第10話 Episode2-5 Edge of the World
19 邂逅
【別の日】
「ローカルネットワークから始まったワールド・ワイド・ウェブの形状モデルが人間の脳の細胞連結形状に
「……
「そこを真剣に考え始めるとね……」
助手席の
「……最終的には宗教に行き着く。創造主を仮定しないと説明がつかなくなる。引き返し時じゃないの。あたしはごめんだわ。
二人が向かっているのは、奥多摩にある
端末AI制御システムを
「なぜこんな場所に?」
「安定した地盤と電磁波干渉が極力少ないからとのことです」
「そんなに
「知りませんが、きっと繊細なのでしょうね。あなたと違って」
「てかさ、あんたわざわざ一緒に来なくたって、いろいろ知ってるんでしょ?」
「知りません」
「
「それもまた
カーナビの抑揚のない声が目的地到着を告げた。
車を降りた
「何してるんですか」
心底不思議そうに問う
「友好的な訪問者のアピール」
「そういうところですよね」
鉄のゲートはあるが、施設の名前を記した看板などはどこに見えない。インターホンで名前を告げるとゲートが開き、敷地に入った途端に閉じた。と同時に建物の正面の一部がシャッターのようにせり上がって、玄関口までもが隠されていたことがわかる。そこに青いワークウェアの男が現れた。歳は三十がらみだろうか、痩せて背が低く、顔色が病的なほど青白い。こんな施設の中にいるからだと
「ようこそおいでくださいました」
男は言ったが、棒読みの台詞はとても歓迎しているようには聞こえなかった。
「ご案内を言い使っております、副所長の
言うだけ言ってさっさと歩き出したので、名刺を出そうとしていた
扉が音もなく開くと、正面に短い通路があるだけのフロアだった。突き当たりにはこれまた白いだけの鉄の戸が閉まっている。
「あの、これは何です?」
通路の両脇の壁に、間接照明のように透明の球体が半分埋め込まれていて、その中でオレンジ色の炎が小さく揺らめいているのだった。天井には二列に蛍光灯が並んでいるので、照明の役には立っていない。
「火ですね」
「CG……には見えない」
顔を近づけた
「ええ、本物です」
「え?」
驚いた
「我が社では……いえ、我々研究員は、火を崇拝しているのです」
「
「まさか。象徴ですよ。人類は恐怖の対象であった火を道具にしたことで文明を発展させました。火は勇気と可能性の象徴です。開発に
「そういえば、
「……どこで聞いた話か知りませんが、随分と無責任な噂ですね」
そして早足で通路を進むと、レバーの脇のテンキーに数字をいくつか打ち込み、鉄の戸をゆっくりと開いた。
「この奥が『ユグドラシル』です」
アクリルガラスに仕切られた薄暗い空間に、図書館の本棚ほどの高さと厚さの黒い物体が間隔を空けて何台も並んでいた。表面には赤や緑の小さなLEDランプがそれぞれのスパンで明滅を繰り返している。暗さのせいもあってその奥は見えないが、肉眼で七台のユニットを
やはりガラスで仕切られた反対側の空間では、段差のついたフロアに無数の機器が置かれ、数名の職員がいくつものモニターに囲まれて何やら作業の最中だった。
「お見せできるといっても、これだけです。温度湿度管理と機密保持のため、これ以上内部へは進めません。それは一般職員も同じです」
「要はサーバーですよね」と
「
「1200?」
「何のために」
「当然、それだけの数が配備された時のためにです」
確かに
まさか……この国だけではないとでも?
「でも、現在の小隊編成だと仮定すれば、穴橋の2機に対して菱井は1機、不満はないんですか」
「ガードナーよりヴァルキュリスの方がコストが高いと聞いていますが。よくは知りませんけど」
「まあ、研究現場には関係ありませんよね」
「他に何か」
「昼休みに外に出てラジオ体操でもしたらどうでしょう。ここにいるみなさんは顔色が悪すぎます」
☆
「気持ち悪いですね」
帰りの車の中、長い沈黙の後で
「あいつ?」
「確かに、海面から上だけ見せて、これが氷山ですと言われてもね……」
「氷山は、見えない部分も同じだとわかりますから、違います」
20 黒幕
【また別の日】
「何の話だ?」
内閣総理大臣
首相官邸の執務室である。
直立した
「もちろん、サミットの話です総理」
「サミットの日程はもう決まっているのではないのか」
「ええ、ですからこれは演出です。サプライズですよ。遠路はるばるやってきて、知らされている仕事を順番に片付けるだけでは、あまりに退屈ではありませんか」
「総理のセンスも評判になろうというものです。ホストはもてなすのが仕事です」
それを聞いた
就任してから一年半になろうとしているが、このところ内閣の支持率はじりじりと下降していた。何が悪いというわけではないのである。
前の首相
普通なら首相が変われば交代する秘書官のポストに
それを許容して、つまり実務の独自色を捨ててまで総理の地位にこだわった以上、
官邸秘書などをやっていれば、政治家の功名心などには嫌でも敏感になるものだ。
「しかし、今からそんな大掛かりな変更が可能なのか」
「ええ、もとよりオプションとして準備はしてあるのです。必ずやご期待に沿えるであろうと。そうでなければこんな提案はできません」
「もちろん最大限のサプライズ効果を演出するため、このことは関係者のみの秘密事項となります。『
「警備の方は混乱しないだろうな」
「万全な体制を敷きます。情報漏洩の恐れがありますので、周知というわけにはまいりませんが、配置や移動はこちらで指示します。問題ありません」
「新造の豪華客船で湾岸をクルーズしながらの会合か……さすがは
「恐れ入ります」
これで計画の「核」は通った。他力本願の要素はあるが、後でいくらでも調整はつくだろう。連中は、少なくとも
☆
「私が
北条は
それらしい店構えを持たぬ
「わかりました。任せてください」
「時に奥さんは元気か」
「あ、ええ、おかげさまで」
「まだ新婚なのに、人より忙しくさせて悪いな。よろしく言っておいてくれないか」
「しかしわからないのですが……いったい
「それはどちらの側の話なんだ?」
「あ、いや……」
無理もない、と
「それは君が気にすることではない」
「無論、君の不安はわかる。歴史に残る大事件を先導しようというのだからな」
「どうも私には……いえ、
「間違ってはいない」と
と。盃を置き座り直して、
「この国は中途半端なままここまで来てしまった。大手術が必要な問題点を、対症療法で
「一刻も早く、この国を『まともな国』にしなければならない。先達が夢見ていたような国にしなくてはならないのだ。何もこの国を安心して住めなくしようというのではない。偽りの
準備は整いつつある、いや、間違いなく整う。それは確実に実行されるだろう。その結果を左右するのは……
さあ、どう出る。この計画最大のジョーカー、勝つも負けるも間違いなく切り札となるカード。
生まれてこのかた、こんなにワクワクすることはなかったと
そう、
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