絶望のデセプティア様との契約

くたばれど田舎街道

 もうやだ。


 帰りたい。


 硬い椅子、狭い車内、臭い馬、面白くない窓の外、サスペンションなしで揺れまくる車輪、最悪な馬車の旅、運賃なんか思い出したくもない。


 これがここでの移動方法、もっと進んだ異世界と聞いていたが、馬車数台が連なってるあたり一般的なのだろう。


 原始的、田舎的、これでも徒歩よりはマシとわかっていても、そもそも移動なんかしたくはなかった。


 今は在宅の時代、キャッチセールスは電話でもネットでもできる時代、取り残された世界は滅べば良い。


 ヒヒーン!


 静かな呪詛に怯えたのか馬が喚き、馬車が止まる。


 目的地に到着、には見えない。


 窓を覗けば遠くに山々、手前に森、デスクトップでしか許されない風景、そこに見栄えのよろしくない人々がウロチョロする。


「ヒヤッハー!」


 わかりやすい盗賊たち、モヒカンヘアーで肩にトゲトゲ、跨ぐのは……それってバイクじゃないですか!


 ふざけんなおい。モーターサイクルある世界で馬車とか、道中の苦痛を返せよ。


 車内でズッコケてると突然のどアップ、汚い顔、見覚えあり、確かこの馬車の御者だ。


 馬に鞭振るいなんとかするのが仕事、そのための運賃、プロとしての役割すら捨てて何やってるのかと思えば目玉ひん剥いて窓ガラスドンドン、かと思えばドカリ車体に体ぶつけてそのまま寄りかかり、崩れるように落ちていく。


 覗き込むと背中にナイフが刺さって出血、血溜まりができていた。


 これで馬車を動かせるものが消え、街道に取り残されたのが決定、ふざけんな徒歩とかどんだけ田舎だよ。


 ドンドンドン!


 次は反対の窓、見ればモヒカンだった。


「さっさと出てこい色男。でなきゃナイトになりそこなるぜ」


 そう言ってモヒカンが退いた先には更に多くのモヒカン、足元に転がる男の死体とその血溜まり、その中心には両手を抑えられてる女がいた。


 ダボダボスカートにフワフワな上、頭巾みたいな帽子の下、緊張か恐怖かで一周回って笑い出しそうになってる顔は野暮ったかった。


 年齢は若めだろうが、お化粧とか、お手入れとか、色々と残念すぎて、なんかもう気が抜ける見てくれだった。


 それをガッチリ抑えるモヒカンたち、舌をレロレロ、ナイフをペロペロ、こんな女相手にあれがあぁな感じはそれだけここらの女があんなあぁなんだという意味、やる気が削がれる。


「それともぶち破られるのがお好みか? だったらお楽しみの後まで待ってやれるぞ」


 ゲスな笑いモヒカン、めんどくさい相手に胸が震える。


 着信、携帯電話、マナーモード、見れば社長からだった。


「はいこちらpwcの」


「あ、アノ君? 今いい?」


「いえ社長、今トラブルの中でして」


「どうせ山賊に襲われたとかだろ? それより大変なんだ。えーっとカタログの、どこだ? 107ページ!」


 ドンドンドン!


 ノックを無視して開いて見れば、何が大変なのか想像ついた。


「まさかこれ、期限迫ってるとか言いませんよね?」


「そのまさかだよ」


「おい無視してんじゃねぇぞ色男!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ。無茶な仕事取ってきて他の部署に迷惑かけるって、それって営業の特権じゃないですか!」


「おいてめぇ!」


「そこを頼むよ。今日中、もうこの際誰でもいいからさぁ。無料なんだし行けるだろ?」


「無理ですってこれ特殊なんですから!」


 ガシャン!


 うるさい。


 見れば窓ガラスがモヒカンの斧に叩かれヒビが入ってた。


「社長ちょっと失礼。おい。見てわからないのか。こっちは大事な電話中なんだよあとでお前らの相手してやるから邪魔するな。そっちでお楽しみでもなんでもしてろ。いいな。それで社長」


 ガバァン!!


 言ってるそばから更なる音と衝撃、馬車全体が揺らされる。


 ぶち殺した方が早い。思い窓の外を睨めばモヒカンではなかった。


 驚いたように後ずさり、その目線はこの馬車の屋根の上に向いていた。


「な、なんだてめぇ!」


「やーやーやーおーれこそは! 悪竜王陛下の眷属が一人! 四天王一の最強! 人呼んで! 絶望の、あ! デセプティア様だぁ!」


 声から女だと、内容から残念だとわかる。


「やいやいやいやいお前ら! 俺様が最強を証明するためにわざわざワザと隙晒して木陰で昼寝してたってのに無視しやがって! 挙句目の前で追い剥ぎたぁ面白れぇことしてんじゃねぇか! 俺も混ぜて最強の魚拓になりやがれ!」


 人の頭上、屋根上でなんか始まった演説に、モヒカン達の表情は困惑から嘲笑に伝播していく。


「わかったからお嬢ちゃん、自分がどれだけ最強か、わからせてあげるから降りてきな」


 完全な下衆の笑顔モヒカン、恐怖など微塵もなかった。


「とぉ!」


 掛け声、同時にガタリ揺れる馬車、ふた呼吸置いてから上から下へ、ミニスカートをはためかせ、着地するデセプティア、後頭部には大きな赤いリボン、その頭上に光る残像があったと思ったら、その眼前にいた、抑えられてた女が真っ二つとなった。


 ………………マジかよ?


 想像してたのとは違う第一撃に俺もモヒカン達も息を呑んで時を止める。


 その最中で血と内臓と、あと脳とかそういった感じのものをボトボト溢れ落とす女、ぐらり片足と片足が崩れるとそれぞれモヒカン達の手から離れてべべチャリ、己の中身の上からに右と左に倒れていった。


 ペチャ、自身の血溜まりに投げ出された右手からこぼれ落ちた反射、目を凝らしてよく見れば、細身のナイフだった。


 なるほど、これには感心させられた。


 いくらヒャッハーモヒカンとはいえ、取り押さえた相手の手にナイフ持ったままならば気がつくはず、でなくても女が振り回して見つかるはずだ。


 そうならなかったのは女もグルだったから、想像するに内部に忍び込んで手引きしてたのだろう。そして合流後は人質として、抵抗するものの心を挫いて盾となり、そこから救出に来たら表切って矛となる。


 田舎ヒャッハーには過ぎた作戦、だがそれ以上に素早く見切って行動できるこのデセプティアもただ残念なだけではなさそうだった。


 そのデセプティア、すくりと立ち上がり、今しがた両断した得物、ハルバードを軽く振るうや声を響かせる。


「どーだ俺の斬撃は! そして見ろ! 最強の前には人質など紙同然! 盾にもならないのだ!」


 違ったこいつただのヤベーやつだ。


「さぁ! 残る雑魚どもよ! 足りぬ実力を数で補い俺の最強を証明させろ!」


 ヤベーやつ、デセプティアの声が響き渡った。

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