エルゥゼ・ファリア様との契約

ゴミはこれからゴミとなるゴミ立地へ

「……あの、おっしゃってる意味がよくわからないのですが」


 村長、と名乗った老人がポカンと口を開けている。


 わかりやすく白い髭を伸ばし、横に長い眉毛で目を隠す顔は仙人にも見えるがしかし、着ている服は白の長袖長ズボン、頭に乗せた帽子の通りコックの格好をしていた。


 真っ当に物資がない中、上下揃っていてなおかつ白くて清潔っぽい服装を礼服として選ぶまでの知性はあっても、そこまでが限界らしい。


 それでも客は客だった。


「でしたらもう一度最初から、まずpwcが誇るこちらの」


「予言はわかります。その命中精度が高いということもわかってます」


「でしたら黒竜のことも?」


「わかります。『黒竜王』エッツェル、以前書籍で読みました。伝えられているのがどこまで真実なのかはわかりませんが、危険な存在なのはわかっているつもりです」


「その黒竜が、いずれこの地に降り立つことも?」


「わかります。わからないのは、そこまでわかっているあなた方は、そんな土地を売って欲しいのか、です」


「それはもちろん」


「慈善事業、ではないのもわかります」


 ……なるほど、学がないだけで頭がないわけではない。こんなんでも村長、というわけだ。


「ならばこちらも正直に、我々はこの土地を産業廃棄物最終処分場、つまりはゴミ捨て場にしようと考えています」


「ゴミ、ですか?」


「そうです。ただしただのゴミではありません。有毒だったり呪われていたり、置いておけば長期に渡り周囲の生物を蝕むようなものをです。そんなもの、置く場所は滅多にない。ですがここならピッタリです。なにせ」


「黒竜に滅ぼされる」


「そうです。その通り。エッツェルとその軍勢がどこまで被害を広げるか、女神様陣営に勝機はあるのか、まではわかりませんが確実にこの地には住めなくなる。その強烈な邪気、瘴気、負のオーラ、汚染されれば長い間封印されることでしょう。そうして使えなくなるなら端っこに、置かせてもらおうかというわけです」


「ですが、それは良くないことでは?」


「そこまで深く考えるほどではないかと。確かに手順を踏まなければ犯罪行為ではありますが、滅多に逮捕されませんし、他でもやっていることです。それに黒竜の汚染と比べたら微々たるもの、むしろあちらが大きすぎて、混ざってしまえば、出所なんかうやむやですからね」


「いえそんな! お尋ねしたいのは、そうすることで女神様へご迷惑がかかるのではと」


 あぁこれは、ダメっぽいな。


「……先のことはわかりません。ただ持ち込まれるものが危険なのは事実です。ただし真っ先に被害を受けるのはその黒竜陣営、嫌がらせ程度ではありますが、攻撃になっている分、役に立っているかと」


「それは」


「それに。いざとなったらどうなさるおつもりです? どのみち黒竜は現れ、ここには住めなくなる。その後どうします? 女神様に泣きつきますか? それこそご迷惑です。それぐらいならその前に備えを。サイン一つで実質タダで安全安心が手に入るんです。なんなら先払いも、黒竜登場前にお引越しすることも可能です。このような土地にへばりついて明日をも知れぬ生活を続けるよりは、みなさんを説得して新天地へ導くのが長たるものの勤めと存じます」


「……少し、みなと考える時間をください」


「わかりました。でしたら日を改めて」


「いえ、そこまで時間はとらせません」


 そう言って村長、席を立ち、俺、一人残される。


 うんダメだ。


 異世界を渡って驚かされたことに表情がある。


 文化文明、それどころか種族も物理法則も異なるというのに顔の形で表される感情の意味が統一されていた。


 御幸名な学者様が言うには全ての異世界人は元は一つの世界の住人で、それがなんらかの理由で拡散したのだと言う。


 神を名乗る連中はそういう風に作ったんだと言う。


 ウチの社長はと言う。


 どれか正解かなんてわかりやしないが、村長の表情はちゃんとわかった。


 見せたのは失望と罪悪感も、見せなかったのは思案と義務感、つまり断ると決めたということだ。


 客観的に捉えても、相談すると言いながら短時間で済むと明言しているあたり、既に答えありきで、あとはそれを先に伝えるだけ、と推察できる。


 契約失敗、慰めの意味を込めてタバコを一本取り出して咥え、ライターでカチリと着火する。


 一服、肺を煙で満たし、舌を燻しながら天井へと吐き捨てて、灰皿ないことに今更気がつく。


 いいやどうせ客じゃあない。


 床に捨て、踏み消して、軽く伸びをしてから改めて周囲を見回す。


 色あせた壁紙、同じデザインのテーブルと椅子がずらりと並び、その間にパーテーション、見るからにチェーン店なレストランの内装、しかしカビとかヒビとか汚れとかから廃墟なのは違いなかった。


 その一番奥、外を見下ろせる席、大きな窓ガラスから見下ろせば快晴の太陽に照らされる広い駐車場、錆びて壊れて動きそうにない車が並ぶ間をゾンビどもがウゴウゴしていた。


 エリア7、メガロポリス、マッドシティ、その片隅のショッピングモール跡地、四階建の隙間に挟まってできた名もなき村、こんな場所に引きこもってると特をするという発想自体が朽ちてしまうのだろう。


 とはいえ売れなかったのは、痛い。


 ……現状、最終目標は女神様への営業だ。


 欲しいもの、やりたいことがわかりやすい分、いくらでも売りつけられるが、この世界のトップともなると簡単には顔すら見られない。


 必要なのは実績とコネ、売りまくって人との繋がりを作ることだ。


 そのための重要顧客候補、何人かピックアップしてるがどれもこれも難しい。


 名実共に影響力、実力兼ね揃えてるのは間違いなくあそこの黒騎士連中だろう。ここを籠絡できればアガリも同然、だが難易度も下手すると女神以上に難しい。


 そもそもあいつら何が欲しいかわからない。というか欲しいものだいたい手に入れられるだろあいつら。ぶっちゃけpwc全面戦争やれる規模の戦闘能力あるから、自力でなんでも揃えられる。詰まる所出る幕がない。それでもとチャレンジするには、はっきり言いって割には合わない。


 次が元帥、どっかの国の軍の最高幹部のジジィ、金があるかは知らないが名声は確実にある。だけどもこれもまた曲者だ。


 年寄り相手に売り付けるのは葬式と健康とツボと相場は決まってる。だけども軍人となると変わってくる。現実主義で効率主義を尊いものとする軍において上位にくる人物、ツボは論外、健康もすでにやってるだろうし葬式など、死ぬのは仕事の軍では全部揃ってる。唯一狙い目は旅行に同伴している妻だが、そっち落としてもあまり意味はないだろう。


 それとアソコも来てる。あの、やたらと資料厚いくせに中身空っぽのアソコ。読めるとこだけピックアップして繋げると童女の座敷わらしカワイイにしかならないアソコ。それで定期的に追跡調査やらせると別件で全滅したり、データ盗難されたり、実は別人だったり、隕石降ってきておじゃんになったりとこっち呪ってんじゃないかってぐらい不幸になるアソコ。


 規模から見ると集団っぽいけど影響範囲から少数しか来てないっぽいが、実力未知数なのは痛いし、それ以上にログから見ると、あっちはこっちを知ってるっぽい。なら商売の邪魔になりそうだけれども、それで不幸に足を突っ込むほどお給料はもらってない。


 それ以外にも見聞きした逸脱者が何人か、あの傭兵も来ているようだけどしかし、あれは絶対金もってない。なしだ。


 あとは現地のドラゴン勢、話にも出てたエッツェル含めていくらかいるみたいだが、資産云々はまだしも女神と敵対してて賞金首になってる。関わり合いはマイナスにしかならないだろう。


 悪魔連中は絶対無理、交渉自体上手くやれてもこのカタログでバレる。そもそもぉのカラクリは悪魔側の技術、見せれば絶対気がつくし、気がつかれれば裏があると連鎖でバレる。


 となれば、あとは地道な商売、ここみたいな田舎をカモにノルマ達成して時間を稼ぐしかない。


 それでダメだった。


 堂々巡り。


 ドガーン!


 爆音? 振動? なんだよ今度は!




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