第6話 Episode2-1 SRASH
11 集結
そもそも
会議で指針が明確になるなんて大嘘だ。必ず全員が少しずつ不満を抱くか、あるいは一人の満足に他の参加者が付き合ってやるかのどちらかだ。明確になるのは常に不協和音なのだ。なぜなら、人間は決してわかりあえないからだ。人間はそれほど社会的な動物ではない、
そんなわけで、
「では」
作戦課長
「
「それが……」
第二小隊技術主任
「どこか悪いのか」
「慣れない
部屋の半分で一斉に苦笑が起きた。決められていたわけではないのだが、結局第一小隊は全員対面に座っているのだった。一人が伏し目で脇を覗くと、不機嫌そうに正面を
くだらない話だが、こうした階級組織では、優越感と責任感がしばしばセットになっていたりするから厄介なのだ。
そんな中、
(ヴァルキュリスの
「では、情報課長より先日の
「……スレイプニルの行方は今もって不明。潜航性能から逆算した範囲内に上陸の
確かに報道では「機動隊の新型ロボット装備」が凶悪な襲撃犯を見事に
「沈んだまま動けないんじゃないの」
「あれほどの
「不明です」
「犯人は何者なんです」
なおも
「二人とも中東ルギアニアからの密入国者です。政府軍の軍人ですが、現地で所属不明の東洋人にスカウトされたと。多額の報酬を条件に倉庫の襲撃と
一人は倉庫の爆発から
「取り調べが甘いのではないですか」
「奴らだって殺されかけたのだぞ!」
「捜査に感情的な要素は排除すべきです、
二人の真ん中で見えない火花が散った。
不穏な空気を読んだ第一小隊の別の一人が手を挙げた。
「そもそもなぜ軍事用重機があそこにあったのですか。たしか
「それに関しては、ここだけの話ですが、防衛省も認知しています」
「防衛省が?」
「軍事装備開発の研究目的で、
「この部屋、盗聴とかされてませんよね」
しんとした緊張感を破るように、
「
「調査中です」
「あの……ひとつ疑問があるのですが」
場違いなほど控えめな声に、ほぼ全員がその主を見た。
声の主は思いもよらず集中した視線に目を泳がせ、中途半端に挙げた右手のやり場に困ったように、それをゆっくりと下ろしながら言った。
「あ、すいません……第一小隊の
「名乗りはいい」と
「その……なぜ倉庫を爆破する必要があったのでしょう」
誰かが「あ」と声を上げた。言われてみればその通りだった。真犯人はスレイプニルを奪取さえすれば目的は達成されたはずだ。わざわざ倉庫を爆破する意味がない。どう考えても、ない。
暴徒は無意味に火を放ったり破壊したりするもの、という思い込み。だがそれは計画的な犯行とは
「知られたくない何かが残っていた……?」
第二小隊の整備主任、警視庁警備部特殊車両課所属の
「現場の調査はどうなっているんです」
「調査中です」
「情報課でですか」
「いえ、スレイプニルとの兼ね合いで、自衛隊の情報保全隊があたっています」
「情報保全隊が?」
思わず声を出したのは、第二小隊の
会議室を重苦しい沈黙が支配した。何かが隠されている、しかし、隠されていると口にすることそのものが禁忌であるような「何か」の存在が、見えない圧力となって、口を開くことを困難にさせていた。
「あー、この会議は情報の共有が目的であってだな、分析は情報課の役目だ」
「では、他にも何もなければこれで」
12 暗躍
夜、
会議の後で足を引きずりながら彼女に近づき自己紹介すると、
「少し
結局どこかで会ったことがあるかどうかは訊けなかった。
横で見ていた
突然のノックの音に悪態をつきながら立ち上がって部屋を横切り、ようやくドアを開けると、そこにいたのは第一小隊の
第一小隊と第二小隊の宿舎は敷地の北と南に離れているから、つまり
「
「第10師団第10戦車大隊所属、
敬礼を返そうとした
「大丈夫ですか」
「これが大丈夫に見えるかい」
「はあ」と困ったように
「繊細な話なのです」
「繊細?」
仕方なく、
「……ずいぶん辛そうですね」
「こんな時に出動命令が出たらどうしたらいいんだろうな」
「あ、
初耳だった。確かにサブがいないというのは問題ではあるだろう。考えたくはないが、機体は使えても
「10師って名古屋だっけ」
やっと落ち着いた
「報告だと、士長のガードナーは
「ああ、本体が到着したばかりで、ハンドガンやライフルはまだ工場で調整中だと言ってた」
「それが何か?」
しばらくの無言の後、
「……おかしいのですよね、私がたまたま知り合いの
「え?」
「どういうことだ?」
「わかりません」
「たとえば」と、記憶を探りながら
「自分とこの隊員を危険に晒してですか?」
「俺たち、そんなに大事にされているか?」
「結果から考えてみましょう。中長距離用の武器がなかったことで、
「おかげでひどい筋肉痛だ」
思わず言ってしまってから、
「あるいは……」
「しまった、呼ばれている。ここに来るのを
そう言いながら
「見られちゃダメなのか」
「ウチは友達のいないタイプばかりなんですよ。特に
「
反射的に言って、
「そう、
と、そのまま立ち止まることなくドアを開けて姿を消した。部屋にはひどく割り切れない静寂だけが残る。
我々はいったい、何と戦っているんだろうと
☆
男が装着したVRゴーグルは、とある企業の三重四重の
最後の一人が空席を埋めると、おもむろに男が言う。
「
匿名インタビューを思わせる甲高い声。この部屋ではそれぞれの声は電気的に加工され、発言者の特定をほぼ不可能にしているのだった。
「連中はスレイプニルを受け取っているのだろうな」
「ええ、既に某所に
一転して低い声が言う。
「信用できるのですか、あの組織は」
別の高い声に、また別のトーンの声が答えた。声は発言ごとに次々と変調されるので、一人の人物を追うことも困難である。
「我々の送り込んだエージェントがすべて掌握しています。ご心配なく」
「あなたが誰かにもよりますな」
「それはお互い様だろう」
「保証しよう」と男が最初の声で言った。
「N3施設の処理に問題はないのでしょうね」
「当然だ。余計な関係が露見すれば過去の二の舞になりかねない。連中は上手くやっている」
「そもそもなぜあんな重要な場所にスレイプニルを隠したのだ」
「万が一の場合、スレイプニルに守らせるか破壊させるつもりだったのだ。今回の計画に必要だというから拠出したまで。施設も既に持て余していたしな」
「そこまで話したら声を変えている意味がありませんなあ」
どっと笑いが起こった。加工された笑いの合唱は不気味でしかない。
「しかし、よく無訓練のガードナーを出撃させましたなあの課長は」
「出させたのです。とにかく早急にデータの蓄積が必要ですから」
「一歩間違えば全滅だった」
「その時はその時、また別の機体を送り込めば済む。データは蓄積される」
「ロバート・レオンを覚えているだろう」
男が話の間を待っていたかのように切り出した。
「忘れようがない。奴のせいで我々の計画は五年遅れたのだからな」
「そんな名前を出さないでほしいものだな。夢見が悪くなる」
男はふふっと笑って続けた。
「ガードナー0011の
「何だと?」
一瞬の静寂があり、やがてあちこちで控えめな笑い声が起こった。
「皮肉だな。我々を邪魔した男の息子が、知らぬこととはいえ、今度は我々の協力者になるとは」
「私は無神論者を撤回するよ」
「神の方が願い下げだろうよ」
今度は
「……それは本当に偶然なのか?」
ややあって誰かが言うと、笑い声がぴたりと止んだ。
「考えすぎだろう。彼はロバート・レオンではない」
「まあ、注意しておくに越したことはあるまい」
「それより連中だ。何と言ったか……」
「
「そう、それだ。調子に乗って下手に動かれては、計画の本筋が台無しだ」
「それはちゃんとコントロールする。少なくともサミットまでは『対応可能な脅威』でいてくれなくては困るからな」
「それなんだが、その後はどうするんだ」
「そこは抜かりない。万が一に備えて既にスペアを作り始めている」
「負ける前提か?」
「そうは言っていない。あくまでも目的はその先だということだ」
「そういえば、
「
「ノイズとは何だ?」
「人間、集中していても不意に別のことを考えることがあるだろう。それらを選別して削除することが難しい」
「人を選ぶか」
「訓練を
「それではアウターバディの意味がなかろう。せっかく無訓練でも実戦投入が可能であることを証明したのだ」
「追加武装の準備もそろそろだと聞いている。その方向で量産にこぎつけた方が得策ではないのか」
「まあ、まだ時間はある」
「その時間を浪費して国際情勢が変わりでもしたら元も子もなかろう」
「
男は言った。
「人間にとって、いや、生きるものにとって戦いは癖のようなものだ。人は戦わずに進歩することはできない。技術の進歩は常に戦場で起こっている。戦争がなければ今の繁栄もなかったのだ。見せかけの平和がもたらすものは格差と衰退だけだ。我々は次の時代のためにここに集まっている。それぞれの目的がたとえ
ひょっとすると自分が変えたいのは、そんな世界に順応してしまっている自分自身なのではないか、そう考えて軽い吐き気がした。
男は
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