第8話 Episode2-3 東京頂上決戦《起》
15 前夜
数日後に迫ったG7、先進七カ国首脳会議「東京サミット」の警備体制を確認する最終会議のためである。
その中には、会議室のほぼ最後尾だが、
「俺は会議が嫌いだ」と
「うるさいな」と
「そのくらい嫌いなんだ」
「それがうるさいと言っている」
「仲良くしろとは言わん、せめて争うな」
会議の概要、タイムテーブルの説明、交通規制の実施要項、配備と移動の確認を経て、警視庁長官
「おい、俺たちへの指示はあったか」
「ない」
ぶっきらぼうに
「何が合同警備だよ。おまえも
「いい加減にしないか」
うんざりしたように
「あんたのせいだ」
壇上の
「……これだけの人員を割いてなお、各国首脳に危険が及ぶ事態にでもなれば、それは日本警察の
「……だったらわざわざ東京でやるなって話だよな」
「そこで、先ほど説明した基本体制に加え、特別装備機動警備隊を投入し、要所の警備に当てるものとする! 前日は即応態勢にて封鎖地区内の警備および首脳の移動に応じてそれを各個警護! 当日、第一小隊は会場の
「はっ、了解です!」
急に名前を呼ばれ、慌てて立ち上がった
「以上だ、各自全力を尽くせ!」
早足で席を離れようとする
「どこへ行くんです」
「ちょっとな」
答えも適当に
「……どう思う」
相変わらず椅子に座ったまま、
「どう思うかって……余計なことは考えないのがおまえのポリシーじゃないのか」
「
「そうか。それは気づかなかった」
折りたたみ式の事務テーブルに座った
「あのなあ……」
「言いたいことはわかる。封鎖を突破してくる相手を迎撃するなら、周辺の幹線道路を押さえるのが筋だ。会場正面の警備など、どう考えても単なる飾りだ。目立つ抑止力か。それならまだいいが、置く場所が違う。まるで海外に向けての新製品展示会だ」
「なんだ、わかっているのか」
「こう見えて叩き上げだぜ」
「いや、そうとしか見えない」
だが。
(……いや、だとしても何か違う)
何か割り切れない、納得し難い違和感を
TRUST NO ONE
(誰も信じるな)
誰かの手の内で踊らされるなどまっぴらだ。だが自分たちはもうとっくに踊らされているのかもしれない。足を止めて耳を澄ませ、別のステップを踏み始めることまでが、ひょっとすると最初から計算済みだったりするのかもしれない。
☆
出動指令があればそこから飛び立つ。本部にいる時なら、機体を
上半身を大きく左右に振りながらエアロバイクを漕いで、身体の軸を確認していると、視界の隅に第一小隊の
「ご
「そうか、そうだよな。投げ飛ばした男のことなどいちいち覚えちゃいないか。でもこっちは、投げ飛ばされた女のことはそう簡単に忘れられるものじゃない」
言われて、
三年前の全国自衛隊柔道大会団体戦で、二回戦の
「その節はありがとうございました」
「女に投げ飛ばされたのは、前にも後にもあの一度きりだ」
「あの……」と、顔を上げて
「いいか、男がもっとも傷ついたと感じるのは、好敵手だと思っている相手が自分のことをまったく相手にしていないと知った時だ」
「はあ」
反応の薄さに苛立ったのか、
「いずれお手合わせ願おう。だがその前に、空では絶対に負けない」
言い終わると、そのまま再び早足で出入口に姿を消した。
(……何をしに来たんだろう)
よくわからないけど面倒な人だな、と
16 布陣
ハンドルを握っているのは、第二小隊整備主任の
ただ、
しばらく沈黙が続いて、さすがに辛くなってきた
「……いつもすみません」
「ああ?」
「いえ、あの、なるべく
「なんだ、そんなこと気にしてたのか……別に怒っちゃいねえよ。文句のひとつも言わねえと身体が動かねえんだ。そういう歳なんだよ」
「はあ……」
「急に電気自動車のパトカー導入しやがった時もそうだったよ。よくわからねえもの持ち込むんじゃねえ!ってな。まあ、コイツの比じゃねえけどな」
そう言いながら、握った左手の親指を立てて後方を指した。
「壊れねえ機械は使ってねえ機械だけだ。だが使ってねえ機械はまともに動かねえ。だから機械は壊れるか壊れているかのどちらかだ。真理だ」
「はあ……」
「ご両親は元気か」
検問を通過したところで、唐突に
「はい?」
「……わかりません」
「はあ?」
今度は
「父親はほとんど家にいませんでした。今もどこで何をしているのか、生きているのかどうかも知りません。母親は俺が自衛官になると同時に、家を売り払って友人と暮らし始めました。その友人も女友達なのか恋人なのかわかりません。確かめる気もありません」
「ああ……」
「親父さんは軍人だったんだろう?」
「元、と聞いています……なぜそれを?」
「
「ああ……」と今度は
「ま、知らないことはたくさんあるし、たいていのことは知らなくても生きていけるからな」
「俺も出ていった女房の新しい旦那なんざあ知りたくもねえ……着いたぞ士長」
目の前に
既に到着していたマイクロバスから整備課の隊員が十数名、ばらばらと降りてきて作業を開始する。
「ケージ1、ケージ2、
「電源車、所定位置にて固定!」
「アンビリカルケーブル準備!」
「おやっさん、
「バカヤロウ! 植込みの奥だ、探せ!」
「ゲート7、ありました!」
「あるに決まってるだろう!」
「ガードナー002、0011、起立!」
「
「アンビリカルケーブル、電源車に接続完了!」
「通電準備完了!」
「
「550、600、650……電圧グリーンにて安定!」
ガードナーのバックパックバッテリーに接続されたケーブルが大型電源車両に、電源車両から延びた太いケーブルが道路脇の四角い穴から地中に消えている。都内の要所には、こうした地下変電設備に繋がっている大電圧コンセントが密かに設置されているのだ。ガードナーの決して長くはない活動可能時間は設計の段階から問題となっており、長時間継続運用を想定して、このような簡易のエネルギー供給体制が作られているのである。もっとも基本的には高性能バッテリーの開発が前提となっているため、コンセントの数は多くない。というよりサミット対応のために作られたと言っていい。つまりガードナーとヴァルキュリスを電源に結線させた状態で、即応態勢を維持しようというのである。
いつもは目を逸らしているので気づかなかったが、彼らの作業はまるで体育会系の部活動のようだ。大きな声が飛び交い、連携しててきぱきと動く。ぼんやりと見ていた一人はなんだかすこし
「手伝えることはありますか」
近くの隊員に
「あなたは無駄に動かないでくれる? 余計な汗をかくと、ポリマースーツ表面の筋電圧が不安定になるのよね」
技術主任の
長いストレートヘアはまたすこし伸びたようで、先端は腰の辺りにまで達していた。伸ばしているわけではなく、美容院に行くのが面倒で仕方がないのである。珍しく金縁の眼鏡をかけているのは、コンタクトを外して洗える余裕を諦めているからだろう。
「そうそう、俺たちゃどっしり構えときゃいいんだ」
ガードレールに腰掛けて、いつの間にか煙草を吸っている
「ここは禁煙ですよ、隊長」
「禁煙も何も、吸えるところなんてないじゃないか」
目の前の日比谷公園に、爆音と土煙を上げながらヴァルキュリス0022が着陸した。機体の先端、操縦席の下部が前に倒れて、
「臨時指揮所、設営完了です」
「ご苦労」と
「もちろん」と
午後には各国の首脳と関係者が続々と到着する予定だ。これから三日間、
☆
何を言っているのだ、と思う。そもそもが予定通り進むと仮定して、その手順を確認するための会議ではなかったのか。
自分のペースまで狂ってしまいそうな気がした。
課長室を出た
「お出かけですか課長。予定を知らせていただかないと困ります」
そう訊かれて、時間潰しとも言えず、
「あー、少し散歩だ」
「雨が降りますよ」
そうなのかと思いながら外に出てみると、多少の雲はあるが雨など当面降りそうにない快晴だった。スマートフォンアプリの天気予報を見てみたが、今日どころか向こう一週間は晴れだった。
戻ってコーヒーを飲もうと思った。いつもやっていることといえば、そのくらいしか思いつかなかった。
作戦課長室に戻り、電気ケトルのスイッチを入れ、棚にあるドリップコーヒーの箱を開けると、空だった。
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