第3話 Episode1-3 ANCLE出動せよ《破》

 5 突入


「90分! たった?」


 零音一人れおんかずとが思わず口に出すと、路地屋理佐ろじやりさが冷静に答えた。


「戦闘モードはレベルに応じて消費エネルギーが増大します。活動限界を超えた場合は充電か動力パックの装着が必要です」

「できるんですよね」

「できません」

「は?」

「動力パックは現在、放電の不具合が発生して対応中です」


 一人かずとが天を仰ぐと、当然彼が乗るアウターパディ「ガードナー0011」も空を見上げた。


黄昏たそがれてる暇ねーぞ士長!」


 アイコンの入谷邦明いりやくにあきが叫んだ。


「その呼び方はやめてください」

「なんでよ」

「下がいないのに『長』を付けられると嫌味いやみにしか聞こえません。それに、作戦行動中はコードネーム使用のはずです」


「面倒くせーなー」入谷いりやが心底面倒くさそうに唸った。


「じゃあスヌーピー」

「はあ?」

「ビーグルスカウトって言いにくいんだよ」

「コードネームの意味ないでしょう!」


 それを無視して、入谷いりやが言った。

SIMURGHシムルグ、スピーカーだ」


 入谷いりや機の右肩装甲の一部が開き、拡声器が露出した。


新有明島しんありあけじまに侵入中の暴徒に告ぐ! こちらは警視庁機動隊、および特別装備機動警備隊である! 島の出入口は完全に封鎖されている! 無駄な抵抗はやめて速やかに投降せよ! 繰り返す! 速やかに投降せよ! その方がいいぞ!」


 数秒間、スピーカーの耳障みみざわりなハウリングだけがあたりに響いた。


「これが最終警告だ!」と、入谷が続けた。「十数えたら突入する! 無駄な抵抗は無駄だ! 一二三四五六七八九十! 突入!」


 言い終わるなり入谷いりやのガードナーが走り出した。

 無茶苦茶だ。

 一人かずとは急いで後を追おうとしたものの、二歩目でいきなりつまずいて転んでしまう。

 前方にいた機動隊員はあわてて四方へ逃げ、間一髪かんいっぱつ馬鹿げた惨事は免れたが、真上から手をついてしまったマイクロバスが壮絶な音を立てて見事に潰れた。頭を上げると、目の前に両手で顔を覆っている路地屋ろじやが見えた。


「スヌーーピーー!」


 入谷いりやあざけるような声を出した。


「それだけの重量を動かすんだから、実機の挙動きょどうはタイムラグがあるに決まってるだろうが!」


「……す、すいません」


 謝りながら立ち上がったが、そもそも謝る相手が違うような気もする。

 転んだのはアウターバディだが、加速度がかかったせいか自分の腕や膝も痛いように感じる。


「どうすれば?」


「慣れろ」と入谷いりやは言った。「以上」

「えぇ……」

「人間は慣れる」と入谷いりやが言うと、路地屋ろじやが暗い声で続けた。

「機械も慣れる。SIMURGHシムルグへのフィードバックデータが集まれば、多少はマシになるから」


(実戦でやることじゃないだろ……)


 一人かずとは無言で脚の運びに集中したものの、リハビリ中の怪我人けがにんみたいなよたよたとした挙動で小走りの入谷いりやについて行くしかない。それでも海上道路を渡り切る頃には、明日退院程度の動きにはなった。


 眼前がんぜんにはやはり踏み潰されてじ曲がったフェンスがあり、その奥は十字路だが倉庫群にさえぎられて敵の姿は見えない。大型トラックの往来を想定しているのであろう道路はむやみに広く、迂闊に横断するのも危険だ。

 先の暴動では、いったいどうやって運び込んだのか、横流しされたロシア製対戦車ロケットランチャーRPGまでが使用されている。もはや敵がどんな武装をしているかわかったものではないのだ。


 先行する入谷いりやが倉庫の壁に機体を寄せて左手の様子をうかがう。煙が上がっているのは左側の区画からなのだ。


「右を確認しろ、スヌーピー」


 一人かずとは右の建物沿いに歩いて、壁の端から顔を出した。身体が固定されているので、細かい動きが異常に難しい。

 首筋が痙攣けいれんしそうになるのをなんとかやり過ごす。十メートルほど先に街路灯があるが、その周囲に異常は見られない。


「右サイド、クリアー」


 見ると入谷いりやのガードナーは、右手にコルト・ガバメントをした外観のハンドガンを握っている。そりゃそうだ。敵が待ち構えているところに丸腰で突入する奴はただの馬鹿だ。


「えっと、どうすれば……そうか、SIMURGHシムルグ!」


 スクリーン左上に表示されているオシロスコープのような緑の円が赤く変わり、水平のラインが波を打った。


〈何でしょう〉


「武器はどこだ」


〈武装リストを表示します。第二レベル以上の戦闘モードでは自動的に表示されます。表示状態で音声入力により使用可能状態に移行します〉


 左下に「WEAPONS」の表示が現れた。


 Head gun

 Stun Rod

 none

 none

 none


「ヘッドガン?」


 一人が声に出すと、どこか上の方でガチャリという音がして、スクリーン中央に赤い十字の照準マークが現れた。ガードナーの側頭部が開いて、30ミリ自動機銃が射撃態勢を整えたのだ。

 一人はあわてて収納を指示した。照準の中央には入谷いりやのガードナーがいたからだ。


「そうじゃなくて、拳銃とか」


〈未装備です〉


「なんで!」


〈理由はわかりません〉


「ああ……だろうね」

 一人かずとはため息をついた。


「じゃあスタンロッド」


電磁衝撃警棒スタンロッド、分離〉


 スクリーンにガードナーの輪郭りんかくが表示され、右肩から斜め上に伸びた突起が赤く点滅している。

 右手を肩の後ろにやると、今まではなかったはずの棒状の何かが触れた。バックパックから分離されたそれを試行錯誤でなんとかつかみ、背負った刀を引き抜くように取り出すと、円筒形の2メートルほどの棒が手の中にあった。


〈現在ショートモードです。ロング、ショートの音声入力で伸縮可能です〉


「ロング」


 一人が声にすると、警棒は瞬時に倍の長さに伸びた。それにしたって、棒は棒だ。まあいい。何もないよりはマシだ。と考えるしかない。とはいえ、接触の感覚がないから本当に握っているのかどうかわからないのが難点だ。握りしめた指に抵抗を感じるだけである。


「握る力がよくわからない」


〈マニピュレーターへの荷重は自動制御です。手を開かない限りは落としも破壊もしません〉


 あまりにいろいろとわかっていないので、無機質な説明も馬鹿にされているように感じてくる。


「ならいいんだけど」


「何をぶつぶつ言ってるんだ」


 入谷いりやの声だった。


「教習初日に高速道路を走らされているもので」


 一人かずとが皮肉を言うと、入谷いりや不遜ふそんげに鼻を鳴らした。


「高速は簡単だ。交差点も信号もない」

「そういうことでは……」


 ムッとして反論しかけた時、どこか離れた場所でくぐもった炸裂音さくれつおんが聞こえたかと思うと、白煙をたなびかせながらこちらに向けて中空を飛んでくる物体があった。


擲弾グレネードだっ!」


 入谷いりやが叫ぶ。

 続けて二発、三発。一人かずとは反射的に身を伏せたが、間があっても爆発は起こらず、ややあって周囲は急速に白い煙に包まれた。


 発煙弾だ。


 大型の、暴徒鎮圧の際などに軍や警察で広く用いられているやつだ。もっとも普通は投擲機ランチャーで射出する。


 微風はあるもののどうやら風下のようで、敵の姿はおろか、入谷いりやのガードナーすら輪郭りんかくがかろうじて認識できる程度だ。


「どうする士長」


 入谷いりやがあえて「士長」と呼ぶからには、自衛隊の戦術知識を求めているに違いない。起き上がりながら一人かずとは真剣に言った。


「煙幕展開が意味するのは肉薄か退却のどちらかです。ここに逃げ道はない。つまりは肉薄です」

「で?」

「僕が回り込んで背後を突きます。挟撃はさみうちです」

「採用だ」


 街路区図によれば、十字路を直進したすぐ先に左に伸びる横道があるはずだった。この視界の悪さならば、運がよければ気づかれずに背後を取れる可能性もある。


 と考えながら煙の中を抜けていく。ガードナーの足音も重量なりだが、なにしろ建機の稼働音は比べものにならないのだ。今もキャタピラの回転音が聞こえている。


 一人かずとが煙を抜けるのと、疑問が頭に浮かんだのはほぼ同時だった。


(……回転音? 近すぎないか?)


 そう思った瞬間。


 突然、風景が左に吹っ飛んだ。一瞬遅れて衝撃が全身を襲い、身体の固定部が一斉に悲鳴を上げた。


(何だっ?)


 視界が横倒しで停止したのを見て、自分が倒れていることを知った。スクリーンのあちこちに赤い文字の表示が現れて点滅した。


〈シールド脱落。接合部破損。左肩関節損傷。可動域92%に縮小〉


 SIMURGHシムルグが冷静に状況を告げる中、一人かずともまた目が覚めたように冴えわたる観察力で何が起こったのかを悟った。


 前方に立ち塞がる黒い影。細身の戦車に人間の上半身を乗せたような外観、車体の両脇に付いた太く短い脚には幅広のキャタビラ、異様に長い腕の先の巨大な手、頭部の操縦席を覆うクリアセラミックのキャノピー、そして背中の機構から伸びるクレーンアームが先端をいっぱいに伸ばして回転している。

 ガードナーはそのアームに横殴りにされて、倉庫の壁に叩きつけられたのだ。おそらくこちらの動きを先読みして、とっくに煙幕の後方に移動して待ち構えていたに違いない。先手を打ったつもりが完全に後手だったのだ。


〈状況を確認。戦闘モード、第二レベルに上昇します〉


(ただの建設作業員が乗っているわけではないということか)


 クレーン重機バスターは片方のキャタピラを動かして向きを変えると、再び一人かずとに正対した。不気味な音を立てて風を切るクレーンアームがすぐ目の前を通過した。

 一人かずとはなんとか立ち上がるが、崩れた壁の端に機体がぶつかり体制を崩す。前進する重機バスターのクレーンがダウンスイングで迫る。落下したシールドに目をやるが、拾い上げる余裕はどう考えてもない。拾ったとしてもまたシールドごと弾き飛ばされるのは目に見えている。


「ええい、ままよ!」


 一人かずとは右手の警棒ロッドを両手で握り直して、迫り来るクレーンアームを上段から思い切り打ち据えた。

 衝撃で曲がった警棒ロッドは瞬時に折れ、一人かずとは受け止めきれなかったアームにもう一度なぎ倒された。

 だが、激突の瞬間にアームの勢いが急速に落ちた。

 衝撃加速度を検知した電磁衝撃警棒スタンロッドが、接触と同時に発生させた500万Vの高圧電流で、重機バスターの電装系を一瞬にして過電圧で停止させたのだ。

 見ると重機バスターは背中や結合部から火花を散らし白煙を上げて完全に沈黙していた。握った手から転がった発煙弾が作動するのを見て、一人かずとは急いで立ち上がると、見失わないうちにシールドを拾った。操縦席のキャノピー内部にも煙が発生しているようだが、乗組員パイロットが脱出する様子は見えない。駆動回路がやられて開かないのかもしれない。


〈胸部装甲損傷。衝撃耐性低下。周辺システム異常なし〉


(助かった……)


 いや、終わったわけじゃなかった。


「大丈夫か」という入谷いりやの声で、一人かずとは我に返った。


「全然大丈夫じゃありません」と一人かずとはようやく移動しながら答えた。「重機バスター一機、停止しました」


「ロッドコレダーだな」

「何ですって?」

「電撃系の技の名前は昔からコレダーと決まっている」

「何を言っているのかわかりません」


 と途端に、聞こえてきたのは連続する銃声だった。一人かずとは急いで走り出した。襲ってきた重機バスターはたいした武装ではなかった。今頃は入谷いりやがもう一機を倒しているのではないか。


 だが、聞こえてきた入谷いりやの言葉がその期待を打ち消した。


「……こいつはまずいな」



 6 難局


「妙だな……」


 警視庁第一機動隊駐屯地内に新設されたプレハブ製のANCLEアンクル指令室で、作戦課主任上原頼豪うえはららいごう警視正は思わず声に出してつぶやいた。

 莫大ばくだいと言っていい予算の大半は装備とその整備施設のためにてられてしまい、ANCLEアンクル本部の設備は土木工事現場の事務所と見紛みまごうような有様だった。そもそもそれだけの土地は最初からなく、隣の科学技術館との境の緑地をならし、それでも足りずに駐車場を半分間借りしているようなていたらくだったのだ。


 上原うえはらはオタクだが切れ者であった。

 彼にはこれがただの襲撃事件だとはどうしても思えなかった。


 現場状況が刻々と更新され続けるモニター群から一度目を離して、上原は殺風景な天井を見上げながらIKEAの事務椅子にどっかと沈み込んだ。

 はす向かいに座った通信担当の金田紅子かねだべにこ巡査長が不審ふしんげな表情で上原うえはらに向き直った。


「どうかしたんですか」


「おかしいとは思わないか」


 上を見上げたまましばらく無言で固まっていた上原うえはらが突然前を向いて話し始めたので、金田きねだは驚いて全身をビクッと痙攣けいれんさせた。


 上原うえはらには考え込んでいたかと思うと急にノンストップでしゃべり出したり、問いかけの答えを数分後に唐突に話し始めたりするところがあり、金田かねだはいまだに上原うえはらとの会話に慣れずにいた。しかもしばしばよくわからない皮肉や比喩ひゆが混じっているからなおさらだった。


「犯人たちの目的は何だ。あそこに何かあるとしても、それを奪ってどうやって逃げるつもりなんだ。どう考えても無理だ。最初から無理だ。それはすなわち、強奪が目的ではないということだ。では何だ。どう思う、金田一きんだいちくん」


金田かねだです」


 冷ややかな口調で金田かねだは言った。仔犬を思わせる他意のなさそうな明るい顔立ちがやや曇った。


「破壊が目的ではないのでしょうか」


 うむ、と上原うえはらうなずく。


「私も一瞬それを考えた。しかしだ、単に破壊が目的なら、海上から高速艇で接近した方がはるかに無駄がない。海保かいほや湾岸警察が到着する前にまだ逃げるチャンスはある。迫撃砲はくげきほうの数台もあれば、上陸の手間などかけずとも、島を火の海にするなど容易たやすいことだ」


「では船や砲を調達できなかったのではないですか。使われている建機も盗難届けが出ていますし」


 ううむ、と上原うえはらうなる。

 筋は通る。だがどこか不自然だ。バランスが悪い。汎用重機二機と大型擲弾グレネードを自在に投擲とうてきできる操縦技能者、市街戦術の基本、要素は揃いすぎているのに、移動手段はあっても脱出手段がない、そんな計画があるだろうか。


「だとしても、操縦者パイロットが脱出不能であることは変わりない。どうするんだ。大脱出マジックでも見せてくれるのか。奴等は引田天功ひきだてんこうとデビット・カパーフィールドなのか」


「封鎖を突破して強引に脱出するつもりなのではないでしょうか」


「どこへ?」


 上原うえはらくと、金田かなだは黙った。建機のスピードでは、強行突破は出来ても逃げおおせられるはずなどないからだ。


 考えられる可能性は、一つしかないように思われた。


 逃げる気がない、ということだ。


 だが、それはいったいどういうことか。そもそも襲撃の目的がわからなければ推測のしようもない。


 上原うえはらが再び天井を見つめだしたのを見て、金田かねだはほっとしながら通信モニターに視線を戻した。ガードナー002のスクリーン共有画面に、背筋を悪寒が走り抜ける光景が映っていた。

    

         ☆


 一人かずとのガードナーは倉庫列を迂回して、脇道から大通りに走り出た。走り出てしまった後で先刻の失敗を思い出して迂闊うかつだと自戒じかいしたが、幸い何も起きなかった。既に起こっていたからだ。


 入谷いりやのガードナーは外したシールドを左手に持ち、操縦ユニットがある身体の前面を守りながら、半身で構えたハンドガンで正面を狙っていた。下半身はまだ残っている白い煙幕に隠れて見えないが、凍りついたような上半身を見れば微動だにしていないことがわかる。


 その30メートルほど先でクレーン重機バスター対峙たいじしている。こちらもまるで異形いぎょうを映し出す鏡の像のようにピクリとも動かない。

 その縮めたまま静止しているアームの先端に、何かがあった。天井のない低いおりのような足場、高所作業用のカーゴアタッチメントだった。その中に、人影があった。

 誰かがクレーンの先に乗っている、いや、あれは乗せられているのだ。そして重機バスターの右手が握った大型の銃のようなもの(おそらくは解体作業用の重機仕様ニードルガンだ)が、銃口を内側に向けて至近距離でカーゴに狙いをつけているのだ。もちろんカーゴにではなく、その中の人間に。


「……大丈夫なのか……よく見えないな」


〈拡大します〉


 視界が一人かずとの凝視する一点を中心に拡大され、カーゴの人影が大きくなった。腰が抜けたようなぺしゃんこの体勢で、必死におりにしがみついている。


 その人影こそは、行方不明になっている監視所の警備員に違いなかった。拘束こうそくこそされてはいないようだが、カーゴは飛び降りたら無事では済まない高さである。そうでなくても、引き金を引いたら内臓を背骨ごと破壊する凶器の突端に狙われて、自由に動けるはずなどない。


「隊長!」


 一人かずとが呼びかけると、返事の代わりに入谷いりやがゆるゆると言った。


「……考えてみりゃ定石なんだよなあ。重機バスター犯罪は豪快だなんて勝手な思い込みでよ、みみっちい奴が乗ってりゃあ、そりゃみみっちい真似もしますよって話だよなあ」


 ガードナー002の右肩装甲が開き、拡声器が作動する。


「……おい襲撃犯! 貴様はもう逃げられない! おまえは詰んでいるのだ! 王手王取りだ! チェックメイトだ! 悪いことは言わん、人質を解放して素直に投降しろ!」


 そのまま三分が過ぎた。


「……要求は何だ! 電話くらい携帯してるだろ! 要求を言え! 連絡先は110番でいい!」


 さらに十分が過ぎた。動きもなければ本部からの連絡もない。


らちがあかねえ」


 イライラした様子で入谷いりやが言った。投降するわけでもなければ要求を伝えるわけでもない。人質を前面に押し立てて移動を図るわけでもない。


 どういうつもりなのか。


「……時間稼ぎ?」


 一人が口にすると、入谷いりやは「かもな」と言った。


「ブルテリアからポインター、目標脱出の可能性は」

「周辺道路は封鎖中、海域および上空への侵入制限中、怪しい動きは今のところ確認できません」


〈推定稼働時間、残り45分〉


 路地屋ろじやからの通信が終わるのを待っていたようにSIMURGHシムルグが告げた。膠着こうちゃく状態の継続は不利だ。


「腕を撃ち抜けると思うか」


「危険過ぎます」

 入谷いりやの提案を一人かずとは否定した。


「何かの拍子に指が動かないとも限りませんし、腕を失ってもアームを倉庫に激突させれば人質は無傷じゃ済まない」

「だよなあ」


「後ろから押さえ込めないでしょうか」

 一人かずとが思いつきで言ってみる。


「本気でできると思ってるのか?」

「いいえ」


 不慣れな操縦で、たとえ右腕を取ることは可能でも、クレーンの伸縮を止められるとは思えない。


(……あれ?)


 一人かずとは思わず右に顔を向けた。

 静寂の中、何か重い金属音が聞こえたような気がしたのだ。

 視線の先にはクレーン重機バスターの真横、爆破されたシャッターに大きな黒い穴が開いている倉庫があり、まだくすぶった煙を上げている。内部は暗くてはっきりとは見えない。


 その黒い穴の中で、不意に何かが光るのを一人かずとははっきりと見た。


 誰かがいる、いや、何かがある。あれは……あの輪郭りんかくは……。


入谷いりやさん!」


 一人かずとあわてて名前を叫んでしまう。


「倉庫だ! 倉庫の中だ! 奴等の目的は別の重機バスターだっ!」

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