第6話 Episode2-1 SRASH

 11 集結


 入谷邦明いりやくにあき憂鬱ゆううつだった。


 そもそも入谷いりやは会議というやつが三度の食事抜きより嫌いなのだった。入谷いりやにとっての会議は、事前に責任の所在を明確にしておくか、そうでなければ起こってしまった事態の責任を誰に押しつけるかを決めるものでしかないのであって、責任など全体が全体として負うものではないかと思うのである、などと言えば必ずいらぬ反感を買うのは目に見えていた。

 会議で指針が明確になるなんて大嘘だ。必ず全員が少しずつ不満を抱くか、あるいは一人の満足に他の参加者が付き合ってやるかのどちらかだ。明確になるのは常に不協和音なのだ。なぜなら、人間は決してわかりあえないからだ。人間はそれほど社会的な動物ではない、不惑ふわくを過ぎてなお、話せばわかるさ人間だものなどと信じているのは、救いようのないお人好しだけだ。


 そんなわけで、ANCLEアンクル本部の会議室、というのは仮の呼称で、休憩室兼食堂の机を対面で並べただけの部屋に、作戦課の主要隊員が集められたのは、もちろん新有明島しんありあけじま襲撃事件に関する情報共有のためだったのだが、小隊長でさえなければ入谷いりやは今すぐにでも席を立ちたくて仕方がなかった。目の前に座っている第一小隊長、警備部特殊急襲部隊の田村幹夫たむらみきお警部補は、入谷いりやのもっとも嫌いなタイプの人間だった。厳格で、自信家で、端正たんせいな顔立ち。最悪だ。チビのくせに、と考えたが、それは自分も含めてアウターバディ乗り全員がそうなのだった。話によれば、最大身長180センチで設計したものの、途中でセンサー類の大幅な追加を余儀なくされ、結局操縦スペースの天井が低くなってしまったらしい。いずれにせよ、警察組でここにいるからには、どうせ本庁でも浮いた存在に違いないのだ。


「では」


 作戦課長上原頼豪うえはららいごうは、隣に座り目をつむったまま腕を組んで動かない初老の男、ANCLEアンクル総司令淀川竜胆よどがわりんどう警視監をちらと見ながら切り出した。淀川よどがわが口を開くのを見た者はほとんどいない。なんなら動く淀川よどがわを見た者すら少ないというのが無責任な噂である。


 上原うえはらは並んだ顔を見渡してすぐに違和感に気づいた。


零音れおん士長はどうした」


「それが……」


 第二小隊技術主任路地屋理佐ろじやりさが答えようとすると、入口の扉がひどくゆっくり開き、現れたのはその零音一人れおんかずとだった。服の内側に棒でも通しているかのように、腕も脚も身体も硬直させ、小さな歩幅でよたよたと歩いて、いちばん近い空席に顔をしかめながら腰を下ろした。歯の間からうめき声が漏れる。


「どこか悪いのか」


 上原うえはらくと、路地屋ろじやが代わりに答えた。


「慣れないPEUGSペガスシステムを全力で動かしたせいで、全身が筋肉痛なんです」


 部屋の半分で一斉に苦笑が起きた。決められていたわけではないのだが、結局第一小隊は全員対面に座っているのだった。一人が伏し目で脇を覗くと、不機嫌そうに正面をにら入谷いりや路地屋ろじやの横顔があった。


 ANCLEアンクル本部の置かれている警視庁第一機動隊駐屯地、すなわち北の丸きたのまる公園を有する皇居を基準に、基本的に北部地域は第一小隊、南部地域は第二小隊の管轄ということになっている。だが実際には便宜上べんぎじょう首都高を境界線代わりにしたことで、都庁や議事堂、主要国の大使館等がある地域が第一小隊の管轄エリアになっており、どうやら第一小隊のメンバーは総じて第二小隊に対する優越感を持っているらしい、という話は一人かずとの耳にも入っていた。


 くだらない話だが、こうした階級組織では、優越感と責任感がしばしばセットになっていたりするから厄介なのだ。


 そんな中、一人かずとの隣に座る女性はまったく表情を変えず、それどころかこちらを見もせずに背筋を伸ばしてただ正面を見据みすえていた。刈り上げた髪と精悍せいかんな横顔、長い睫毛まつげがなければ男性に見えたかもしれない。


(ヴァルキュリスの搭乗員パイロット……赴任ふにんしていたのか)


 一人かずと卯月舞うづきまい赴任ふにんに気づかなかったのも無理はない。彼は襲撃事件の翌日から三日間、往復二十分かけてトイレに行く以外は、ほぼベッドの上で過ごさざるを得なかったからである。ヴァルキュリス本体は駐屯地内に格納倉庫を建てる余裕がなく、これまで通り菱井ひしい重工開発センターに置かれていたからなおさらだった。操縦者が不在でも、巡航モードなら飛行と着陸くらいはSIMURGHシムルグ任せで問題はない、らしい。


「では、情報課長より先日の新有明島しんありあけじま襲撃事件の詳細を」


 上原うえはらが改めて言うと、部屋の隅にいた不機嫌を絵に描いたような顔の大柄な女性が立ち上がり、情報課課長伝地順子でんちじゅんこと名乗ってから事件の顛末てんまつを説明した。


「……スレイプニルの行方は今もって不明。潜航性能から逆算した範囲内に上陸の痕跡こんせきは発見できませんでした。目撃情報も入っていません。もちろんマスコミにはスレイプニルの存在自体を伏せてありますので、考えようによっては好都合です」


 確かに報道では「機動隊の新型ロボット装備」が凶悪な襲撃犯を見事に殲滅せんめつしたことになっていた。むろんそんなものは、いわゆる「大本営だいほんえい発表」でしかない。


「沈んだまま動けないんじゃないの」


 入谷いりやが半笑いで言ったが、当然のごとく無視された。


 田村たむらが右手を挙げた。


「あれほどの重機バスターを隠すとなると、背後に大掛かりな組織やなんらかの企業がいる可能性が高い。企業間のいざこざなのでは?」


「不明です」

 伝地でんちがにべもなく言った。


「犯人は何者なんです」

 なおも田村たむらを、伝地でんちはまだ説明の途中なのだと言わんばかりに一瞬睨め付けた。


「二人とも中東ルギアニアからの密入国者です。政府軍の軍人ですが、現地で所属不明の東洋人にスカウトされたと。多額の報酬を条件に倉庫の襲撃と重機操縦者バスターパイロットの移送を依頼されたようです。それ以上のことは知らないと言っています」


 一人は倉庫の爆発から咄嗟とっさに人質を守った重機バスターの手を思い出して、何とも言えない気持ちになった。ルギアニアは独立直後にクーデターが発生して以来、内戦が続いている状況だった。おそらく彼らにも家族がいて、悲惨な生活を強いられているのに違いない。たとえ怪しいと思っても、そんな話を持ちかけられたら乗ってしまうだろう。


「取り調べが甘いのではないですか」


 田村たむらが言うと、入谷いりやが語気を荒げて口を挟んだ。


「奴らだって殺されかけたのだぞ!」


 田村たむらは目だけを動かして入谷いりやを見た。


「捜査に感情的な要素は排除すべきです、入谷いりや警部補」


 二人の真ん中で見えない火花が散った。

 不穏な空気を読んだ第一小隊の別の一人が手を挙げた。


「そもそもなぜ軍事用重機があそこにあったのですか。たしか新有明島しんありあけじま穴橋あなはしグループの管理下ですよね」

「それに関しては、ここだけの話ですが、防衛省も認知しています」

「防衛省が?」

「軍事装備開発の研究目的で、穴橋あなはしエレクトロニクスに極秘輸入の許可を出しているのです。許可というか、黙認です」


「この部屋、盗聴とかされてませんよね」


 しんとした緊張感を破るように、入谷いりやがこれ見よがしに周囲を見回しながら、薄ら笑いで言った。一般企業が兵器を輸入など、世間に知れたらスキャンダルどころの騒ぎではない。とはいえ、菱井ひしいグループと自衛隊装備の受注を争う穴橋あなはしなら、いや菱井ひしいしのぐ巨大コングロマリット穴橋あなはしだからこそ納得出来る話ではあった。


穴橋あなはしに内通者が?」


 路地屋ろじやが言うと、伝地でんちはやはりさらりと答えた。


「調査中です」


「あの……ひとつ疑問があるのですが」


 場違いなほど控えめな声に、ほぼ全員がその主を見た。

 声の主は思いもよらず集中した視線に目を泳がせ、中途半端に挙げた右手のやり場に困ったように、それをゆっくりと下ろしながら言った。


「あ、すいません……第一小隊の滝久明たきひさあきという者です」


「名乗りはいい」と田村たむらが横目でたきを見る。「それより何だ」


 たきは「え、あ……」と少し口籠くちごもってから、おずおずと続けた。

「その……なぜ倉庫を爆破する必要があったのでしょう」


 誰かが「あ」と声を上げた。言われてみればその通りだった。真犯人はスレイプニルを奪取さえすれば目的は達成されたはずだ。わざわざ倉庫を爆破する意味がない。どう考えても、ない。


 暴徒は無意味に火を放ったり破壊したりするもの、という思い込み。だがそれは計画的な犯行とは相容あいいれない異質のものではないだろうか。


「知られたくない何かが残っていた……?」


 第二小隊の整備主任、警視庁警備部特殊車両課所属の五位久作ごいきゅうさく巡査部長が、白髪混じりの丸刈りを傾げて同じ列の面々を見た。一人はこのベテランの車両整備員に「ずいぶん派手に傷つけてくれたな」と怒られたことを思い出して目をらした。


「現場の調査はどうなっているんです」


 田村たむらが話のイニシアチブを自隊に引き戻すように声を上げ、伝地でんちを見た。


「調査中です」

 伝地でんちはやはり簡潔に答える。


「情報課でですか」

「いえ、スレイプニルとの兼ね合いで、自衛隊の情報保全隊があたっています」


「情報保全隊が?」


 思わず声を出したのは、第二小隊の兵站へいたん主任、陸自第一師団所属の古屋野康平こやのこうへい一尉だった。古屋野こやのが驚くのも無理はない、と一人かずとは思う。情報保全隊は防衛大臣直属のエリート諜報機関なのだ。わざわざ暴徒の襲撃事件などに出張でばってくるような組織ではない。


 会議室を重苦しい沈黙が支配した。何かが隠されている、しかし、隠されていると口にすることそのものが禁忌であるような「何か」の存在が、見えない圧力となって、口を開くことを困難にさせていた。


「あー、この会議は情報の共有が目的であってだな、分析は情報課の役目だ」


 上原うえはらがさすがに口を挟んだが、言葉を続ける者はいない。


「では、他にも何もなければこれで」


 伝地でんちだけが何の逡巡しゅんじゅんも感じさせない表情で、張り詰めた空気をあっけなく破ってみせた。



 12 暗躍


 夜、零音一人れおんかずと卯月舞うづきまいのことを考えていたのだった。


 会議の後で足を引きずりながら彼女に近づき自己紹介すると、まいは一人の足先から頭までを値踏みするように見て、何の感情もない声で言った。


「少しゆるいと思います、士長」


 結局どこかで会ったことがあるかどうかは訊けなかった。いたところであの態度では話が弾むはずもない。


 横で見ていた入谷邦明いりやくにあきは、あわれむように笑いながら「ざまあねえな」と言った。


 突然のノックの音に悪態をつきながら立ち上がって部屋を横切り、ようやくドアを開けると、そこにいたのは第一小隊の滝久明たきひさあきであった。頼りなさげな童顔が、ある意味本人も自覚していない擬態であることに一人は気づいていたが、あるいは彼が表面的な「聡明そうめいさ」のパターンから外れているだけなのかもしれなかった。


 第一小隊と第二小隊の宿舎は敷地の北と南に離れているから、つまりたきはわざわざやって来たということである。醤油を借りに来たわけではなさそうだった。


零音れおん士長ですか」とたきは言うと、かかとを音を立てて揃えて敬礼した。


「第10師団第10戦車大隊所属、滝久明たきひさあき二尉であります。第二小隊でガードナー0018の操縦任務に就いております」


 敬礼を返そうとした一人かずとが腕の痛みに悲鳴を上げると、たきあわてて「いや、そんなつもりでは……」としどろもどろになった。


「大丈夫ですか」

「これが大丈夫に見えるかい」


「はあ」と困ったようにたきは左右を確認して、小声で言った。


「繊細な話なのです」

「繊細?」


 仕方なく、一人かずとはドアを大きく開いて滝を中に入れた。椅子をすすめると、自分はゆっくりとベッドに座り、ふーっと大きく息を吐いた。


「……ずいぶん辛そうですね」

「こんな時に出動命令が出たらどうしたらいいんだろうな」

「あ、SIMURGHシムルグユニットを換装すれば別の操縦者パイロットでも動くらしいですよ」


 初耳だった。確かにサブがいないというのは問題ではあるだろう。考えたくはないが、機体は使えても操縦者パイロットが死ぬことだってないとはいえないわけで、当然といえば当然の設定だ。いや、操縦者パイロットだけ残っても仕方がない。どちらかといえば人間の方が消耗品扱いなのだろう。


「10師って名古屋だっけ」


 やっと落ち着いた一人かずとくと、たきは聞いていたのかどうか、気になったことがあるのですが、と切り出した。


「報告だと、士長のガードナーは頭部機銃ヘッドガン電磁衝撃警棒スタンロッドのみの武装だったとか」

「ああ、本体が到着したばかりで、ハンドガンやライフルはまだ工場で調整中だと言ってた」


 一人かずとが言うと、たきは視線を斜め下に落として考え込んだ。


「それが何か?」


 しばらくの無言の後、たきは困惑した表情を一人に向けた。


「……おかしいのですよね、私がたまたま知り合いの穴橋あなはしエレクトロニクスの技術担当から聞いたところでは、アウターバディの武装はSIMURGHシムルグが自動調整するので、外部調整は必要ないはずなのです」

「え?」


 一人かずとの腰が思わず浮き上がり、腹筋に走る痛みでどすんと落ちた。


「どういうことだ?」


「わかりません」


 たきの言葉に、一人かずとは武装についてたずねた時のSIMURGHシムルグが同じ台詞を言っていたことを思い出した。わからないことが多すぎる。


「たとえば」と、記憶を探りながら一人かずとが話し出す。「上原うえはら課長は自衛隊上層部がANCLEアンクルの成功を望んでいないと言っていた。穴橋あなはしエレクトロニクスになんらかの圧力がかかっていたとか」


「自分とこの隊員を危険に晒してですか?」

 たきが上目がちに言った。


「俺たち、そんなに大事にされているか?」

 一人かずと自虐じぎゃく気味にき返すと、たきは真顔でそれをスルーした。


「結果から考えてみましょう。中長距離用の武器がなかったことで、零音れおん士長は重機バスターによる白兵戦をいられました。ですがひょっとすると、それこそが目的ではなかったかと私は思うのです」


「おかげでひどい筋肉痛だ」

 思わず言ってしまってから、一人かずとは顔にクエスチョンマークを浮かべてたきを見た。


「あるいは……」

 たきが明らかに言葉を選んでいると、彼のワークシャツの胸ポケットで耳障みみざわりな電子音が鳴り始めた。


「しまった、呼ばれている。ここに来るのを浅見あさみさん……ああ、ヴァルキュリスの操縦士パイロットです。一瞬見られたような気がしたんですよね」


 そう言いながらたきはそそくさと立ち上がった。


「見られちゃダメなのか」

「ウチは友達のいないタイプばかりなんですよ。特に浅見あさみさんは同じヴァルキュリス乗りにライバル意識が強くて……何と言いましたっけ、あの女性……」


卯月舞うづきまい

 反射的に言って、一人かずとは少しこそばゆい気持ちになる。


「そう、卯月うづき一士。なんか、自衛隊の柔道大会で一本負けしたらしいんです。女に負けたのはあの時だけだって……あ、士長はそのままで」


 と、そのまま立ち止まることなくドアを開けて姿を消した。部屋にはひどく割り切れない静寂だけが残る。


 我々はいったい、何と戦っているんだろうと一人かずとは思った。


         ☆

 

 男が装着したVRゴーグルは、とある企業の三重四重の侵入防止セキュリティシステムに守られた仮想会議室ヴァーチャルルームに繋がっている。そこに集まった面々は誰一人として顔がわからない、全身が黒一色のアバターフィギュアである。ただそれぞれの胸には。入室を可能にする「電子許可証」を視覚化したバッチが付いており、そこにはこの組織(Supervisor for Revolution by Anti Social Hierarchy)の略称たる『S.R.A.S.H.』の文字が記されている。参加者は互いに誰が誰であるかを知らない。それを把握しているのは男だけである。たとえ偶然誰かの素性を知ったとしても、口には出さぬ接触もせぬのがこの組織の掟なのだ。


 最後の一人が空席を埋めると、おもむろに男が言う。


SRASHスラッシュの諸君、今日集まってもらったのは他でもない、我々の計画が順調に進んでいることの相互確認である」


 匿名インタビューを思わせる甲高い声。この部屋ではそれぞれの声は電気的に加工され、発言者の特定をほぼ不可能にしているのだった。


「連中はスレイプニルを受け取っているのだろうな」

「ええ、既に某所に隠蔽いんぺいされています」


 一転して低い声が言う。


「信用できるのですか、あの組織は」


 別の高い声に、また別のトーンの声が答えた。声は発言ごとに次々と変調されるので、一人の人物を追うことも困難である。


「我々の送り込んだエージェントがすべて掌握しています。ご心配なく」


「あなたが誰かにもよりますな」


「それはお互い様だろう」


「保証しよう」と男が最初の声で言った。


「N3施設の処理に問題はないのでしょうね」


「当然だ。余計な関係が露見すれば過去の二の舞になりかねない。連中は上手くやっている」


「そもそもなぜあんな重要な場所にスレイプニルを隠したのだ」


「万が一の場合、スレイプニルに守らせるか破壊させるつもりだったのだ。今回の計画に必要だというから拠出したまで。施設も既に持て余していたしな」


「そこまで話したら声を変えている意味がありませんなあ」


 どっと笑いが起こった。加工された笑いの合唱は不気味でしかない。


「しかし、よく無訓練のガードナーを出撃させましたなあの課長は」


「出させたのです。とにかく早急にデータの蓄積が必要ですから」


「一歩間違えば全滅だった」


「その時はその時、また別の機体を送り込めば済む。データは蓄積される」


「ロバート・レオンを覚えているだろう」


 男が話の間を待っていたかのように切り出した。


「忘れようがない。奴のせいで我々の計画は五年遅れたのだからな」


「そんな名前を出さないでほしいものだな。夢見が悪くなる」


 男はふふっと笑って続けた。


「ガードナー0011の操縦者パイロットは、彼の息子なのだよ」


「何だと?」


 一瞬の静寂があり、やがてあちこちで控えめな笑い声が起こった。


「皮肉だな。我々を邪魔した男の息子が、知らぬこととはいえ、今度は我々の協力者になるとは」


「私は無神論者を撤回するよ」


「神の方が願い下げだろうよ」


 今度は一斉いっせいに笑いが起きた。


「……それは本当に偶然なのか?」


 ややあって誰かが言うと、笑い声がぴたりと止んだ。


「考えすぎだろう。彼はロバート・レオンではない」


「まあ、注意しておくに越したことはあるまい」


「それより連中だ。何と言ったか……」


GUARACTERギャラクター


「そう、それだ。調子に乗って下手に動かれては、計画の本筋が台無しだ」


「それはちゃんとコントロールする。少なくともサミットまでは『対応可能な脅威』でいてくれなくては困るからな」


「それなんだが、その後はどうするんだ」


「そこは抜かりない。万が一に備えて既にスペアを作り始めている」


「負ける前提か?」


「そうは言っていない。あくまでも目的はその先だということだ」


「そういえば、PEGUSペガスの発展システムの方は進んでいるのか」


PEGUSUSペガサスなら、問題が多いと聞いている。最大の問題はノイズだと」


「ノイズとは何だ?」


「人間、集中していても不意に別のことを考えることがあるだろう。それらを選別して削除することが難しい」


「人を選ぶか」


「訓練をほどこせばあるいは」


「それではアウターバディの意味がなかろう。せっかく無訓練でも実戦投入が可能であることを証明したのだ」


「追加武装の準備もそろそろだと聞いている。その方向で量産にこぎつけた方が得策ではないのか」


「まあ、まだ時間はある」


「その時間を浪費して国際情勢が変わりでもしたら元も子もなかろう」


あわてるな。少なくとも突然世界が平和になったりはしない」


 男は言った。


「人間にとって、いや、生きるものにとって戦いは癖のようなものだ。人は戦わずに進歩することはできない。技術の進歩は常に戦場で起こっている。戦争がなければ今の繁栄もなかったのだ。見せかけの平和がもたらすものは格差と衰退だけだ。我々は次の時代のためにここに集まっている。それぞれの目的がたとえ利己的りこてきでも、我々としてのベクトルは間違いなく未来に向いているのだ」


 詭弁きべんだ、と語り終えた男は思う。だが世界は詭弁だらけだ。政治家は詭弁きべんで社会を動かし、商売人は詭弁きべんで金を稼ぎ、優男やさおとこ詭弁きべんで愛を語る。


 ひょっとすると自分が変えたいのは、そんな世界に順応してしまっている自分自身なのではないか、そう考えて軽い吐き気がした。


 男は憂鬱ゆううつだった。

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