業務外戦闘
とりあえず音した方、下を窓から覗いてみたら、駐車場に黒煙上げてる車が一台、更にその周囲にはゾンビの残骸が現代アートのように綺麗に飛び散っていた。
……嫌な予感がする。
どうせこの契約はダメなんだ。だったらばっくれても問題ないだろう。
思案してる最中にも振動、それと聞こえる喧騒と悲鳴、絶対に良くない。
急いで広げた荷物カタログ掻き集め、カバンの中へと詰めていく。まとめて放り込みたいのは山々ながらこれもお客様へ出す商品の一部、雑には扱えない。
丁重にしまう中でも振動、喧騒、悲鳴、それに走り回る音も重なって、いよいよとなってやってしまえた。
さてとと席を立つのと、ドカドカと男三人入ってきたのは同時だった。
全員十代っぽいが老け顔、ボサボサの髪、服装はボロボロの安物っぽいパジャマにサンダル、その手に細い金属パイプを持ってなかったら汚い寝起きにしか見えなかったろう。
歩みに迷いがないことから目的は俺、目線から友好的ではないと読み取れる。
「どうしたんです! 何があったんですか?」
それに気がつかない無能のフリで立ち上がり出迎えると男らは鉄パイプの先端、果物ナイフを取り付けた槍先をこちらに向けてきた。
「お前が連れてきたんだろ!」
真ん中の一人が口から泡吹きながら怒鳴る。
「あの化け物! よそ者め! お前が連れてきたんだろ!」
「あの、何を言ってるのですか? ちゃんと説明して下さいよ」
「化け物が襲ってきたんだよ!」
馬鹿相手にわかりやすく話しかけてるつもりだが、馬鹿は馬鹿らしい。
「よくわかりませんが危険なのはわかりました。そしてそれは私が関わってのことではないです。一旦今は移動しましょう。お話はそちらで」
ダン!
男の一人は足を踏み鳴らす。
「逃げるな卑怯者!」
「お前も化け物の仲間だってわかってるんだよ!」
「あいつを止めろ! でなきゃ痛くするぞ!」
あぁこれだから、閉鎖空間で育った馬鹿は外の世界を知らず、全部が狭い中で繋がってると勘違いする。俺という存在ともう一つの化け物とやらが別々のジャンルだと、そこまで世界が広いのだという発想がないのだ。
説得するにはその発想から教えないといけない。
面倒、手間、そうしてる間にも喧騒と悲鳴、時間はない。
殺すか。
ジリ、と三人、わずかに下がる。
殺すと決めたことを勘付かれららしい。
……これは、殺気などではない。
俺にそんな上等な気は出せない。
ただ表情が、お客様への態度と殺す相手とでガラリと変わるからわかってしまうらしい。
ここら辺を隠蔽できるかどうかが暗殺者としての才能なんだろうが、今はどうだっていい。
「おい」
殺されそうになってると気がつきながら襲うことも逃げることもせず、ただそう一言いうだけの馬鹿三人へ、思い切り息を吸い込んでから右手を向ける。
ドライアイスの礫を無数吹き付けるだけなのにご大層な技名、だが威力はそれだけはあった。
一般的に雪を伴う強風はブリザードと呼ばれ、その体感温度は−40℃まで下がるという。
それを−78.5℃の、冷却力が氷の三倍以上あるドライアイスで再現する。
受けた被験体の証言によると、寒さを感じるのは最初だけ、すぐに痛みへと変わり、皮膚は凍りつき、筋肉は引き攣って動けなくなる。
そのまま続けて骨まで届いて、証言できたものはいない。
絶対零度には程遠く、凍りつく前に逃げればそれ程脅威でもない攻撃、それでも瞬く間に馬鹿三人を凍らせる程度の威力、雑魚相手には丁度良い。
ブルリ身震いをキッカケに技を解除する。
指向性を持たせて撃ち放つドライアイスはこちらへの被害は少なめながらそれでも気温低下で体が冷える。
カチリ、わずかに暖をよこすライターの火に照らされる馬鹿三人はオールバックな髪型で、口や目鼻から白煙垂らしながらピタリと固まっていた。
村民の殺害、爆発っぽくない凶器だけれどもここから味方だと思ってくれる相手はそうはいないだろう。ここはここから素早く離れるべきだ。
パーン!
それが正解と言わんばかりの渇いた破裂音、連なる悲鳴と足音は思ってたよりも近くでした。
本当に時間がない。
思い一歩踏み出すより先に、入ってきた。
小さな影、子供の姿、長い茶髪に汚れが染み込み過ぎてて汚くカラフルなシャツ、ボロボロすぎてスカートだったのかズボンだったのかわからない青い下と明らかにサイズが小さすぎる靴、そしてその足跡は血でベットリだった。
悪いタイミング、言い訳の思案、だけどその前に子供は手前の氷漬け男三人に気を取られていた。
無防備に近づいて、追い越すように覗き上げて、反応ない顎の下見つめながらパジャマの裾を引っ張る。
グラリ、その引っ張りでバランス狂い、白煙まといながら男の一人が倒れると、床に当たって砕けてバラバラとなった。
パリパリとなるのは氷った髪の毛、それが気に入ったのか子供はガツリ頭を蹴飛ばし、歯を見せて笑う。
その顔一つで多くを察する。
死体で遊ぶはこちら側の証、あれだけ騒ぎがあってもこのリラックスがこの子供が化け物当事者であると推察させる。
だがそれ以上に注目させるは笑顔で見せた歯、上も下も見える限り全てが虫歯、それも重度の、黒く蝕まれて境界線が曖昧になるほどに、溶けて腐っていた。
これは、虫歯予防の教育を受けていないこと、なった後に対処する保護者も歯科医もいなかったこと、何よりここまで酷いのに痛みどころか違和感さえ見せないことから、脳の機能がぶっ飛んでるのだと推理できた。
ぶっ飛んだ脳に何かしら爆発能力を加えれば化け物の出来上がり、これが成長できれば立派な殺戮者になれる素質がある。
だからこそ、惜しい。
虫歯は痛いがそれ以上に侵食が進むと骨格を喰らい、脳に届けばぶっ飛ぶだけでは済まない。そして自然治癒は望めず、治すにはどこかの段階でドリルキュイーンが必須となる。
ないなら死ぬ。
あれば育つ。そして高く売れる。
新商品入荷するのも営業の勤めだった。
バリン、バリン、いつの間にか残り二人も倒され砕かれ、子供は頭を踏み砕いていた。
その足、赤い靴、見れば小さすぎる中へ力任せに突っ込んでいる様子、足首辺りから膿んでジュクジュクした液が滲み出ていた。
虫歯と合わせるとどうやら痛み全般に強い、あるいは感じない体質らしい。
それでもやることは変わらない。
柔和な笑みを作り、ゆっくりとした動きで膝を折り、目線を合わせて優しく話しかける。
「ヤァ」
キョトン、これでやっと俺に気がついたみたいな表情、そしてすぐに蹙めた。
「息、臭い」
その青い目には癇癪が写っていた。
「ふっとべー!」
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