特装機警ANCLE
小林猫太
第1話 Episode1-1 ANCLE出動せよ《序》
1 襲撃
東京湾に浮かぶ
そのゲートも夜8時ともなれば手前を
その日の当直にあたっていたのは警備会社に入社してまだ二年目の若い社員ただ一人で、彼はカメラやセンサーが張り巡らされている島の入口に、なぜわざわざ警備員の常駐が必要なのか理解していなかったし、そんな疑問は考えたこともなかった。もっとも慢性的な人手不足とはいえ、原則二名とされていたはずの当直員が一名しか配置されていなかったところをみると、当の警備会社もその重要性を認識していたとは言い難い。とはいえ島の設備が何であるかを知らされていなかったのだから、仕方がないと言えば仕方のない話ではあった。
彼はここの警備に就いて半年になるが、夜間に管理棟を訪ねる者などいまだ一人もなく、せいぜい人目を忍ぶカップルの乗った車が迷い込んでくる程度で、最初のうちは追い払ったりもしていたが、すぐにそれすらも面倒になった。ソファーに寝転んで観てもいないテレビを点けっ放しにしながら、ヘッドフォンでハードロックを聴いていた。だからヘッドライトを消して近づいてくる二台のトレーラーなどに気付くはずもなかった。
やたらに低音の響く曲だと思っていると、それは次第に不自然なほど大きくなり、ついには椅子がガタガタと揺れ始めるのを見て、あわててヘッドフォンを頭から外した次の瞬間、窓ガラスが粉々に割れて、大きな黒い物体が飛び込んできた。
手だった。巨大な鋼鉄の手。
☆
「ケンネルよりハウンドドッグへ。繰り返す。ケンネルよりハウンドドッグへ」
本部司令室からの
歩道に停めたアプリリア=ホンダの250ccオフローダーに寄りかかってホットドッグを
突然わけのわからない異動命令が出て、
「
そう言われましてもね、と
立て続けの交信があった後、数秒の静寂があって自分のコードが聞こえた。
「ケンネルよりビーグルスカウト、ビーグルスカウト応答せよ」
「こちらビーグルスカウト、どうぞ」
「
「ビーグルスカウト、了解」
食べかけのホットドッグを袋に戻してライダージャケットのポケットに
☆
「特別装備機動警備隊作戦課第二小隊への異動を命ず」
大隊長は黙って辞令を差し出したが、受け取った
「ということなのだ
言われて、
「えっと、どういうことでしょうか」
大隊長の
「だからそういうことなのだよ」
「機動隊……警察、ですか?」
「最近の犯罪傾向に警察が手を焼いているのは知っているだろう」
そうなのですか、という
「いまや我が国における犯罪は国際化、凶悪化の一途を辿っている。目的のためにはテロや脅迫、破壊活動も
「初耳です」
即座に
「はい?」
「私も先刻聞いたばかりだよ」
表情こそ変わらなかったが、吐き捨てるような口調には、自身がその
「異動、とありますが」
「身分は自衛官のまま、陸士長のままだ。出向みたいなものだ」
「出向とは」
「出稼ぎだよ。他に質問は」
ありません、と
☆
延々と続く規制渋滞を左に見ながら首都高を南下して、ハイウェイ・パトロールが封鎖しているインターチェンジをブレーキひとつかけずに降り、片手を上げて料金所を通過する。既に視界を走っているのは同じように回転灯を点滅させた緊急車両だけだ。夜空に浮かび上がる東京ビッグサイトの
遠くからでもそれはひときわ目立っていた。たった今到着したと思われる二台の20屯セミトレーラー、その積載物を覆っていた幌が大急ぎで外されようとしているところだった。運転席のドアには飾り気のない『ANCLE』のロゴ。特別装備機動警備隊。
「遅い」
傍に立つ、同じロゴを背負った背の低い男が振り向く。低いといっても
「どんな状況なんですか」
「わからん」
投げやりな口調で
「監視カメラの映像から
見ると島に続く道路を塞いでいた鉄扉はぺしゃんこに踏み潰されて
「とはいえ『ブラック・クリスマス』の時には一機
「……ところで隊長、どうしたんですかその格好」
まるで格闘系ヒーローのコスプレみたいな姿に思わず
「おまえも着るんだよ
「は?」
「急げ!」
言うなり、丸くたたんだ布の
「全部脱いで着替えて。パンツはまあ勘弁してあげる」
伸ばしすぎた髪が潮風に煽られるのを、手首に巻いた普通の輪ゴムで雑にまとめて縛りながら
「何なんですかこれ」
「説明しよう。手を動かしながら聞きなさい。これは
そう言われたら何も
「ガードナー002、0011、起動態勢に移行します!」
「ケージ1、
「ケージ2、
(……ガードナー?)
ほぼ同時に動き始めた二台のトレーラーが発するモーター音が重なった。伸縮アームによって荷台が後方に向けてゆっくりと立ち上がっていく。と同時に積荷にかけられていた幌が一気に
嫌な予感がした。0011は
荷台は起き上がりながら後方にスライドすると、底部を接地させてやがて完全に直立した。
「002、
「0011、
一人はしばらく
「……ロボット?」
思わず
「紹介しよう。これがあなたの相棒、
「長い! 意味がわからない! いやそれより聞いてません!」
そう叫ぶ一人に、
「そうなんですか?」
「あれ、
いつの間にか場違いに煙草を吸っている
「あー、ひょっとして俺が伝えろってことだったのかなあ」
「だいいちこんなもの訓練もなしに動かせるはずがないじゃないですか!」
「それが動くんだよねえ……たぶん」
「たぶん?」
「大丈夫っしょ」
「ま、聞いていたとしても、納品されたてでさっきまで調整してたくらいだから、いずれにせよ訓練の
勘違いじゃなかった。他人事のような
目の前の人型
海の方向から爆発音が響いた。
2 起動
「何だっ!」
耳をつんざく爆発音に、
「爆発物が?」
「そんな情報はないわ」即座に
「だいたいあそこに何があんの」
「それが、何の記録も見つからないのよ。
今度は
「
「え?」
「
「防犯カメラの映像では、侵入
「なんだただの建機か」
タブレットを見ながらの
「映像では目立った武器を持ち込んでるようには見えないけど……とはいえパワーだけはあるから注意して」
「レスリングをするつもりはないよ」
「なぜそんなに余裕あるんですか!」
キレ気味に
「俺は訓練済みだから」
「え?」
「自衛隊からの人員選抜が遅れたせいだ。不満は防衛省に言ってくれ」
口を半開きにしたまま言葉を失った
「第二小隊! スタンバイ指令!」
「っしゃ! やるぞ
「隊長!」
「先に昇って。解説するわ」
「むちゃくちゃだ……」
一人の
「
「いえ、あ、はい……」と、適当な返事をしたのは、搭乗バーを昇り切った
左右のLED灯に照らされた高さ広さ奥行きとも2メートルほどの箱形の空間には、細い床以外は全面剥き出しの電装や機器に囲まれており、そのほぼ中央に上下左右から無数のコードが繋がっている人間の形をした銀色の金属版が立っている。手の指に当たる部分が五つに分かれているところを見ると、これは間違いなく人間の形であるのだろう。
いやよく見るとそれは一枚の板ではなく、大きくても3cm四方程度の無数の金属片の集合であり、関節にあたる部分などは特に複雑な形状になっている。さらに注意して観察すると、人型の金属板は平面状に並んでいるのではなく、手足指の各部分が中心軸に向けて凹んだ弧を描いている、つまり人間がすっぽりと「はまる」ようになっているのだったが、
「……これは?」
「
足の下から
「ペガス?」
「いいから早く中に入りなさい!」
「Personal Enter Gearing Unit System. 略してPEUGS。操縦者の動きをトラッキングして、アウターバディにトレースさせるシステム。筋電量を感知、反映することで初動を早め、なおかつ再現性を格段に向上させることに成功しているの」
「どこかで見たような聞いたような……」
「たいていのアイデアはとっくに誰かが考えてるもんよ。その窪みに身体を入れて。あなたの
矢継ぎ早の指示にあたふたしながら
「
箱の一角に赤いランプが灯り、電気合成された無機質な声が響いた。
〈ご用でしょうか〉
「何ですかこれ!」
「後で本人から聞きなさい」
「本人?」
「今システムは私の声に反応するようになっています。これをあなたの声で上書きします……
〈音声認識、初期化します〉
「新規入力モード、オン」
〈新規入力、
「零音士長、身体を窪みにピッタリと付けなさい。手のひらは前に向けて。特に指先、しっかり伸ばさないとケガするわよ。起動フレーズは『テックセッター』」
「は?」
「あなたが言うのよ、『テックセッター』って。そういう仕様で来てるんだから仕方ないでしょう」
「……テ、テックセッター?」
「声が小さい!」
「テックセッター!」
「うわああああああ!」
突然のことに悲鳴を上げる
「グッドラック!」
開口部が音を立てて閉じた。
と、突然、内部構造が消え失せた。見えているのは外の風景だった。ヘッドセット前面の透明シールド、超高解像度開放型有機VRスクリーンが頭部カメラの映像を投影しているのだ。首を倒すと地面に降りた
〈登録済生体データとの一致率100%。現搭乗者を本機の規定操縦者と認めます〉
また無機質な声が響いた。
〈私は
「はい?」
「試験なんか必要か?」
〈右腕を肩の高さまで上げてください〉
(そうか、このための訓練か)
だったらそう言ってくれよ、と一人は
画面の右にロボットの白い腕が現れて肩の高さで止まる。
〈右手を握ってください〉
一人が右手の指を折りたたむと、ロボットの右手も拳を作った。同じように左腕も動かしてみる。指ごとの挙動の差も確実に再現される。
〈右足を前に出してください。続いて左足を前に出してください。
身体が固定されているから踏み込めるわけではない。その代わりに床が動いた。自力で動かすランニングマシンのようなものだ。
視界が上下に揺れ、
〈簡易稼働試験、終了〉
「これだけ?」
「そんな暇あるわけないでしょ、この状況で」
入谷のアイコンの下に「SoundOnly」と記された表示が追加された。コードは0009 Pointer。
腰に手を当てて見上げる
〈制圧作戦が発動されました。第一レベル戦闘モードに移行します。推定活動限界、残り90分〉
マジか。
まるでアニメの初回じゃないか。
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