーツケース、もう一つは仕事のカタログ入った紙袋、どちらもちゃんとある。中身は、もっと綺麗な場所で確認すべきだ。


「それは捨てないでって言ってるでしょ!」


 そこに女の甲高い声が、壁の向こうから響いてきた。


「ここにあるものは全部使う予定があるからとってあるの! 勝手に処分しないでちょうだい!」


 言葉通じる、年齢若め、性格キツそう、命令口調からこの部屋の主人、そして命令から一人だけではないとわかる。


 客としては美味しそう、ただこの状態だと美味しくない。


 怪しげな不法侵入者ではなく、普通にドアをノックして、でなければ。そのためには脱出が必要だ。


「わかってるわよ! 邪魔になるならえーっと、そこ! そこの部屋にでも入れておいて!」


 命令、ガサコソ、人の気配、いなくなるまで息を潜めて、との思いを裏切って扉が開いた。


 そこにあったのか、なんで気がつかなかったのか、後悔するほど真正面に、それも両開きで開け放たれる。


 俺に隠れる隙さえ与えず入ってきたのは血色悪いメイドとメイド、どちらも死人が動いてるかのようだった。


 その間にあるのは空の水槽、メイド二人掛かりでなんとか持ち上げ運べる大きさ、一度も水を入れたことがないのかすき通るガラスの向こうに女の子がいた。


 絶対声の主、銀色の長い髪にパーマかけてるのは権力と不労の証し、赤と黒の派手なドレスは富と自由の証し、とも取れる。言動からメイドの主人だろう。


 これは上客候補、けれども出会いは悪かった。


 初めにメイドが俺に気がつき立ち止まり、続いて候補の女主人がそのメイドにつられて気がついて俺と目が合った。


 候補、初めはきょとんと、それから顔色青く、だけどだんだんと赤く変色、同時に眉毛もつり上がる。


 そして声が吐き出される前に落ちる水槽、見てば運んでたメイド二人の素早い反応、血色悪い癖にやたらと素早い動きで、ガラスが割れるころにはそれぞれどこからか出したナイフを投擲していた。


 軌道はまっすぐ、回避はこの足場では困難、素早い計算で私物スーツケースを盾にする。


 ガスガスガス、手応えと音で貫通したとわかってしまう。


 いきなりアンニュイな気持ち、いきなりの必要経費、凹んでるところへ気配を察知、もういらないスーツケースを押し投げるとちょうどメイド二人の間へ、牽制となってその足を止められた。


 その隙に、俺は両手を上げてみせる。


「いやまって。降参、降参です」


 ピタリ、メイド二人が立ち止まったのは目と鼻の距離、そのナイフはハサミのように交差して、俺の喉元に突きつけられていた。

 

 ……ちょっと、危なかった。


 ギリギリのライン、あと一歩踏み込まれてたら、能力解禁で防御に回らなければならなかった。それだと弱者にはなりきれない。少なくとも、自分を倒せる相手との交渉は警戒されやすいのは経験で学んでいた。お客様は神様だと思ってると思わせるのが商売だ。


 そんな気遣い、わかってなさそうな女主人はグシャグシャと割れた水槽踏み砕きながら俺の前へ大股で歩み寄り、鋭い視線を突き上げてくる。


「言っときますけどね!」


 甲高いヒステリックな声、部屋に響かせる。


「部屋が片付いてないのはたまたま、今日たまたまですからね!」


 吐き出された言葉に、言葉が出ない。


 喉元にナイフ突きつけられて、両手を上げて降参してるとはいえ、俺は侵入者、それを前にして堂々とした振る舞いは器のデカさとも言えるがしかし、名を訪ねるでもなく目的を問うでもなく一声が、言い訳とは、間違いなくこの女主人はポンコツだった。


 これは美味しい。


 売るものが決まった。

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