第2話 Episode1-2 OPERATION V
3 密儀
【二年前】
都内某所、某ビルの地下会議室に集まった顔ぶれを見た者は、彼らを知らなければ単なる中高年の、しかし
警察庁長官
警視庁長官
内閣総理大臣秘書官
陸上自衛隊幕僚長
航空自衛隊幕僚長
防衛大臣
在日米軍副司令官トーマス・ストーンフィールド
通常、こうしたトップ会議にはそれぞれが「
「……さて」
防衛大臣
「大臣! 国内問題の会議になぜ米軍関係者がいるのです!」
「もはやドメスティックな問題ではないでしょう。現に……」
と、いささか言い
「我々の重工業部門、電子機器部門はとうに海外の軍事産業と技術提携しているのですよ……ああ、言うまでもなくこのことは
シミひとつない白い歯を見せて笑いながら付け加えた。既に身体の半分は機械や人工物と置き換わっているのではないかなどという馬鹿げた噂も、本人を間近に見ると納得してしまいそうである。なにしろ国内最大級のコングロマリット
「そういう意味じゃあ、自衛隊
「いや! そんなことは……」
穴橋とはダブルスコアに近い年齢の、まだ就任したばかりの
「それは兵器開発という意味でですか」
「それを確かめてどうするおつもりか」
落ち着いた返答には、だが殺気があった。いかにも
「いきなり主題を外さないでもらえますかね」
「ここにいる我々はあらゆる意味で共犯者なのです。知っていることいないことにかかわらず、あらゆる意味で、です」
さて、と改めて
「賢明なみなさんはこの顔ぶれに察するものがあるでしょう。これは我が国、とりわけ首都東京の治安回復にかかわる極秘決定です」
「決定?」
航空自衛隊幕僚長
「決定事項なのですか」
「その通りです。これは総理大臣
と言葉を切った
「警察組織の管轄たる国家公安委員会、
およびその属する内閣府の了承を得ているということです……
はい、と低いトーンで答えて立ち上がったのは、内閣総理大臣秘書官の
「それでは私から説明させていただきます。本来なら関連資料をお配りすべきところですが、情報漏洩を極力防ぐため口頭で要点のみを」
「ご存知のように我が国、特に都市圏での犯罪は国際化かつ凶悪化の一途を辿っています。昨年末の違法入国者武装集団による同時多発襲撃事件、通称『ブラック・クリスマス』をはじめとする重大犯罪発生率の上昇に比例して、当該事件の検挙率は減少傾向にあります。これは即ち、現行の警察機構が新たなる犯罪傾向に対応できていないことを意味します」
「
警視庁長官
「あそこまで行ったら自衛隊の仕事だ」
「簡単に言いますがね」
と口を挟んだのは、その陸上自衛隊幕僚長
「我々は市街戦など想定していない。東京のど真ん中に装甲部隊を展開など正気の沙汰じゃない」
「諸外国と違って、陸自はテロ対策訓練なんぞ考えてもいませんからな」
「おかげでこちらはてんてこまいだ。暴動の芽を摘むだけでも大変なのに、外国人
「誰も彼も平和ボケしてたんですよ」
「近隣諸国の動向が不穏さを増す状況で、自衛隊には
「しかし、自衛隊法で治安出動は認められているのではないのですか」
「伝家の宝刀を抜けと言うのか!」
「あ、いや……」と
「あるも同然なのですよ」
「確かに治安出動については各自治体との覚書も交わしています。警察と自衛隊との共同訓練も実施されている。ですが治安出動はいまだかつてただの一度も発令されたことがないのです。それは海外から見て、日本が軍を投入しなければならないほどの混乱状態にあることを認めているに等しいと判断されるからです。経済や金融への影響は計り知れません。さらに言えば、不法入国者ならまだしも、暴動を起こしたのが国民の一部であったなら、自国民を武力鎮圧することへの激しい批判も
「で、どうするというんだ秘書官殿」
ややあって、
「結論を申しましょう」
その言葉に
「それこそ、国会も世論も
そう叫んだのは、やはり思わず立ち上がっていた
「そうでしょうね」
「何だと?」
「だからこうして
「なっ……!」
言い返しかけた
「仮名称は『特別装備機動警備隊』、通称
アンクルという単語が呟きとなってしばらく室内を飛び交った。
「本気ですか」
「既に装備の検討は進んでいます。主力重機と操縦システムの設計は
集まった視線を
「設計案にすぐ承認が出るとして、どのくらいの期間で納品可能ですか」
「二年でお願いします」
「そんな無茶な!」
「いいですか、たとえば納期が一日延びる、その一日で事件が起きて死人が出るかもしれません。事は一刻を争うのです」
「自衛隊と警察には人員の選定をお願いすることになります」
「気に入らんな」
「いつからの話かは知らんが、改革が急すぎやしないか。どこかに
「
「こんなことを言うのはなんだがね」
突然、
「現代の戦争はどうあがいても
本当にそうだろうか、と
いったいあいつは何のためにここにいるんだ。
4 諦観
【二ヶ月前】
「V作戦?」
警視庁警備部警備二課長
「あれですか、白兵戦用と後方支援用のロボットを共通システムで開発する計画か何かですか」
「君の冗談はいつもわからん。冗談なのかどうかもわからん」
警備部長の
「だが、当たらずといえども遠からずだ。いや、ほぼ正解だ」
それを聞いて
「どうした」
「冗談が冗談になっていない時は、たいていロクなことにならないんです」
「それが『V作戦』とやらの
「どこにも『V作戦』とは書いてないようですが」
「コードネーム好きの連中が上にいるんだろうよ」
「いえ、私から見ればもっと別の人種ですね、間違いなく」
表紙には『特別装備機動警備隊要覧』とあり、「部外秘」の赤い印の「部」の字に赤ペンでバツが付けられて、枠外に「室」と書き足されていた。
「……室、外秘?」
「私が書いたわけではない」
「ここで読め、ということですか」
「部長室は読書をするのに適した場所だとは思えませんがね」
「席を外したいところだが、コピーや撮影をしていないという監督者の確認が必要なのだ」
ため息混じりに
「ご心配なく。部長はそれほど存在感がありません」
☆
資料をひと通り読み終えた
その一方で、
おそらく上層部は本気ではないのだろう。上手く行けばその上前を、そうでなければ考え得る最大限のメリットを得ようとしているに違いない。防衛「省」と警察「庁」のバランスを取るという名目で、各部署の責任ポストには警察の人間が当てられていることからも、裏ではメンツをかけたせめぎ合いと、それとは裏腹に責任回避の策略が繰り広げられていることが読み取れる。
まあいい。この歳になれば、個人の信じる「正しさ」など、どこまで行っても社会に裏切られ続けることを
☆
「わかりました」
しばらくして戻ってきた
「この話、お受けしましょう」
それを聞いた
「受けるもなにも、最初から君に選択の権利などないよ」
「言ってみたかっただけです」
「……それは皮肉のつもりか?」
「本当なら部長が言うべき台詞ですよ」
「どう思う」
「何がですか」
「決まっているだろう、その計画だ」
「まるでマンガですね」
「君と意見が合うとは思わなかったよ」
「たぶん、言葉は同じでも意味は違うと思いますよ」
☆
〈作戦部第二機動小隊〉
警視庁刑事部捜査第一課
陸上自衛隊第一師団第一偵察戦闘大隊
陸上自衛隊北部方面航空隊
八島大学工学部准教授警部補扱い
警視庁警備部特科車両隊
陸上自衛隊第一師団第一後方支援連隊
……
警備課の自身の席に戻った
「警備課の
「
「銀のエンゼルとどちらが珍しい?」
「何ですって?」
結局、第二小隊長
☆
『V作戦』の進行は当初の予定より三ヶ月遅れていた。
「主な原因は陸上自衛隊からの人員選抜の難航と
内閣総理大臣秘書官
「要するに何の問題もないような顔をしていたところに限って問題を起こしているということか」
(くだらないプライドと社会の危機を秤にかけやがって……)
さすがに口には出さずとも、
「で、装備充足の
「第一、第二小隊とも、現在ガードナー一機が既に配備され、乗組員の実機訓練を実施中です。残り一機は完成次第納品、
「……ですが?」
言い
「つい今しがたの連絡で、第一小隊の操縦者が不適格と判断され解任されました。訓練中に複数回パニックを発症したとのことです。現在、至急後任を選定中です」
「そのためのサポート……何と言ったかな、あのAI……」
「
「そう、それだ……ではなかったのか」
失念を誤魔化すように強引に話を継ぐ
「無機質な機械を相棒と思えるような人間はまだ限られているということでしょう」
「適正テストが信頼できないと?」
「結果をどう適用したかまではわかりません。人事そのものは各所属の権限です」
「まず一個小隊の
「その時点では両小隊とも自衛隊員が送られていませんでしたので」
「……中断の理由は何だ」
「わかりません」
「わからない?」
「報告を求めましたが、想定外のトラブル、としか」
もちろん、それは起きるのである。
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