最後の1ページ

 ……ミスはなかった。


 目から察して最速の反応、折った足を伸ばして背後へ飛び、同時にドライアイスを用いて両者間に展開した壁での防御と体に貼り付けて鎧での防御、やれることはやっていた。


 それでいてこの爆発、宣言通り、背後の窓ガラスぶち抜いて絶賛落下中、ミスはなかった。


 これが走馬灯、気がつくのと同時に状況再把握、背後にはアスファルトな駐車場、高さは四階、落ちれば死ぬ。


 ならばと息を吸い込み、止めて、能力解放する。


 アイス=ミルフィーユ冷たい落ち葉


 ドライアイスを板に、それを多重構造に、さしずめダンボールのように、折り重ねて展開、発動、即落下する。


 ボボボボボボボボボボボ。


 折れて、砕けて、凍りつく。


 それでも衝撃は緩和され、背中への衝撃を最後に落下は止まった。


 見上げる視野を白煙が閉ざし、同時に骨まで凍える冷気に震える。


 慌てて起き上がり目の前のドライアイスを、思ってたよりもたっぷり出てた山を追加のドライアイスで押し潰し、階段と道を作って脱出、追撃逃れるために目の前の建物、今しがた落ちたショッピングモール跡地一階へ転がり込む。


 入り口にはバリケードがあったはず、それがないのはあの子供にふっとばされたから、後から思い返しながらも足は早足で非常階段へ。二階手前の踊り場で一度足を止めるも遅れてドライアイスの白煙流れ込み、腰まで浸かったので更に登る。


 駄目押しで三階手前の踊り場にて、やっと息を吐き出し吸い込むことができた。


 一息、そして耳をすませると喧騒と悲鳴はなくなり、代わりに物を動かす音と足音だけが聞こえてきていた。


 ドドド、その内の一つ、階段上から駆け下りて来た。


 見窄らしい格好の集団、頭に買い物カゴを被り、両脇と背中に荷物を貼り付けていた。


 それ以上の観察をする前に集団は一度俺を見て足を止めるも、あの化け物ではないとわかるや一言もなしに横をすり抜け下へと駆け下りていった。


 金もなさそうな連中、助けてやる価値もない。


 階下で転倒の音、助けを呻き声を聴いてる内に呼吸が整う。


 それで、これからを考える。


 戦闘に価値はない。


 ここに用もない。


 しかしカタログやら荷物やらは全部上に置きっ放しだった。


 あれがなければ次の仕事ができない。


 ……戻るしかない。


 あーーと声に近い息を吐き出し立ち上がって階段を登る。


 いくつかの破壊を横目に四階へ、そこからいくつかの死体とそこから続く血の足跡辿って見覚えのあるレストラン入り口までゆっくり向かう。


 壁際、恐らくはメニューが描かれてあったのだろうが、今や色あせて汚れのしかなってない面にピタリ背中をつけて中を伺う。


 ……まだいる。


 子供、落ちてるドライアイスを素手で拾い上げ、パクリと口に、ベェと吐き出す。


 それから三人氷漬けを蹴り飛ばしてから、置きっ放しだった俺の荷物に意識が向かう。


 まるで吸い寄せられるように俺が座ってた席に座ると鞄を開き、一番上に乗ってたカタログを引っ張り出すや広げてペラリペラリ、ページをめくって読み始めた。


 いや、字が読めるのかは甚だ疑問だし、カタログに興味を持たれるのは営業として好ましいことではあるが、これでは回収できない。


 立ち去るまで待つ、のが定石ながらそれで飽きて残りの荷物を荒らされても困る。


 ここは一つ、暗殺することにする。


 そのための下準備、まずこの四階を巡り間取りを把握し、出入り口にはドライアイスで通せんぼ、不確定要素を省くために生存者を皆殺しにして、そして最後が手間取った。


 物売る店ならば必ずあるもの、時間経過でも劣化し難いもの、だけど最近は有料化し始めたもの、ビニールの袋、やっと一枚、スタッフルームで見つけられた。


 膨らませ、漏れがないのを確認、これでよし。


 レストランへ戻り再確認、まだ読んでる。


 よし殺すか。


 初手にクールデコイ冷えた囮、ただドライアイスの塊を遠隔で出し、子供の見えない遠くテーブルの下に音を立てる。


 これに気がつきカタログから顔を上げるのを確認してから更なるデコイ、気のせいではないと気づかせ席を立たせたら次の一手へ。


 パウダースノー凍える火薬、粉末状で出したドライアイスは室温の空気と混ざるや温度上昇しすぐさま昇華、液体を介さずに機体へと変わってその体積を増大させる。


 その結果起こるのは熱と燃焼を伴わない爆発、ただし既に出したドライアイスにより室温が低下している上に飛び散って荷物を損なうのを防ぐため、脅かす程度で押さえてある。


 それでも効果は抜群だった。


「ひぃ!」


 ビックリの悲鳴、からの反撃は爆発だった。


 パン!


 囮の上のテーブルが吹き飛ぶ。


 パン! パン! パン!


 更に連続、ほぼ休みなしでその周囲が爆撃され、ドライアイス特有の白煙が攪拌、巻き上げられる。


 痛みは感じなくとも恐怖は感じるらしい。


 そこへ追加のドライアイス、スモークミスト霊界への目印、棒状に次々と出し立てて昇華させ、白煙を室内に満たして視界を奪う。


「なんなのよー! もー!」


 癇癪の声、更なる爆発、威力が上がって床が揺れ、天井から埃が落ちてくる威力、相当な混乱、だけども爆発で白煙広がる悪循環、そこから動かない経験不足、外まで攻撃しない半端な認識、これなら正面からやってもやれたかもしれない。


 やや後悔しながらも最後の仕上げ、こちら側出入り口と壁際窓、時に俺が吹っ飛ばされた穴はきっちりと、だけども静かに壁を築いて密封する。


 あとは、膨らませたビニールに口をつけて静かに呼吸し、終わるのを待つだけだった。


 …………こういう時、何も考えないのが良いらしい。


 それだけ考えてたら静かになった。


 念のためライターを取り出し着火するもの火花すら出なかった。


 暗殺完了。


 入り口の壁を蹴り砕くと一気に白煙が流れ出す。


 中はミルクに水没したかのように白く、けれどもすぐに晴れていった。


 浮き上がる残骸、砕けた椅子とテーブル、ひび割れた壁と床、垂れ下がる天井と男だったもの、そして床に横たわる子供の姿があった。


 存外の破壊力、その気になれば建物を倒壊させることもできただろうに、それをしなかったのが敗因、そして死因だろう。


 ビニール口に当てながら俺は瓦礫を踏み越え子供を跨ぎ、その先で凍ってたゲロを踏んで顔をしかめながら奥へ、荷物へ、私物の方を漁って中よりハンドエアボンベマスク取り出し装着、やっと一息つけた。


 暗殺手段、子供を殺した凶器、そしてこの部屋に満ちている、俺が準備して満たしたもの、それはドライアイスが溶けて気化した二酸化炭素だった。


 それ自体、空気の中に当たり前に含まれ、なんなら吐き出す息にも混じるありふれたもの、だが濃度が濃くなれば健康を害する。


 諸症状は頭痛に嘔吐に目眩、更に濃くなれば意識喪失、麻酔状態となって体が麻痺し、眠りの中で息を引き取る。加えてこれは経験則だが、低酸素は知能を低下させる。純粋に脳に酸素が足りないのかあるいは窒息の恐怖に本能が速やかな反応を促すのか、平時では考えられないほど短絡的で、愚かな選択をするのだ。


 ……これが営業成績の秘訣と言われれば反論できないし、だったらチートを使ったズルと言われればそれまでだ。


 だけどもこれが仕事なのだ。


 酸素の心配なくなるやすぐにウダウダ広がる考えに反省しながら、広げっぱなしのカタログを回収、荷物を改めて片付ける。


 さて帰るか、思い足を向けるやその足が引っかかる。


 見れば裾を掴む手、主はあの子供、生きて移動していた。


 明らかな失敗、そして狼狽から爆破に身構えながら、俺の思考はどうでもいい方へ飛んで行く。


 二酸化炭素の中毒死は一般的に苦痛は少ないとされ、いらないペットを黙らせるのにも用いられる。だがその分死ぬまでに時間がかかり、ペットの場合は十五分は必要とされる。


 それが静かになったからといって直ぐに突入、明らかに先走り過ぎていた。


 そもそも二酸化炭素は無味無臭、無色透明で酸素より重い。風呂に栓をするよう下から抜けないように工作し、遠くから静かにゆっくりと満たして溺れ出せるのが定石だった。


 それを、窓が割れてるからといって派手な囮に雑なドライアイス、 どうやら吹っ飛ばされ落とされたのが無自覚に気に障ってたらしい。


 ……などと無駄なことを考えてても、子供からの攻撃はなかった。


 代わりに見下ろす俺を青い瞳が見上げてくる。目尻についてるのは目脂か凍りついた涙か、助けを求めてるように見えた。


 厚かましく恥知らずな行為、自分は好き勝手殺しておきながら、吹っ飛ばした相手にすがる無様な姿に思わず頰がほころぶ。


 これは、売り物にはなる。


 今時汚い子供など、百人単位で売り買いする時代、それでも痛みを感じない体質とこの爆発能力は、命を助けて総入れ歯にし、一から調教しても儲けが出せる。


 何、心を折るなど簡単なこと、例え痛みを感じなくても、壊れていて死の恐怖が分からなくても、それ以外の苦痛をいくらでも用意できる。


 新商品の入荷もまた、営業の仕事なのだ。


 切り替えて笑顔、膝を折って顔を近づける。


「吹っ飛ばされる前に言っておくけど、私は君が具合悪い理由を知ってるし、それの治し方も知っている。だけど私をふっとべーしても治らない。ずっとそのままなんだ。わかるかい?」


 コクリ、最小限の動きで頷く。


「だけど君は私をふっとべーした。あそこの窓から突き落としたんだ。そんな意地悪な君を、なんで助けなきゃいけない? またふっとべーするんじゃない?」


 表情は衝撃と混乱、いきなりのことで必死に考えを走らせてるも何も浮かばず凍りついている状態、ずっと見ていたいがそれだと手遅れになる。


「もしも君がいい子になって、私たちの言うことを聴くと約束するなら、助けてあげよう。その気持ち悪いのを治してあげよう。ドウカナー?」


 コクコクリ、頷くのを見届けてから改めて荷物よりカタログを取り出し、最後のページをめくって、子供の目の前に広げる。


「じゃあ早速一つやってもらおう。あぁここに何が書かれてるかは今は気にしなくていいよ。ただ一番下の線のところにお名前を、無理なら血判でいいや。ちょうど手の指ベロベロだから、それをペタン、押してくれたら契約成立、晴れて君は私たちのもの、そしたら治してあげるよ」


 子供にもわかりやすいと自負できる説明、なのにこの子供はペタンとしない。


 半端な位置に手を上げながら、見せる表情は躊躇と不安、ここでの恫喝は逆効果だと、人体実験で学んだ。


「大丈夫だよ」


 なのでとびきり優しい声をかける。


「色々不便もあるだろうけど、少なくとも逆バニーよりは人間らしい生活ができると思うよ」


 この意味、わかってるのかわかってないのか、それとも具合悪いのが限界なのか、子供は素直にペタンとした。

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