我らが逃走経路

 人選に狂いはなかった。


 作業着姿の男、進む先に悲鳴はない。


 安心安全安定な日常風景を選んで移動出来ている。


 けれどそれもすぐに消え、呪いは移り、背後の悲劇へ共に飲まれていく。


「なんで、なんでサーチ含めて16枚体制で1枚もこねーんだよ!」


 どこかの誰かの叫び声とともに風に舞う無数のカード、それらに視界を覆われたタキシードの男が、振り払おうと手に抱えていた大きな薔薇の花束振るうと、赤い花びらに混じって小さな蜂が飛び出し、すれ違いざまに大欠伸してた男の口の中へと吸い込まれていった。


「むがあああああああああああ!!」


 蜂を飲んだ男、目を白黒させて喉を抑え、今更蜂を追い払うように暴れると、まだ花束振ってたタキシードと激突した。


「あ、あ、あ、うわあああああああああああ!!」


 タキシード、激突によりバランス崩し、踏み止まろうと踏み出した足の下にバナナの皮、ズルり滑って、それでもと踏ん張った結果全体重乗せたサーフィンに、狙ったとしか思えない滑走でこちらへ、俺の目の前を突き抜けると、自然な流れでその先に来ていたバスの後輪へと吸い込まれていった。


「あ、あぁ、アリバイが、時刻表トリックが、私の完璧な復讐計画がががが」


 絶望の声はバスが向かおうとしていた先の停留所から、スカーフ頭に巻いて大きなサングラスにハンドバックから果物ナイフの柄がしまいきれてない女が愕然と崩れ落ちる。


「の、呪いだ! これはヤタガミ様の呪いだ! もうおしまいだぁ! みんな殺されるんだぁ!」


 その女の向こうで喚く初老の男、頭を抱えて前屈みに、ふらふらと車道に出たところに落ちてきたのはガラス板、地面にあたって砕ける前に、間の首と両手首を斬り飛ばした。


「はぅ!」


 その内の首が飛んでった先にレッドヘアーの男、反応すらできずに股間に直撃、転がる頭の上に覆い被さるようにしてしゃがみこみ、両腿と両手で股の間を抑えて悶え転がる。


「止めろ! ネタバレは止めろ! 呪いだとか犯人だとか俺は俺の力で推理したいんだ!」


 その向こう側では学生らしい少年が叫びながら芯を出しすぎたシャーペンで耳の穴をほじり始めた。


 混沌の風景、惨劇の連鎖、狙って計算して積み立ててもこうはならないだろう事故につぐ事故、その中を突き進む作業着姿、その後に続く俺の前にまた別の、間抜けに口を開きっぱなしな男が立ちふさがった。


「が! が! が!」


 なんか前衛芸術としか言いようのない髪型、蓋を外したペットボトルを持ったままの右手で自分の喉を指差し、空いてる左手は自分の背中に回してカイカイ、パフォーマンスか物乞いかは知らないが興味ない。


 横へ避けてと一歩ずれると応用に男も一歩、立ちふさがり行く手を阻む。


 邪魔だ。


 僅かな苛立ちと共に俺は右手を男の顔へ、口を覆うように掌押し付けると能力を発動、口中へ直接ドライアイスねじ込んでやる。


 これに声もなく悶える男、僅かに白煙溢しながらやっと道を開ける。そのまま喉に詰まらせて死ねばいい。


 そうやって俺が邪魔者退かしてる間に作業着姿、どうやったのか地面よりマンホール退かして地下へと降りてる最中だった。


 慌てて追いかけるもその姿は影の中、だけどもさほど深くはないらしく、日の当たる場所はくっきりと見えた。


「バナナ食べてないでちゃんと聞いて!」


 更なる声、防災無線を通してかかなり大きな音量広範囲で、今度は女の声だった。


「ファイ×モデとモデ×ファイじゃ全然違うの! てかファイが総受けってなんでわかんないかなー! ファイって強気な癖に温度とか繊細なザーなんだよザー! だったら強気総受けに決まってんじゃん! それを何よ! あんた頭女神なんじゃないの!」


 よくわからないことを聴き流しながらマンホール穴へ、壁に打ち込まれてるハシゴを伝って降りる。


 汚れた手とは裏腹にゴミも少ない渇いた底、前後に伸びる地下空間は下水道ではなく雨水逃す暗渠なのだろう。見た目では分かりにくいが踏むと実感できる傾斜がある。丈夫そうな壁、亀裂もなく、よほどことがなければ崩落しなさそうだし、少なくとも自動車が突っ込んでくる心配はない。


 流石は作業員、俺の人選に狂いはなかった。


 光源はまばらに差し込む日の光と、はるか先、傾斜を下った先を行く作業員が手にしてた赤く光る棒、そっちに向かったらしい。


 それに習いついていく。


「どうぞつってんだろ!」


「見てません! 僕は何も見てません! だからお家に帰らせて!」


「なぁにかえって免疫がつくってもんよ!」


「あなたこれがいじめに繋がったらどう責任取るつもりよ!」


「昨日もよしだったからよし!」


「そんな違います! 私こんないやらしいもの注文してません!」


「超ウルトラ面白ろコント100連発その十一、スプーンでパスタを食べるヘビ」


「今お前、俺のことバカって言ったな」


「違う! これはやつが悪いんだ! 正当防衛だ!」


「はぁ? 赤ちゃんだってハチミツ好きでしょ?」


「おい。歩道が空いてるではないか」


「僕と結婚してください!」


「命札ってなんのことっすか?」


 破壊的騒音に混じって聞こえる地上の惨状、身の守り方を知らない低レベルな連中には地獄がお似合いだ。もっとも、向こうが上なのだけは癪に触る。それにこの後の書類仕事、量を考えれば今夜は徹夜になるだろう。


 沈む気分、それでも生きていればこそだ。


 思いながらの歩みは思いのほか軽やか、知らず知らずのうちに先行く作業員との距離が縮まっていく。


 点滅するように繰り返される日光と日陰、磨かれたばかりのようなヘルメット、風を切る赤い棒、安定して進む足取り……そこまで見てようやく俺は、やらかしたことに気がついた。


 ……人の考えを読む場所は主に三ヶ所ある。


 一つ目は言わずもがな顔、表情や目線だけでなく、呼吸や首の傾きなどから、この手の情報に関してはいくらでも語ることができる。


 次が両手、動作や構えから対象をどう見ているかが透けて見えるし、爪や指紋など指先を見れば職業や生活習慣が伺いしれる。


 そして最後、地味なのが足だった。


 情報量は少ないけれどもなんとなく、興味のある方向につま先を向けていたり、あるいは座っている状態で足と足との距離を測れば互いの心の距離が推察できる。


 そして姿勢を合わせ、歩き方からも色々わかるもの、気分が明るく喜びに溢れていれば軽やかに、逆に沈んでいたり不安があれば縮こまる。


 加えて達人になれば歩き方で個体識別できるそうだが、それら引っくるめてこの作業員の歩き方は、何もなかった。


 一定でブレのない歩幅はそれだけ見れば自身の表れと強い意志、とも取れるがしかし、ここは光と闇とが交互に現れている。つまりは異なる二つの環境を、全く同じ歩みなのはまずありえない。


 あるとすれば武術の達人、体に最善の足運びを刷り込んだ結果なれど、そのような感じもなかった。


 例えるならばゲームのキャラ、歩くモーションが一つしかないかのよう、つまり、相手は、人ではなかった。


 ……気がつけば俺も、作業員も立ち止まっていた。


 やばい空気、そっと荷物を下に下ろして構えると、それが見えているかのように作業員も振り返る。


 その顔を見た瞬間、いや見えなかった瞬間、やらかしは確定した。


 上から差し込む日の光、いくらかの反射を伴う中で黄色いヘルメットの下にあるはずの顔は影に覆われて見えない。それも、本来ならばありえない角度の影、べったりと張り付く様はゲームのキャラか、でなければできの悪い合成写真だった。


 このような存在、人であるはずがなく、ならば感情など読めず、交渉など不可能だった。


 そしてそのような存在と、地上で巻き起こっている惨劇、関連付けない方がおかしい。


「……事故は、起こるさ」


 唐突な作業員の声、ちゃんとした男の声、けれども感情は読み取れず、あるのかさえも不明瞭だった。


「一つ一つは小さなこと、それらが積もると怪我につながり、さらに重なれば命を奪う。マニュアル記して点検して、注意も可能、だが人は忘れ、怠り、事故が起こり、私が産まれる。君もそうだ。数々のミスを重ね、ここまできた。そして最後の一つ、君は何もしなかった。だから事故は起こるのだ」


 そうして深々と頭を下げる姿、その意味、感情云々読めなくても流石にわかった。


「今日も一日、ご安全に」


 これは、最後通告、いや処刑宣告だった。


 ……背後から、地響きが響き始めた。

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