こなれた営業トークショー

「これはこれは、お忙しいところお邪魔して申し訳ありませんでした」


 手始めに謝罪から始める。


「ですが失礼を承知で申し上げますが、どうやらお片づけが上手くいっていないご様子で」


「何ですって!」


 女主人が声を上げると同時にギリリ顎の下で軋み合うナイフとナイフ、慌てて繕う。


「いえ違うんです! 嫌味とかではなくて! 単純に足りてないなと! これじゃあいくら頑張っても誰がやっても! 無理だろうなと! そう思っただけです!」


 ……返事はない。


 代わりにナイフの軋みが弱まった、気がした。


「……片付けるのは、無理?」


「はい。少なくともこの部屋を見る限りでは、根本的な間違いをなさってるようなので」


 会話は食いついた証、ここから一歩踏み込む。


「申し遅れました。私こういう」


 懐へ手を、入れようとしたらゾクリとするほど冷たい死人の手に止められた。


 メイドのどちらか、残る方の手が代わりに懐を漁り、ナマケモノ皮の名刺入れを引っ張り出すと、雑に開け、一枚抜き、残りを汚部屋へ投げ捨てた。


 ……まぁ、必要経費だ。


 取り出された名刺は別のメイドに、ナイフを突きつけてるメイドではない新しいメイドに受け渡される。


 今気づいた。メイド増えてる。


 それも沢山、女主人の背後にもびっちり、視野の端にも幾人か、こうしている間にも増え続けて、戦闘に入ってたら面倒っぽかった。


「pwc? 営業のアノニオン?」


「はい」


 字は読めるらしい。


「弊社は色々と通信販売行ってまして、こちらには販路拡大のため下見を兼ねて訪問販売などを。それが事故でこのような訪問になってしまいまして」


「お黙りなさい」


 言われたので黙る。


 女主人、名刺見ながら思案してる、風に見えてただ勇気を振り絞ってるだけだろう。


 この汚部屋、秘密にしたいなら即殺してる。できてないのは、人の良さか、突如のことで思考が凍ってるのか、あるいは更に血で汚したくないだけか……思ったよりピンチじゃないですか。


「……それで、何よ」


「はい?」


「何がどこで間違えてるって言うのよ!」


 完全にもらった。もう調理済み、味を想像してにやける前に口へと運ぶ。


「収納スペースですよ。棚とかタンスとか、見たところ数が圧倒的に足りてないようなので」


 首のナイフはもう大丈夫、無視してわざとらしく見回してみせる。


「そもそも片付いてるかどうかの違いって、横か縦かの違いしかないんです。同じものでも床に置いて広げれば片付いてない。積み上げることもできますが、それだと崩れちゃうので、棚に収めればスッキリ、でしょ?」


 返事はない。けれども否定も邪魔もないなら肯定も一緒だ。


「それに置く場所決めてしまうと後楽なんですよ。少なくともどう努力すれないいかはわかります。これはみなさん陥りやすいミスで、口で片付けろ片付けろ言うのは簡単ですが、具体的にどうこう言う人は少ない。いても次に捨てろときます。その物にどれだけ思い入れがあるかも知らずに無責任にね」


 無自覚に、無意識に、女主人は頷いていた。ここまでわかりやすいポンコツだと愛おしくさえ感じてくる。


「でも、キッチリと収めれば、少なくとも棚に乗っていれば、誰も文句は言えない。片付いてないとは言わせない。失礼ですがこちらのお部屋、使わなくても不便はない?」


「え、えぇ、そうね。そうよ」


「だったらいっそ収納部屋にしてしまいましょう。棚をぎっしり詰め込んで、間通路分踏まえて五段の棚なら、ざっとこの部屋の四倍ほどの面積が片付くと思います」


 根拠のない数字だが、契約するまでバレなければそれでいい。


「弊社でも棚は扱ってまして、あの、そちらの紙袋にカタログがあるのですが」


 新たなメイドがガサゴソ、一冊取り出し残りは綺麗に、扱いが良くなってるのは良い証だ。


「そちらの560ページ、その次の次あたり、そうそれです。弊社の棚は独自の『パイクリート製法』を採用してまして、原材料は紙、なのですが強度は十分、棚でしたら上に私が乗っても平気なぐらいに丈夫です。それで色やデザインもご希望通りに」


「赤よ。それに黒も」


 カタログに目を落としたままでの即答、買うことは決まってるらしい。


「それでサイズなのですが、高さと幅はだいたいこちらの扉ぐらい。奥行きが60フィートになります。もちろん組み立て式なのでこの部屋への持ち込みは簡単で、その組み立てもサービスさせて頂いてます。ただ、初回のお客様にはお試しの意味もありまして、最大4台までとさせていただいてます」


「いやよそんな半端な数字、10台よこしなさい」


「それは、はい。では今回は特別に、販売させて頂きます」


 これに女主人、ふと気がついたようにカタログから顔を上げ、俺を見る。


「……それで、あたくしからいくら毟り取るつもり?」


「それは……」


 問いに、瞬時に計算する。


 これは手応え的に、料理への問題ではなく出し方の問題、テーブルマナーの範疇だろう。


 派手な見た目に周囲のメイドから、経済的余裕はあるし細かな計算できる風には見えない。


 これまでの会話から、片付けられないのは自分のせいではないという味方を経ていてそれを切り離せるようにも見えない。


 ただ、立場が自分は上だとしておきたいのだろう。


 商人から奪われたのではなく奪ってやったという、小さな自尊心、その程度ならいくらでもくれてやる。


「……非礼があったこととは言え、こちらに取引は多くのものが関わっています。流石に無料というわけにはいきませんので、私めにできることといえば例外的に、特別な、精一杯の、特典をつけさせていただくことぐらいです」


「特典?」


「えぇっとはい。巻末の青いページを開いて頂きますと、そちら『リポ分割払いシステム』のご登録ページになります。そちら採用して頂きますとお支払いが、おおよそ一日コーヒー一杯程度の値段での分割払いになります」


「嫌よ分割なんて貧乏臭い」


「ですがお支払い期間が長引き回数が増えることで毎月『ReCポイント』が貯めることができます。ただこちら、一定金額以上のお客様限定なのですが、今回限りの例外として、ご登録できるよう、計らせて頂きます」


「あら、そう」


「それと次のページ、こちらはどのお客様でも可能なサービスなのですがこちらの『クーリングオフ撲滅キャンペーン』に賛同して頂ければ、サービスとしてプラスチック製のツボをプレゼント、花瓶にも小物入れにも使える雅なツボでして、こちらも棚同様に収納スペースに活用できるかと」


「全員?」


「お得情報なので。それでこれが私ができる最後のサービスとなります。カタログ最後のピンクのページをご覧下さい」


「ちょ! ちょっとこれ! バニー服ってなによ! ハレンチなの知ってるのよ!」


「いえよくお読み下さい。こちら『逆バニー服保険』となっておりまして、バニー服の逆なのでハレンチではございません」


「……そうなの?」


「はい。もっと言えばこちら、万が一なにかが起こってお支払いできなくなった場合の保険になっております」


「あたくしが踏み倒すとおっしゃるの!」


「いえいえまさかまさか、その逆でございます。保険料というのは払い戻しの金額と、実際に起こりうる確率で変動いたします。踏み倒しそうな人ならば高額に、ですがお客様の場合は、本来ありえないことではありますが、私自身が保証人となることで、保険料、無料とさせて頂いてます」


「無料!」


「もちろん保険としてもちゃんと機能しますがそれ以上に、料金の安さはそれだけ信用されていることを意味します。弊社のことながら異世界広く商いを行なっているpwcが、お客様に対して、経済的にも、そして人柄的にも、大変信用できるとの、実質的な証明となっています。こちらをお見せになられれば、各種銀行からの融資に同様保険の料金が格安に。それ以上に社会的信用度、即ちステータスが確実に一つ上がることになると、自負しております。正直、やりすぎな感も否めませんが、この度の不祥事に対する寛大な承知から妥当と判断させてのご提案になります」


「……いいわね」


 顔を見るまでもない。


 女主人、墜ちた。


 ポンコツはいつでも良い客だ。


「それで? どうすれば契約なのかしら?」


「それははい。ページ下部分の空欄に必要事項を記入して頂いて、最後に名前を書いていただければ、自動転送で成立となります」


 女主人、目配せ送ると更なるメイド、ペアが左右で持つ大きな盆を机に、別メイドから羽ペンを受け取りサラサラりと署名する。


『サン=スィル』


 この世界最初の金づるとなった。

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