ご確認はお忘れなく

 俺のチートで作り出した冷結晶の柱を前にデセプティア、ハルバードを肩に担ぐ。


「いくぞ!」


 気合の入った声を笑ってはいけない。ただ、勝利の決まってるゲームを楽しむだけだ。


「それでは、一つ!」


 ツブツブ踏みしめ弾けるような跳躍、綺麗な放物線で柱真上に飛来する。


「二つ!」


 振り下ろされるハルバード、切っ先が面に触れるやその切れ味と勢いを持って、まるで水面に沈むかのように切り込んで、その刃、入り込むのに比例して柱に走る亀裂、歪な透明が消え、白濁が広がっていく。


「三つ!」


 そして爆ぜた。


 叩き込まれた斬撃に耐え切れなかった柱が、その力を逃すように、全方位へ礫と冷気と爆風となって爆散、これに新たに防御の結晶を出さなければならない威力、その中心でデセプティアはいた。


「四つ!」


「どうだ!」


 爆発の余韻として残る白い靄をハルバードで振り払い、自慢溢れる笑顔でこちらを見るデセプティアへ、憐れみと嘲笑を押し殺し、ただ冷淡に最後の数を数える。


「五つ!」


「……おい」


 思ってたより近かった間合い、一歩の踏み込みと伸ばした手で、ハルバードの切っ先は俺の喉に届いていた。


「見てただろ? 四つで粉砕、俺の勝ちだ。だからその態度、辞めろ」


 この物言いに無意識に首を横へと振っていた。


「今一度、ご確認を、このゲームのルールを正確に思い出してください」


「あ? 五つ数える前に砕けば勝ちだろ?」


「何を、ですか?」


「それはお前、お前が出したこの氷の塊を……」


 言葉の途中、絶望を思い出したかのようにその顔色が青くなる。


 それを肯定するため、俺は足元に転がる比較的大きめな塊を、血溜まりのツブツブの中へと蹴り入れた。


 ブシューブクブクブク。


 泡立つ血液、だがこれは沸騰ではなかった。


「ドライ、アイス」


 まさか知ってるとは思わなかった単語を呟くデセプティアへ、頷いて肯定する。


「このゲームは、私が五つ数える間に、を砕くことができれば、あなたの勝ち、というもの、なのであなたがすべきだったのはだったのです」


「な! そんな! っ!」


 ハルバード戻し、舌がからまたように口をパクつくさせるデセプティア、問いたいことはあっても、それを己の中で答えが出てしまってる顔だった。


 その顔へ、はっきりと伝える。


「この勝負、私の勝ちです」


 ギリリ、比喩ではなく響いて聞こえてくる歯ぎしり、デセプティア、下より上目遣いに、恨みを込めて睨めてくる。そして全身から吹き出すのは、たかがゲームに負けただけとは思えない負のオーラだった。


「このような搦め手用いたこと、お許しください」


 爆発されても困るので鎮火へ、頭を下げる。


「ですがこうでもしなければ私に勝機はありませんでした。それだけ私も追い詰められてたんです」


「それは同情か? 憐れみか? それとも煽り? ふざけやがって。どうせ俺は最強じゃないっていいたんだろ? なぁ!」


 あぁ聞いてない。


 これだけガラスのハートで戦闘力あれだけとは、瓶入りのビトログリセリンだなこいつは。


 だったら、もう、ここは劇薬投入でうやむやにする。


「はい。デセプティア様、あなたは最強ではございません」


 ゾクリ、サブイボ、ドライアイス超えの冷気、というほどでもないけどゾクリとした。


 これで引くとめんどくなる。


「失礼ですが今のゲーム、デセプティア様は敗因をなんだと考えで?」


「さぁな。氷の柱を用意できなかった無能さか、これをドライアイスと見切れなかった愚鈍さか、あるいは絶対にゲームに勝てないと思わせる迫力とかか?」


「どれも違います」


 やけっぱち、投げやり、その目は涙目、もうちょっとでブチ切れる


「敗因はたった一つ、経験不足です」


 ここで煽ってはいけない。淡々と事実だけを冷静に伝えないといけない。


「今私が用いたトリック、言わなくてもわかるだろうという空気を使って実は全く違うものを提示するのは、古今東西あちこちで詐欺やペテンで用いられてきました」


「あぁそんなのに引っかかっておいて最強なんて笑わせるよなぁ」


「違います」


 ここが本当の勝負、一気に踏み込み手を伸ばし、ハルバード持ってない左手を掴んで持ち上げ両手で包む。



「デセプティア様に足りないのはこの経験だけなんです」


 まっすぐ目を見つめての言葉に力を込める。


 ……親しい相手は行うことを行えば行ったものが親しいものだと誤認する心理的効果、加えて手を握るのは温もり、ドライアイスで冷えた空気の中での暖かさは良の感触、プラスプラスと重ねるとその次もプラスと連想される。


「デセプティア様、確かにあなたは負けました。ですが次は絶対に負けないでしょう。例え同じゲームを挑まれたとしても、受ける前にこれは氷か、この柱を壊せばいいのか、あなたは絶対に確認するようになる。つまり経験によって最強に近づけたんです」


 十中八九、適当に述べただけのなんちゃって心理学、根拠もない口からのでまかせだろうテクニック、だけれども目の前のデセプティアには効果があるようだった。


「だ、なんだよそれ」


 動揺、躊躇、だけども手を振り払わないのはまんざらじゃない様子、もうひと押し。


「私がこのような小狡い手を打ったのも、正面から戦えば勝てないから、本当にあなたの足りてないのは経験だけなのです。これさえ埋まれば必然、最強になれる。これは何かの縁、いえ運命です。どうか私にその足りない部分を補わせてください」


「補うって」


 ここで大事なテクニック、掴んでた両手を一度に放すのではなく、片手から、それも相手の目の前で人差し指一本立ててまっててのジェスチャー、それから急いで離れて、温もりが消える前に戻ってくる。


 そして差し出すのはカタログだった。


「これって」


 声に失望の表れ、ここが最後の難関だ。


「私は営業、そして訪問販売もしています。これからご紹介するのはその商品の一つ、ですが補いたい気持ちに嘘偽りもございません。その証拠として初めに申し上げますのは、この商品、サービスにつきましては1ss


「え?」


「最初から順を追って説明させて頂きます」


 ペラペラリ、カタログめくって該当ページ開いて見せる。


「ご紹介したいのがこちら『クライム・サスペンス・ショー』はいわゆる体験型イベントで、名前の通り犯罪に巻き込まれることができます。程度は様々、人気があるのは銀行強盗や暗殺事件での目撃者ですが、誘拐などでは被害者も体験できます。もちろんお客様への安全は配慮されていて、いざとなれば予め設定してある安全言葉を口にすればすぐに日常に戻れます」


「これが、俺を補うって?」


「こちらでは無理でしょう。ですが我らpwcは更なる商品『クライム・サスペクト・ショー』つまりは目撃者ではなく容疑者として巻き込まれることになります。事件もパワーアップ、密室状態での見立て殺人や連続殺人鬼、各種テロに怪盗からの予告状なんてのもあります。通常ですと、逮捕、取り調べ、弁護士登場でアリバイ証明で終わりなのですが、過激なお客様が多くて、もっと派手なのを、最高難易度のものをオススメしたいのです」


「なんだよそれ」


 言いながらもデセプティアの口の端が僅かに上がってる。


「最高難易度とはズバリ、逃亡犯です。重罪犯となって警察組織、そして賞金稼ぎに狙われる。捜査手法も本物同様、あちこちの検問に指名手配のポスター、その他にも科学的、魔術的、あらゆる技術を総動員して追跡してきます。加えて賞金稼ぎたち、彼らはフリーランスの実力者たち、様々な手段を講じて追いかけてきます。それは追跡能力だけでなく、逮捕術もまた」


 顔を見るまでもない。デセプティア、堕ちたな。


「彼らに正々堂々などありません。食事している時、寝ている時、隙を見つければその瞬間、あるいはどんな卑怯卑劣なことをしてくるかもわかりません。それらを相手の逃亡劇、デセプティア様にぴったりな商品かと」


「違うだろ?」


 デセプティア、一言、どきりとする。


「これは商品じゃあない。こんな面白そうな話、あったら俺が見逃すはずがない。こいつは、まだ実用前、だから俺に試してみよう、違うか?」


「これは……見破られてしまいましたか」


 デセプティア、綺麗に引っかかった。


「おっしゃる通り、こちらはまだ安全性が確保できていないので、商品としてはまだ企画段階なのです。警察組織はまだしも、賞金稼ぎは荒っぽいのが多いので、安全性の確保がどうも。しかしその点、デセプティア様なら心配無用かと思い、ご紹介申し上げたのです」


「……それだけじゃあないな」


 一言、緊張、チラリ見ればわかってるぞとの表情デセプティア、経験が活きたとの顔つきに、笑みをかみ殺す。


「……本来これは、人を雇って行うもの、無料どころかギャラを払わなければならない事柄、ですが内部の規定によりテストの中立性を保持するため、テストするものはボランティア限定なのです。ここまで、もう私が隠してることはございません。デセプティア様と出会ったのも偶然、運命を感じたのも偶然でございます。ですがどうか」


「いいぜ」


 知ってた。


「よろしいのですか?」


「あぁ願ったりかなったりだ。ただ条件一つ、とびきりキツイのを用意しろ。クリアできるのは、逃げ切れるのは紛れもなく最強だと言われるようなのを、な」


「わかりました。今現在ご用意できる最大限のものをご用意しましょう」


 嬉しさのあまり裸で踊り出したい気分だが、それはサインをもらってから、あと攻撃されない距離まで離れてからだ。


「ではこちらにサインを、ペンはこちらを」


「なんだよこの紙束は? 自白?」


「警察組織の上層部とは既に話をつけてあります。滅多にない重大犯罪の実戦訓練、難易度高い代わりに失敗しても大丈夫な事件として認識されています。ですがそれは上だけ、末端や賞金稼ぎたちは本当の犯罪者だと思って、本気で追いかけてきます。そのために仮の犯罪容疑が必要なのです。なんだかわからないけど捕まえろ、では本気出しませんから。最大限となりますと、一つ二つではなく複数犯、重ね合わせて前代未聞の大悪党に仕上げれば、過去前例のない大捜索網が迫ってきます。逃げ切れれば、伝説として最強に花が添えられるかと」


「なるほどなー」


 返事をする前から、全文読み終える前からサインは始まってる。ちょろい最強だ。


「ハハ! これで俺も女神暗殺犯の仲間入りだな」


「確かに承りました。こちら、封筒に入れたのが控えになります。絶対に失くさないでください。そしてもし、お辞めになられたくなったら真っ先に身寄りの警察組織へ、控えを提出して下さい。その際の安全言葉は『自首しに来ました』です」


「酷い皮肉だな。封筒に書いとくよ」


「それと、こちらは不要かと思いますが念のため、規則なので」


「おいなんだよバニーって!」


「逆です。逆バニー。か弱いウサギの逆なので最強です」


「……そうか?」

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