第7話 Episode2-2 ビルの谷間に忍ぶ影

 13 密偵


(キャスター)こんばんは、小田原孝太郎おだわらこうたろうです。

 またしても重機バスターによる凶悪犯罪が発生しました。


(VTR)昨夜午前1時頃、千葉県船橋市のビル解体工事現場に置かれていた作業用搭乗型ロボット三台を何者かが操縦、付近のコンビニや郵便局を次々に襲い、設置したATMを持ち去ろうと図りました。深夜とはいえ、トラック等が絶えず行き交う幹線道路沿いでの大胆な犯行に、周囲は一時騒然としました。


(インタビュー)……いやあ、びっくりしました。ものすごい音がして慌てて外に出たら、目の前のコンビニがもう半分跡形もなくて……最近こんな事件ばかりで、物騒ですよね。


(VTR)犯人グループは駆けつけた警察車両三台を破壊して逃亡を図りましたが、緊急出動した特別装備機動警備隊によって二台は制圧、もう一台は逃亡中に大型トラックとの接触事故を起こして停止し、犯人は千葉県警に逮捕されました。逮捕されたのは自称ナリルランド出身のアンドレア・ギムル容疑者32歳とザダル・ウォラス容疑者29歳、事故を起こしたもう一人は救急搬送されましたが重体です。三人はSNSで知り合い、今回の犯行を計画したとのことですが、ギムル容疑者とウォラス容疑者は不法入国者でした。警察では昨今の状況を踏まえ、二人を追及するとともに、もう一人の回復を待って事情を聞き、大掛かりな外国人窃盗団の存在を視野に入れて捜査を進める方針です。


(キャスター)BNNでは特別装備機動警備隊による重機制圧時の映像を独占入手しました。緊迫の瞬間をご覧ください。


(VTR)ハンドガンを構えるガードナー。その奥に黄色の二足歩行型作業用ロボット。

一人かずとの声)……犯人に告ぐ!直ちに重機を停止して投降しろ! これ以上動いたらその瞬間に撃つ! その際に操縦者の安全は保証しない!

 前進するロボット。連続で火を吹くハンドガン。右脚の接合部を破壊されて崩れるようにロボットが倒れる。


(キャスター)ここからは社会部の牟田口むたぐち記者に聞きます。牟田口むたぐちさん、このところ定期的にこうした重機を用いた外国人による事件が起こっていますね。その背景にはなにがあるのでしょう。


(記者)はい。三年前の外国人労働者を中心とした大規模暴動、いわゆる『ブラック・クリスマス』以降、こうした重機バスターによる犯罪は後を絶ちません。しかしながら犯人たちの動機は金銭目当てから、企業や社会への不満、中には多額の報酬と引き換えに犯行を持ちかけられたと供述するケースもあり、警察としてもなかなか全体像を把握しきれていないのが実情です。


(キャスター)なるほど。そんな中、鳴り物入りで登場した特別装備機動警備隊、通称ANCLEアンクルですが、これまでの対応は評価できるものでしょうか。


(記者)はい。これまでのところ出動した事件は7件、そのすべてで犯人の逃亡を許していません。予想以上の成果を上げているというのが関係者の評価です。しかし都心を離れた周辺地域への出動に時間を要することから、隊の拠点を増やすことも視野に入れたいとしています。一方、野党を中心に、警察権力が強大な戦闘装備を持つことへの強い警戒感が広がっており、ここまでの対応に一定の評価はしながらも、これ以上の強化には慎重であるべきだとの声も少なくありません。


(キャスター)確かに、抑止力としての十分なアピールの分、こうした犯行が周辺地域や地方に広がる可能性はありますね。


(記者)その通りです。昨年一年間における全国での作業ロボット盗難事件は全部で54件87台にも達しており、現在でもその半数近くが行方不明のままです。海外へ売られている可能性も高いですが、国内での犯行に使われる恐れも否定できません。警察庁ではそうした装備を用いる企業、現場に盗難防止の注意喚起を強めると共に、盗難重機に関する情報提供を広く呼びかけています。

(情報提供用フリーダイヤルの番号)


(キャスター)牟田口むたぐち記者でした。では次のニュースです。太平洋たいへいよう重工が約五年を費やして建造していた純国産大型豪華客船『芙蓉ふよう』がこのほど完成し、来月22日に迫ったG7、先進7カ国首脳会議の開催に合わせて東京国際クルーズターミナルに……


         ☆


 板野真亜玖いたのまあくはラップトップのモニターを指で軽く弾いてテレビ画面を消した。前面に現れたのは、読みやすさなど微塵みじんも考慮されていないびっしりと並んだ文字列だった。


 ビルの地下駐車場に停まっている、艶消しのダークグレーに塗装されたシボレーのトランスポーターの中だった。文書のタイトルは『不法入国および滞在外国人を中心とする集団同時多発暴動事件調査報告』、いわゆる「ブラック・クリスマス」の捜査報告書であり、冒頭には「極秘」の赤印がある、にとどまらず、段落ごとに文字化けを起こすロックがかかっていて、専用の暗号プログラムを経由しなければ読めない仕組みになっている。しかも資格のない端末がプログラムを走らせた瞬間、当局にIPアドレスが自動送信されるという代物だ。


 文書は当然のことながら通常の検索に引っかかるような場所にはなかった。セキュリティの更新されていない端末をまでスキャンして、消去済みのデータキャッシュまで収集するロボットエンジン『開墾兵コロナイザー』が二ヶ月かけて探してきたものである。


 もちろん板野いたのは「資格を持つ者」ではなかった。「資格を持つ者」になりすますためのデバイスを入手しただけである。それを手渡した全身黒づくめのバイクライダーは、襟元えりもとのスイッチ一つで瞬時にして全身銀色のライダーに変身すると、全速力で駐車場を後にしたのだった。


 周囲を確認し、すべてのガラスをミラーモードにして、モニターをネガ反転させると、板野いたのは恐るべき速度で大量の文書を読んでいく。そしてゆっくりと視線を宙に泳がせながら考える。


(なぜこの報告が隠蔽されているんだ) 


 何も特別なことは書かれていない。ただ一点、この暴動が明らかに組織的なコントロール下にあったという結論を除いては。そんな発表は今に至るまで一切聞いたことがないからだ。いやむしろ犯罪心理の専門家やらが、単なる暴徒の集団がいかに連携行動を取るに至ったかを繰り返し解説していたのではなかったか。


 武器は横流し品の密輸にかかわっていたグループが放出したものである。本当にそうなのか。実際は横流し品の密輸にかかわっていたグループに「放出させた」のではなかったのか。コントロールしていた何者かが。


開墾兵コロナイザー』がただの検索ロボットではない最大の能力は、目的のデータを発見するとその近くにあるデータを一緒に連れてくる点にある。そのデータの出所を探るための手掛かりを引っ張ってくるのだ。


 板野いたのはサブデータのファイルを開いた。英文のメールだった。そして発信者の名前に目を見開く。


 Robert Leon


(なるほど……)


「シェパードよりボルゾイへ」


 控えめな声で通信機が言った。


「こちらボルゾイ、どうぞ」


「所定の準備を完了しました」

「了解」


 板野いたのがいる駐車場の真上、地上35階建ての穴橋あなはしエレクトロニクス本社ビル屋上には、夜の闇に乗じて漆黒しっこくのパラグライダーで次々に降り立った五人の工作員が指示を待っているのだった。


 GACCAガッチャ(Gladiated Attack Clue in Covert Action)と名付けられた特殊部隊の存在は、V作戦の関係者でもほんのひと握りの人間しか知らない。


 現代戦は数や装備の優劣以前に、まず情報戦がその後の趨勢すうせいを左右することは言うまでもない。だが組織が強固ゆえの旧態依然であればあるほど、時には違法行為をはらむ諜報活動には二の足を踏むものだ。それゆえに、GACCAガッチャは切り札であると同時に、いざという時には容易に切り離される前提の組織でもあった。


 板野いたのは右手首のルミノックス・サテライトウェイブカスタムを確認すると、まるで独り言のように静かに告げた。


実行ゴー


 ヘリポートに隣接するエレベーター室の扉がこじ開けられ、ワイヤーを伝って五つの影が次々と暗い穴に姿を消した。


(さて、何が出てくることやら……)


 何も出てこないはずはない、と板野いたのは思っていた。だが同時に、ロクなものは出てこないだろうと確信もしていた。軍用重機バスターなどというとんでもないものを国内に運び込んでいた穴橋あなはしが、他には危ないことをしていないなんてことがあろうはずはない。


 必要な時には消えているか変質している、真に有益な情報とはそういうものだ。板野いたの米国防情報局D・I・Aの研修で叩き込まれた基本の一つであった。


「ボルゾイよりシェパードへ」


 板野いたのは時計を見ながら告げる。


「ただいまの時刻より30分後にドッグランは離れる。それ以降は各自散開して自力で脱出せよ。これ以後の通信は遮断しゃだんする。成功を祈る」



 14 謀計


 零音一人れおんかずとは「嫌な感じ」がしていた。


 実際それは「嫌な感じ」としか言いようのない感覚だった。そこで一人かずとは隣にいる入谷邦明いりやくにあきに言った。


「なんだか嫌な感じがします」


「そうか」と入谷いりやは言った。「俺もだ」


 ANCLEアンクル本部にはトレーニング・ルームなどという御大層ごたいそうなものはなく、二人はガードナー整備棟の隅に言い訳程度に置かれている筋トレ器具を使っていた。目の前ではガードナー0011が横倒しにされて、破損した装甲の取替え作業を受けている。時折、整備課の作業員が恨みがましい視線を向けてくるので、訓練中の一人かずとはほとんどコンクリートの地面ばかりを見ている。


「そうは思わねえか、田村たむらさんよ」


 エアロバイクにまたが入谷いりやの隣では、第一小隊隊長田村幹夫たむらみきおがチェストプレスを使っていた。


「……何の話だ」


 田村たむらは正面を見据みすえたまま、三秒くらい経ってから仕方なさそうに言った。入谷いりやはペダルをぐ脚を止めて田村たむらを見た。


「……まるで順番待ちみたいに小出しに起こる重機バスター犯罪、いつまで経っても上がってこない新有明島しんありあけじまの調査報告、なんか気持ち悪くないか」


「何があるんじゃないかと考えるから気持ちが悪い。何もないからだと考えれば気になることなどない。我々は指示に従って暴徒を排除するのみだ」


 田村たむらは顔も向けずに淡々と言った。


「理想的な公務員だ」


 そう言われて、田村たむらは初めて入谷いりやを見た。

「どういう意味だ?」


 急に緊迫する空気に、一人かずとは急いで口を挟んだ。


「せっかく……いや、せっかくはおかしいか、あれだけ強引に奪ったスレイプニルがいまだに現れないのも……」


「だから沈んでるんだよ」

 入谷いりやが面倒くさそうに言った。


「付近の海底調査は済んだ。現場から5キロ以内にはない」


 田村たむらがあっさりと否定する。


「警視庁総掛かりで捜索した結果、既に都内にはないという結論だ。おおかた船で曳航えいこうでもしたんだろう。上陸させたところで、あんなものを隠していたらすぐに見つかる。ましてや密かに陸上で移送するのは無理だ」


「それはそうでしょうが……」


 一人かずとがなおも言うと、入谷いりやもさらに言った。

「じゃあ海中を逃げ回ってるんだ」


「燃料もエアーも持たんに決まってるだろうが……君は考えすぎたし、おまえはいい加減すぎるんだ」


 田村たむらが天気の話みたいな軽い口調で言う。


「確かに考えすぎなのかもしれません……いえ、きっとそうなんでしょう」


カンってやつをあまりナメない方がいい。それはたぶん、進化しても消えずに残っている重要な能力だ」


 入谷いりやがいつになく真剣な口調で言った。おそらくそれは捜査課刑事としての経験則なのだろう。


 それより、と田村たむらがややあってから口を開いた。

「来月のG7、東京サミットだが……」


「あーはいはい、会場はどうせ迎賓館げいひんかん、ということは第一小隊さんの国際的活躍を見せていただけるということですな。これは楽しみだなあ」


 皮肉たっぷりに言う入谷いりやに、一人かずとは顔を背けてため息をついた。この人が隊長で本当にいいんだろうか。


「いや、合同警備だそうだ」

 田村たむらがあっさりと言った。


「は?」

「主要国の首脳が会するんだ、全力警備は当然だろう。東京の治安をアピールするチャンスでもある」


 そう、これだけ凶悪犯罪が多発している中、なぜ東京で開くのか、洞爺湖とうやこ伊勢志摩いせしまのような警備の容易な場所を選択すべきではないかとの声は大きかったし今でも大きいままなのだ。それでもあえて都心のど真ん中を選んだのは、治安悪化のイメージを海外に向けても払拭したいからに違いない。あるいはANCLEアンクルの能力、ひいては日本の技術力を、という算段さんだんか。もっとも一人の「嫌な感じ」には、周囲のそうしたあからさまな思惑も含まれているのだが。なんだかいいように利用されているというか。


「俺をだまそうとしていないか」


 入谷いりや田村たむらの顔をのぞき込む。


「そんなに意地が悪く見えるのか」


 見える、と入谷いりやは言った。


「言われてないんじゃなくて、言われたけど聞いてなかったんじゃありませんか」


 一人かずとが言うと、入谷いりやは眉をひそめて不服そうな視線を向けた。その奥で、田村たむらが唇の形だけで嘲笑ちょうしょうしているのが見えた。


         ☆


GACCAガッチャ?」


 作戦課長上原頼豪うえはららいごうは顔を上げてき返した。


「ええ」

 情報課長伝地順子でんちじゅんこがこともなげに答える。決して広いとは言えない情報課長室で、二人の課長が狭いテーブルを挟んで対峙たいじしていた。


 上原うえはらは受け取った書類をばらばらとめくりながら、まったく表情を見せない伝地でんちの顔を何度も見た。彼は伝地でんちの出自を知らない。内閣府からの出向だという噂はあるが、そんなことはどこにも記されていない。


「どうやってこんな情報を?」


「それは私の感知するところではありません」

 その口調からは、必要以上のことは絶対に喋らないという固い意志が感じられた。


GACCAガッチャか……名前だけは聞いたと思う。詳しくは知らないが」


「知らなくて当然です」

 伝地でんちは平然と言った。身内にすら秘密が山ほどある。ここはいったいどういう組織なのだ。

「総司令直属の組織でしたから」


 上原うえはらは違和感を抱きながら問うた。

「総司令は何と?」


「何も」

「何も?」

「あの人の場合は、何も言わないのが肯定だと判断しています」


 要は言質ことじちを取られたくないだけだろうと上原は思っている。出世する人間には二種類ある。優秀な人間と、余計なことを言わない人間だ。年功序列に守られているキャリアならなおさらのことだ。


 上原うえはらはすぐに気づいたがあえてスルーした先刻の違和感について訊いた。

「……で、今は?」


「何がです?」

 伝地でんちは眉ひとつ動かさずに訊き返したが、とんだたぬきではないかと上原うえはらいぶかしんだ。


「……GACCAガッチャは総司令直属、だった、と言いましたよね」


 伝地でんちの表情が初めてわずかに緩んだ。

「さすがは警視正、話が早い」


 階級は関係ない、と言おうとしたが、受け取りようによっては誤解されかねいと、上原うえはらは黙って次の言葉を待った。伝地でんちが表情をすっと戻して言葉を継ぐ。


GACCAガッチャは先週、1日付で総司令直属から情報課直下かつ作戦課帰属の組織となっています」


「ちょっと待ってくれ」と上原うえはらは思わず開いた右手を前に突き出した。「確認したいことが複数ある」


「どうぞ」

 伝地でんちが少し顎を突き出して冷ややかに言った。


「先週付というのはどういうことだ」

「言葉通りの意味です」

「直下と帰属はどう違うんだ」

「直下は組織として情報課の下に置かれるということです。帰属はその活動が作戦課の指揮下として認知されることを意味します。情報課の一部署が丸ごと作戦課に出向しているようなものだと考えていただければ」

「作戦課の指揮下として認知?」

「そうです。そう言いました」

「認知?」


 上原うえはらは重ねてくが、伝地でんちは反応しなかった。


「あまり確認したくはないんだが」と、上原うえはらは言葉を選びながら言う。「もしかするとそれは、情報部の指揮で作戦課の活動として動くという解釈でいいのか」


「そういうことになります」

 伝地でんちは遠慮のかけらも感じさせずに返答した。

「正確には、既にそうなっている、ということです」


「つまり、作戦課としては勝手に動かれるがその責任は取れと?」

「それはいささか一方的な解釈ですね。私たちは同じ組織の一部ですから」

「作戦課をトカゲの尻尾にするのか!」


 上原うえはらは思わず声を荒げた。伝地でんちは相変わらず無表情だったが、その頬が微かに痙攣けいれんするのがわかった。


「これは決定済みの下達かたつです」


 上原うえはらはソファーに背中を預けて天井を見上げた。作戦課を、と言ったが、それが違うことは自明だ。課の一新など到底できるはずがない。つまり、自分を、だ。


「ということは……言っちゃなんだが……」


「その通りです」

 伝地でんちが先回りして断定した。

「この情報取得に関するすべての責任は我々にあることになった、ということです」

「……我々?」

「私とて気遣いのひとつはします」


 上原うえはらは顔を上に向けたまま、視線だけを伝地でんちに投げた。誰の決定かは知らないが、組織のトップとしては恐ろしく有能だということは認めざるを得ない。


上原うえはら課長は心外でしょうが、それだけの意味はある情報でしょう」


 伝地でんち上原うえはらを真正面から見据えて言う。


「あくまでもリスク管理です。だいいち、本社システムに潜入されてこれこれしかじかの情報を盗まれたなどと、彼等が声を上げられる道理がありません」


「どうやってセキュリティを破ったんだ」

「知りません」と伝地でんちは答えた。「と言いたいですところですが、知っています。直接です。穴橋あなはしエレクトロニクス相手なら、ハッキングよりその方が確実です」

「にしたってパスワードとか……」

「直接ならパスワードを短時間で解読するデバイスもあると聞きます。あるいは手っ取り早く、知っている者に尋ねたのかもしれませんが」

「尋ねた、か……ものは言いようだな」


 上原うえはらは大きく息を吐くと、体勢を戻して向き直った。


「今後は無茶をつつしんでもらいたいですな」

「私もそう思います」


 上原うえはらが唇をひん曲げた。


「そちらの指示で動くのでしょう?」

「建前ですよ」と伝地でんちは言い放つ。「ANCLEアンクルが機動隊の別働隊とされているのと同じです。実際の指揮権などありません」

「ではどこにあるんです」


「知りません」

 伝地でんちは平然と言った。

「このご時世、あらゆる組織にスパイが入り込んでいると考えるべきです。情報の無制限な共有はそれだけでリスクになるのです」


「つまり、あなたが嘘を言っている可能性

もあるわけだ」


 上原うえはらのささやかな反撃は、しかし一言で跳ね返された。


「もちろんです」


         ☆


「……そうか、わかった。狼狽うろたえるな、情報漏洩ろうえいは織り込み済みだ。プロトコルF5を発動しろ……そうだ、まず報告の怠慢を装い、裏では実験用火器倉庫が暴徒に襲撃されたことにするのだ。世間体を考えての隠蔽いんぺい工作というストーリーを上書きしろ。二重の工作がすべて欺瞞ぎまんだとは思われまい。露見ろけんすれば何人かの首は飛ぶだろうが、そんなことはよくある話だ……必要な犠牲だよ。善悪は将来の国民が判断するだろう。短視的たんしてきな社の信用など取るに足らん。必要なら君が被れ。これまで通りの生活は保証しよう」


 男は秘匿ひとく回線電話を切り、渋い顔で少しばかり考え込んだ。最悪の場合、口封じも考えなければならないかもしれない。男は人の命を地球より重いなどとは決して考えない人間だったが、自らそれを決定するのは虫唾むしずが走るほど嫌だった。

 

 まあ、いい。SIMURGHシムルグ統括ネットワークシステム、上位人工知能AI『ユグドラシル』はこちらの手中にある。いざとなれば、どうにでもできるのだ。どれだけ予測不能な行動を取られたとしても、最後の切り札は我々にある。


 所詮しょせんANCLEアンクルは都合よく利用されるだけの狂言回しにすぎないのだ。せいぜいわかりやすい物語を見せつけながら退場するがいい。


         ☆


 秘密工作隊GACCAガッチャ指揮官板野真亜玖いたのまあくはIQ165の頭脳をフル回転させていた。


 隊員は迅速じんそくに仕事をこなした。収集したデータからは多くの疑惑が浮かび上がった。たとえばスレイプニル同様、実験研究目的で入手した大量の銃火器が行方不明になっている。いや、記録上は社内で廃棄処理したことになっているのだが、当然なければならないはずの処理報告が出されていない。もしこれが横流しなら、暴徒によるスレイプニル強奪という話にもさらなる裏を考えなくてはなるまい。情報を流した内通者がいるとすれば、それは単なる小遣い稼ぎの不良社員などではないということだ。


 だが、板野いたの危惧きぐしているのはそのことだけではない。


 アクセス記録の消去に成功し、おそらくは流出に気づいていないであろうV作戦関連資料、そこに名前だけが記されているPEGUSペガスSIMURGHシムルグの発展システム『PEGUSUS』と『SIMURGH・Z』とは何なのか。そんな計画の報告はどこにもないはずだ。


(何を企んでいる、穴橋あなはし


 板野いたのはいくつかの可能性を考えたが、予断は禁物だと思い直した。それは基本、自分の仕事ではない。


 そうしている間にデータの暗号化処理がようやく終わった。ラップトップの容量を増やす必要があるなと思いながら、衛星回線で送信を完了する。


 送信者はボルゾイではなく、イーグル。


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