『副業傭兵』エシュ様へのお客様対応

担当外労働

「いや社長、これってクレーム処理じゃないですか! 営業がやる仕事じゃないじゃないですか!」


「そうなんだけどさ、ね?」


「ねじゃないですよ嫌ですよやだー」


「そんなこと言わないで、もうパパッと行っていつもの口車で騙くらかして、ダメだったら口封じしちゃえばいいんだからさ」


「簡単に言わないで下さいよ。その程度の相手ならそもそもクレームに対応とかしてないでしょ?」


「そりゃそうだね」


「……誰なんですこれって? それだけやばい相手なんですか?」


「えーっと名前が、メモどこいった? 資料なら既にそっちの手元にあるはずだけど」


「はずってまさか客候補のアレ? つまり客ですらない?」


「だね。詳しいことはわかんないけど、なんでも客様本人じゃなくてそのご家族らしいんだ」


「いやまってください。それ、無理じゃないですか。逆バニーには守秘義務発生してて、クレームどころか商品についてマニュアル以外の情報をうっかりでも口滑らせたら、その口がなくなるようになってるわけだし」


「それがだね」


「まさか、あれだけ言ったのにやってなかったんですか?」


「だってこの商品でこんなに変わりましたドキュメント的なコマーシャルやってみたかったんだもん!」


「言ってるでしょ! うちの商品で満足できるわけないじゃないですか!」


「流しちゃったもんは今更いってもしょうがないだろ。とにかく今は目の前も問題からだよ。この傭兵君は何だかんだでウチと関わり合いあるから下手に敵に回すとめんどい」


「クレーマーがあの屍神とか無茶じゃないですか! あれ相手に口封じとか絶対無理じゃないですか! 俺ってば正面戦闘全然ダメって知ってるでしょ?」


「そこをなんとか頼むよ。先方かなり怒ってるみたいなんだよ。現地スタッフじゃ話にならなくて、そっちで動ける中で一番偉いのアノ君になっちゃうからさ」


「だから嫌ですってば。こんなノリで話してますが雇用契約はきっちりしてもらわないと」


「そこをなんとか、この件終わったら出張帰ってきていいからさ」


「このタイミングでってことは、撤退?」


「そうだね。色々出遅れてて女神サイドはまず無理、それに契約書なんとかできそうなのもうろちょろし始めてるっぽいし、ここでの旨みはもうないかなーって」


「言っておきますが社長」


「わかってるよ。これは君の責任じゃないし、これは懲罰でもない。それでも頼むのは相手が有益だから。少なくとも次元渡れる凄腕傭兵怒らせたままにしとけないでしょ? 寝首かかれるとか嫌だし」


「……手ぶらじゃ無理です。差出せるものは?」


「そちらで使えるオプション全部、回収できそうにないし思いっきりばら撒いちゃって。それとテレフォンスタッフを三百人ほど、生け贄にできるよ。それでもダメなら責任者の首を、と言っても一日社長の逆バニーだけど、差し出すと、もちろん悟られないように苦々しくお願いね」


「…………それでなら、やってみますよ」


「さっすがアノ君、じゃあ宜しくね」


 吐き気を催すため息、気が重い。


『副業傭兵』エシュ、卓越した戦闘技術と不死に近い再生能力、殺気を読み取る力に後なんか、pwcとの関わりで言えば古参に入る大物、ステータスだけなら搦手で何とでもなりそうながら、それだけ付き合いが長いにもかかわらず無力化できてないということは、つまりはそれだけやばいということだった。


 そういうのを安全になんとかするのがカタログ経由の契約による逆バニーなのだが、失敗してる。


 それでも、自分で言うのも小恥ずかしいが、言葉巧みになんとかするのが営業だ。やってやれないことはないだろう。


 思いつつ、向かったのは指定場所、セントラルの地下、この間の派手な事故とは別方向、まだ綺麗な街並みのマンホール開けて降りる。


 こちらは暗闇、湿った地面、正しく下水道な道のりを進む道を画面でお知らせしてるスマフォの灯りで照らす。


 脇道狭い道、いくつかの分かれ道、それを正しく曲がって進む、億劫だと思って歩いていたら先に別の灯りが見えてきた。


 目印、恐らくはエシュによるもの、呼び出すからにはきっちりと道案内はするということだろう。


 この律義さは、つけ入る隙に思える。


 思いながら進んでいると、灯りの向こうに影が三つ、並んで座っていた。


 正体、灯りは地面に置かれたランタンが一つ、影は顎を砕かれて正座する男三人だった。


 服装は三人揃ってカウボーイ、ただあの車輪が付いたブーツは脱いで横に置き並べられてあった。チラリと見た腰には空のガンホルダーにナイフの鞘、武装の跡はあれど肝心の武器は見受けられなかった。


 つまりはそういうことだろう、当たりを付けながら三人の前に立つ。


「……案内の方ですか?」


 問いに、男はそろって頷き、そして右の脇道を指差した。


 恐らくは敗者、命乞いに服従した生きた道しるべ、そしてそれ以上の価値はなさそうだった。


 それでもマナーとして一礼して差す先へと進む。


 …………それから、同じような灯りと分かれ道と敗者が点々と置かれていた。


 鉄仮面、鎧武者、魔法少女、黒づくめサングラス、特種部隊ぽいのやなんか中二っぽいのまで、それっぽいのが勢ぞろいだった。こっちの自衛団のハンターだろうが、手なり足なり顎なり心なりへし折られ、正座して道を指し示していた。


 そいつらの案内を経てたどり着いたのは広い地下空間、端や天井にランタンの灯りがあって動くに不自由はないがしかし、それでも果てを見渡せるほど明るくはない。


 ここが呼び出された場所だった。


「お邪魔しまーす。pwcから参りました。私アノニオンと申します」


 返事はない。


 歴戦の傭兵ならば声など書けなくとも接近に気が付けそうなもの、それがないということは、いないのか、あるいは別の意図か、思案しながら一歩、踏み入った。


 カラン。


 音、足元、見れば転がる棒、先に刃物があるから短槍というものだろう。何ゆえか転がり足を置こうという位置にて止まって、それを跨ごうとしたところへもう一本、飛来した。


 今度は投擲、同じ槍、上げてた足の足首に命中して痛みと共にバランスを奪われる。


 それでもと踏ん張ろうとした刹那に影、痛み、無重力、首を掴まわ振り回されて、背中へ衝撃、硬くて冷たい感触、足が宙に浮き、目の前の骨があった。


 獣の頭蓋骨、それを被る大男、資料通り、本日のクレーマー、エシュの登場だった。


 このご挨拶は友好的ではない。


 そして呼吸音、大きく吸い込み、前歯にこすり付けるように吐き出される強い呼気は、高まる感情と、それを押さえようとするなだめの行動に見えた。


 つまりは、大変ご立腹のご様子だった。


「えっと、この度は」


「黙れ」


 鋭く短い命令、同時に俺の首を掴んで吊るしてる右手に力がこもる。


 首をへし折るなど造作もない、はっきり思い知らせて来るエシュは、残る左手でスマフォを弄っていた。


 不釣り合いな組み合わせ、実際使い慣れていないらしく、小さく舌打ちしながら画面を擦り、作業をしていた。


「……お前らが悪の組織なのは周知の事実だ。ここの女神様はまだご存知じゃないようだが、わざわざ知らせてやるつもりも、義理もない。雇われたなら戦うが、そうでないなら無視しておく、つもりだった」


 急に語り出すエシュ、とりあえずは説明してくれるらしいので相槌もそこそこに喋らせる。


「ここに来たのは純粋な出稼ぎ、傭兵としての仕事を求めてだ。しかしやりすぎたみたいでな。逆に追われる身になってしまった。お陰で儲けがないい上に退屈していた。そんなところに運命か、こいつだ」


 エシュ、また元の画面に戻ったスマフォを傾けて見せる。


「こいつは俺を襲ったハンターが持ってたものだ。電話やメールもできると言うがする相手はいない。それでも、検索やらゲームやら、色々できる便利な機械だ。刺激には弱いが退屈しのぎにはなるかと弄っていた。その一環、エゴサというものに挑戦した」


 話しが要領を得ない自分語りになっている。


 この手のクレーマーは厄介極まりない。ただ話したいだけ、スッキリしたいだけ、気持ちよくなりたいだけで問題解決に興味がない。


 ただただ時間と人員とその他色々を消費させられて得るものはない。


 こいつは客ではない。死ぬべきゴミだった。


 だからと言って殺せるわけもなく、ただ呼気に紛れた相槌を返すのが精いっぱいだった。


「結果は色々出てきたが、あまり意義のあることはなかった。それじゃあ満足できずに名前だけではなく、色々試してみた。その内の一つ、屍神でも検索してみた。そしたら、だ。こいつが出てきたんだ」


 そう言ってから四つほど作業を挟んで、スマフォに映し出されたのは動画アプリ、サムネは顔色の悪い女だった。


「俺たち兄妹は特別仲がいいわけではない。普通だ。あいつは、しっかりしてないがそれでも一人で何とか出来る力がある。本人にやりたいことがあるなら自由にしろ、と俺は考えている。だが、俺は傭兵である前に兄である前に戦士だ。身内の恥は注がなければならない」


 そう言って画面が切り替わり、動画が再生される。


 映し出されるのはサムネの女、それがバニースーツ姿で腰に手をやりお尻をフリフリ、音楽に乗せて、はにかみながら踊ってるショート動画だった。


「貴様ら、人の妹に何をやらせている」


「知りませんよこんなの!」

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