〝事故〟の概念体関連の契約

優雅なティータイム

「ショートアイスデカフェエクストラコーヒーアドローファットミルクアドチョコレートシロップウィズストロー」


「……はい?」


「ショート、アイス、デカフェ、エクストラコーヒー、アドローファットミルク、アドチョコレートシロップ、ウィズストロー」


「えっと」


「……サイズ小さいので氷入った冷たい濃いコーヒーを、脂肪分ゼロのミルクとチョコレートのシロップ入れたやつで。それにストロー刺して」


「あの、すみません。ここは紅茶専門店でして」


「だったらアイスのミルクティー、小さいので、シロップとストローも」


「銘柄はいかがいたしましょう? 当店オリジナルブレンドもご用意してありますが」


「どれも一緒だろ? 安くてすぐ出るやつ」


「あの、はい。かしこまりました」


 使えない。


 首都セントラル、この世界での最大都市、その中の比較的栄えてる大通りに面するオープンテラスカフェ、名前は『ニュークリア*カフェ』とか。


 ここでなら一時の休息も取れるかと思ったがこれとは、所詮は個人経営、チェーン店には敵わないということだろう。


 それでもそこそこ人が入り、やっていけてるのは経営努力、ではなく未開地だから、未墾の肥沃な大地に雑草が生えてるようなものだろう。


 これなら、今ならビジネスチャンス、適当なやつに、それこそこの店にフランチャイズ契約申し込んでサインさせれば逆バニーがまた増える。


 とか考えるのはギャラが出てる間だけにしておこう。


 今は三時のおやつ時、休憩の時、働く時間ではないのだ。


 ギシリ、白い木の椅子にもたれながらカフェの正面、大通りを眺める。


 アスファルトにコンクリート、鉄のマンホールの上を馬車と自動車が行き交っている。対面の建物はレンガのビルにガラス張りなお屋敷、灯る明かりもロウソクにランタンに電球になんか魔法と時代も文化もめちゃくちゃだ。


 新人女神がジャンクな世界を引き取り、なんかやってる世界、上がいかれてると下もいかれるという典型だろう。


 行き交う人も薄汚いドワーフや鎧甲冑、道路工事でもやってるのか黄色いヘルメットの作業員にジョークのつもりか筋骨隆々でドレスに日傘のオーガ、後頭部にペンが刺さってる男に、これがオシャレだと信じてるのか頭から湯気の登るあんかけ焼きそば被って走り回る女、その他有象無象、こんな下等で貧乏な原住民しかいない世界での商売、無理だって。


 せめて俺ぐらいの収入がないと話に……なんだあれ?


 レンガビルの屋上、屋根の淵、手摺のこちら側を、丸が移動している。


 よーーく見れば、多分、ボーリングの球だ。


 それが転がって転がって「おまたせしました」


 使えない店員、顔を覗かせ客である俺の視線を遮り邪魔をする。


 こちらの冷たい評価すら感じられないウェイターは、そこそこの手際でアイスティーと伝票を置くと一礼、もったりと下がっていく。そしてストローは無い。


 死ね。


 悪態飲み込み見直せばまだ球は転がり最中、絶妙なバランスと勢いでコロコロ続けてもうすぐ反対側へとたどり着く。


 物珍しいもの、魔法か何かが働いてるのか、退屈しのぎに観察しながらアイスティーに口をつける。


 ズズ。


 ブボォ!


 ゲボゲボ!


 っざけんなよ使えない店員! 使えない使えない終わってる終わってるとは俺の内なる偏見だけかと思ってたが実際使えないとは終わってやがる!


 このアイスティー、烏龍茶だ。そしてミルクは豆乳だ。シロップに至ってはガムシロップ入れやがった。


 注文間違え、使えない。死ね。


 こういうやつは長々クレーム入れていびるに限る。当然全額無料で入れ直し、時間が勿体ないから指は勘弁してやろう。


「おいちょっと!」ゲボァ!


 死ね。また遮られる。


 今度は隣の席、タプタプお腹で頰肉プニプニで顎だけ飛び出てる男、テーブルの上に派手に吐き戻したかと思えば胸を押さえ、ストロー刺さったアイスミルクティーをテーブルの上にぶちまけるやうつ伏せに倒れた。


 手足をばたつかせる姿は農薬で死にかけてるカエルそのもの、ただ首を捻ってこちらを見上げる表情だけを切り取れば、こちらの方がエモい。


 そのカエル、遅れて滴るミルクティーに右手人差し指を湿らすと、まだ乾いている床へ走らせ、走り書きを認めた。


『ミルクアレルギー』


 死に際にて、読める字で自分は愚か者だと表現していた。


 基礎からできてない。形だけ謎って真の意味で理解してないからこのような恥を晒すのだ。


 そもそも、ダイイングメッセージとは殺され切る前に犯人なり残しておきたい情報を残すもの、それを解剖でわかりそうな死因を書き残すなど、無駄でしかない。


 その程度の頭ならその程度の人生、その程度の事件なのだろう。思ってたら静かになった。


 ドーーン!


 今度は正面大通り大きな音、慌てて見ればもうボーリングの球はなく、その落下予測地点よりもだいぶ手前の馬車がひしゃげていた。


 ヒヒーン!


 見所を見逃したことを笑うかのように馬が嘶くと走り出し、ひしゃげた馬車が前後に引き裂かれる。


 その破片がバーンと弾けると飛んでいって呆然と見つめていた鎧甲冑の胸に直撃、貫通した。


 ごぼり、血反吐吐いて倒れる鎧甲冑、その手が何かを掴もうと伸ばした先にはオークのドレスのスカートがあった。


「このドグサレ痴漢がぁ! 死ねぃ!」


 怒鳴ると同時に振り向きざまの豪腕は、鎧甲冑に駆け寄ってたドワーフの両乳首あたりから上をメコッとした。


 …………流石にここまでスクラップコメディ繰り広げられたら尋常じゃないことが起きてるとはわかる。


 遠くからも悲鳴、破壊音、地響き、漂うカレー臭、舞い散る破片に不吉な気配、どれもこれも因果関係なさそうなのに連鎖して、吹っ飛ばしてる。


 こう思案してる間に飛んできたのは個性の乏しい男、面白回転で命中したのはオーガの胸の谷間、飛ぶ前からかグシャグシャに折れた両手と潰れた顔を真っ平らにしてズルり落ちた。


 死の連鎖、不幸の連鎖、思いつくのは呪いの類、個々の関連性のなさから空間に作用するものと推察できる。


「ぎゃああああああ!」


 悲鳴、見れば痴漢オーガ、なんでか火ダルマ、これはもう余裕はない、すぐに逃げるべきだ。


 だが、俺はこの辺の地理を知らない。


 逃げるにしても逃げた先に病院や墓場や屋敷や原発なんかがあればお終い、助かるものも助からない。


 ならばどうするか、知らないなら知ってるやつを見つけ、後に続けばいい。そして使える俺は該当人物をもう見つけてあった。


 建設現場にて安全確認を日常とするプロフェッショナル、どこがどう危険なのかを叩き込まれた職種、この状況でも落ち着いて歩き続ける作業着姿の男、あぁいうのこそひっそりとどこが安全か知っているのだ。


 それに習い静かに落ち着いて席を立ち、俺はカフェエリアを出る……その前に、この状況、保険はかけておいても損はしなさそうだ。

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