冒涜者凍殺すべし

「ちょっとアノ君! 君もう治ったんじゃなかったの!」


 ガキリ、喧しいスマフォを踏みつぶし、亀裂の入ったスマフォをそっと拾い上げる。


 ポップなイラスト、本来の猫の魅力の京分の一も描き表せてないまがい物、偶像崇拝もまた罪、似ても似つかぬ姿は冒涜とも取れなくはないが、そのお姿を肌身離さず置きたいという気持ちは悪ではない。


 それを、傷つけた。


 大罪だ。


 無限の京分の一は無限なのだ。


 ひび割れたスマフォをハンカチで包み懐へと治め、それから周囲を見渡す。


 広い地下空間、点在する灯り、隠れる物陰もないというのに、ただの影に紛れて、エシュの巨体は見事に消えていた。


 ただ、足音はする。


 ピキリピキリ、凍り付いた床の湿気がひび割れる音、歩の間隔から気を付けているとは聞き取れるがしかし、この部屋にまだいることを隠しきれていなかった。


「お前は、自覚があるのか?」


 声、反射、近くにいるのか遠くなのかさえわからない。


「急激な敵意の上昇、感情の切り替え、性格の豹変、これは精神汚染の兆候だ。つまり、今のお前は自分じゃない」


 あの煩わしい医者どもと同じことを呟くエシュ、ならばあの医者どもと同じように手足を凍らせ、耳をかっぽじり、たっぷりと猫の魅力を語ってやるまでだ。


 そのための第一手、影に当たりをつけてドライアイスを噴射、けれども手応えはない。


「お前らのボスは、部下とはいえ側近にさえ精神に手を加えるようなやつだぞ。そんな奴に従うのか?」


 無駄話、そこまでして情報を得たいか、あるいは時間稼ぎ?


 面倒だ。


 荷物からエアボンベを取り出し装面、同時に自信周囲にドライアイスの壁を張る。


 そしてパウダースノー凍える火薬、認識できる部屋いっぱいにありったけのドライアイス粉末、それら一粒一粒が室温に炙られ気化、体積増大で、要は爆発した。


 ボゥウウウウウンンンンン!


 腹に響く重低音、足元から伝わる震えに、ドライアイスの壁は瞬時に瓦解、砕け落ちる。


 しかし、威力が低い。


 光源の殆どが壊れてもおらず、天井も崩れていない。事前にドライアイスを撒きすぎて気温が下がりすぎていたか。


 反省する俺の両足が宙に飛んだ。


 ガガン!


 背後、足払い、わかったのはそこまで、気がつけば床に激突、仰向けに転がり背中に冷たい感触、起き上がろうとするも首が引っかかった。


「だが、お前を救う仕事は受けていない」


 顎下へ目線落とし、手で触れて確認、これは短槍、二本、交差するように打ち付けて俺の身を地面に縫い付けていた。


「……誇るがいい。俺はお前を殺さずに無力化できない。だからここは逃げさせてもらう」


 エシュの声、響く。


「もしお前が自分をお取り戻し、それでなお再戦を望むなら、その時はいつでも相手をしよう」


 勝手に自己完結な言葉、気配が遠のくのは感じられる。


 逃げられる。


 逃すものか。


 だが短槍、外れない。


 これが手足なら引き千切ればいい話、だが首ではそうはいかない。


 ならばならば、ポケット弄り出てきたのは一本の小さな瓶だった。


『バーンスタイル3000』pwcが販売している比較的真っ当なドーピング薬、空いてる両手で蓋を外し、エアボンベずらして開いた口へ、寝たままの姿勢で一気に流し込む。


 ゴフ! ゴフン!


 器官に入りかなり噎せ、多くを吐きこぼしてしまったがそれでも食道から胃へ、そこから全身へ、筋肉が震え、薬効巡るのが感じられた。


 そして灼熱、この薬唯一の副作用、急激な体温の上昇は即ち効いている証拠でもあった。


 空となった便を投げ捨てボンベ直し、両手を短槍へ、触れると意図も簡単にねじ曲がり、ひき抜くことができた。


 顎を上げ、後頭部で床を押す動作、それだけで身が跳ね起き両足裏が地面を捉えて直立することができた。


 圧倒的な筋肉性能の向上、だけども感覚器官は上がらず、むしろ肉が炙られ感覚が焼かれている。


 それでも、油断か、焦りか、光源を横切る影があった。


 見つけた。


 ドライバースト乾いた翼、背面にパウダースノーを展開、急上昇した体温で急速気化、爆発させて推進力とする。


 ドーピングの作用と合わせて身が軽い。


 一歩目で全力疾走の最高速へ、二歩目で車の加速に追いつき、三歩目でエシュを追い越した。


 逃さない。


 前方へドライアイスの壁を展開、体ブチ宛て慣性殺し、ぶち壊しながら振り返ろながら拳を凍らせ、硬め、振い、ぶちかます。


 ゴッ!


 骨に伝わる硬い手ごたえは鋼鉄の棍、エシュ、素早い動きで俺の拳を受けやがった。


 流石は名の知れた傭兵、確かな体術、だが俺は衝撃の瞬間、足がぐらつくのと頭蓋骨の後ろで驚きの瞬きをしたのを見逃さなかった。


 押せば潰せる、確かな感触、ならば押しつぶすのみ。


「うぉっしゃああああああああああ!!」


 ドライアイスの白煙と白く濁る呼気、それらをかき混ぜるように拳を乱打する。


 自覚できるほど大振り、雑、みっともないラッシュ、それでもドーピングの力で速度を補えば、いかな傭兵であろうとも防戦一方へと押し固められる。


 ゴ! ギ! ギャン! カン! シュ!


 だが致命傷には届かない。


 エシュ、押されながらも棍を巧みに操り俺の拳を受け、弾き、いなして、かわし、防御しやがる。


 このままでは埒が明かない。それどころか時間経過で薬の効果が、体力が削られていく。


 ならばまずは邪魔者から排除する。


 バウ!


 ラッシュ切り上げ同時に前進、両手全指広げて閉じてとらえる動き、これにエシュ素早い反応、バックステップで距離を取る。


 が、狙い通り、棍だけが遅れた。


 ガシ!


 邪魔だった棍、両手でとらえた。そのまま力任せに引き寄せ、こじり、手を振りほどいて真上へ引き上げ取り上げる。


 これで邪魔はなくなった。


 スコン。


 その下で苦し紛れの拳、早いが小さく弱く、当たりもせずにただ顎先を掠めただけ、苦し紛れのカス攻撃だっ…………あ?


 何で、壁が、迫って?


 ドサァ。


 硬くて冷たい感触、流れる白煙、そして重力の感じ、これは壁ではなく床、ならこれは、俺が、倒れた?


「確かにすごい力だ。だがそれだけだ」


 エシュ、リラックスした動作でいつの間にか俺の手からこぼれていた棍を拾い上げる。


 それを防ごうと手を伸ばす、が伸びない。それどころか全身に力が入らずに床で伸びで震えることしかできない。


「脳震盪、顎を叩かれ脳を揺らされ、体が動かなくなる。格闘技では初歩の初歩、これすら死なぬとは、な」


 エシュ、ため息、そこに緊張感はなく、まるで、もう、戦いが終わったかのような息だ。


「一つ稽古をしてやろう。力に振り回されて無駄が多すぎる。それに視野も、考えも狭くなっている。棍を渡されたことも気が付いていまい。これならあの冷気を操る異能に頼った方が、いや、それでもお前は戦いに向いていない。これに懲りて真っ当に生きるんだな」


 説教を、垂れる。


 罪人が、猫に対して、謝罪も、反省も、言い訳もせずに、俺に、説教を、垂れる。


 殺す。


 動かぬ手足、されどて感覚から、能力は使える。


 ならば一つ、ここは最後、とっておきの禁術で吹き飛ばす。


 ブラックサン冷たい太陽


 放てば俺の身に限らず周辺一帯に多大な被害を与えてしまう最後の大技、これほどまでの冒涜を犯したものを逃すぐらいなら、諸共吹き飛ばす。


 粛清は地獄でやってやる。だからまずは、死ね。


「ニャー」


 声、猫、いやこの音程は似ているが明らかに猫ではない、人のものだ。


 そこまでわかっていて、だけどもそれでも、ほんのわずかでも本物の猫である可能性があるのなら、少なくとも確認してから出なければ、禁術は使えない。


 能力を解除し、辛うじて動く肩を動かし肘をついて身を転がしてみれば、そこには新たな、だが見覚えのある姿があった。


 赤のピンヒール、黒の網タイツ、水着みたいな黒に、手首だけの袖、血色悪い肌にぼさぼさの髪で、頭部にはウサ耳のカチューシャ、バニーガールないで立ちの、あの動画の妹だった。


「……いや、違う」


 念願の兄妹対面、だけども現実を受け止められないのか、エシュは否定する。


「お前は、何者だ?」


 頓珍漢な質問を、バニーガールな妹はあざ笑う。


 ……いや、それは笑っているのか、そもそも人なのか、一瞬にしてわからなくなった。


 例えるなら、不気味の谷間、デフォルメからリアルに人の造形をよせようとするとその中間点、ある一点において気色悪さを感じさせる現象、その只中に、バニーガールは立っていた。


「お見事、名だたる屍神、確かな眼力をお持ちのようだ」


 得体のしれないバニーガールから、聞き覚えのある声が流れてきた。


「え? 何で、ツタヤ君がここに?」


「貴様が、何者かは、どうでもいい」


 エシュ、俺の問いの切り捨てる言葉、だがそれは明らかに自身へ向けた言葉だった。


「妹をどうした? その、その姿の元になった娘だ。まさかただの空似とは言うまいな?」


 ゴリ。


 鋼鉄の棍で床を突き、擦り、捻じりこむ動作は怒りの表れ、それを他へ発散して自分を押さえるなだめの動作だった。


 これにバニーガール姿なツタヤ君は更に歪な笑顔を歪める。


「もちろん、この人形のモデルは貴兄の妹君、あの歌って踊れるゾンビお嬢さんだ。だが心配しないで欲しい。貴兄からの助言をもとに再調整を行えば完成に至れる。そすればいくらでも妹君を卸すことができ」


 ドッ!


 言葉を遮る衝撃、エシュの棍が、バニーガールの胸元に突き刺さっていた。


「六秒だ」


 にもかかわらず、何事もなかったかのようにバニーばツタヤ君は立ち続け、笑い続け、話し続ける。


「人の怒りは、カッとなったと表現される憤怒は、最長でも六秒しか保てない。屍神のそれを見たくて人形劇を開いて、今の一瞬を演出したのだが、正直あまりぱっとしなかった。これが屍神の限界か、あるいは怒りが足りなかったか。妹君の協力はまだまだ必要そう」


 次に言葉を遮ったのは拳だった。


 エシュ、最早そこには傭兵でも、戦士でも屍神でもない、ただの怒れる男となって人形を壊す獣となっていた。


 ガシャリと倒れて黒い液を垂れ流す人形から力任せに棍を引き抜くとそのまま何度も何度も突き立てる。


 顔、胸、腹、肩、腕、その度に人形は人の形を失って、無機質な内部をさらけ出し、皮肉にも不気味さを消してゆく。


 ガシン!


 そして棍を突き立てられた右ひざが弾け、その先端が、俺の方へと飛んできて、防御する魔もなく額へとめり込んだ。

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