第5話 Episode1-5 ANCLE出動せよ《急》
9 脅威
「……なんだこいつは」
穴が開いて焼け焦げたシャッターを完全に破壊しながら出現した
青いカマボコを前後に連結したような機体の横に、それぞれ左右二本ずつ計八本の昆虫のような折れ曲がった脚が付いている。前部の丸みを帯びた先端には
「まさか……なぜこんなものが……」
ガードナーの視界映像をタブレットで共有している
「まずい! すぐ退避して!」
「そうは言っても人質がいるだろうが!」
だが間に合わない。クレーンが音を立てて真横に倒れ、地面を振動させる。いやそれ以前に、至近距離で爆風に
「?」
おかしい、と
(なぜ長い手を支えにしなかったんだ)
一方、現れた
立ち上がった
「初手から効果のねえ武装ってどういうことだよ!」
悪態をつきながら銃を投げ捨てた
「バケモノが!」
振りかぶった
「くそっ、絶縁装甲か!」
ハッチのひとつが開き、
「!」
そして
「させるかあ!」
続いて跳んだ
「砲身が冷えたら抜くのはひと苦労だろうよ!」
「逃がすか!」
〈目標速度、時速80。捕捉不可能です〉
「知ったことじゃない!」
とはいうものの、
「
〈街路図、再表示します〉
しめた、と
だが。
しばらくして大きな水音が聞こえてきた。巨大な物体が海に落ちる音だ。
(まさか?)
ようやく突き当たりを右折した
「……落ちた、のか?」
「いいえ、逃げたのよ」
「海が?」
「そいつは渡河作戦や強襲上陸を想定して設計されている、スカンディナヴィア=バルト連合製の水陸両用軍事重機なの。時間は限られるけど、潜水艇並みの水中移動が可能。名前はスレイプニル」
「軍事用? なぜそんなものがここに」
「そう。なぜあるのか。なぜあると知っていたのか。そしてそれを奪ってどうするつもりなのか」
それからしばらく、無線で海上保安庁の限界動員と海岸線パトロールの強化を指示する声が聞こえた。
「……まあ、見つかるようなヘマは期待できないけど……
「無茶を言うなよ」
さすがにずっと黙っていた
「連中はむしろ我々の失敗を密かに期待している」
「言っておきますが、
「人質も建機の操縦者も全員、怪我をしているが生きている。救急車を要請してくれ」
割り込むように
「どんな奴ですか」
「外国人だよ」
ようやく緊張が緩み始めていた時だった。
視界の右上、オンライン通信者のアイコンとコードネームが並ぶエリアが、警報音と共に突然赤く点滅した。
「緊急連絡。ケンネルよりハウンドドッグへ。当該エリア上空に複数の未確認飛行物体が出現。
「出現って何だ」
「エリア内から飛び立ったということ……そうか、ドローンか」
「……大型ドローンと思われる飛行物体、1、2、3、4、5機が北北西より直列隊形で接近中。先頭機の
「何をするつもりだ」
「ネットに上げる動画撮影じゃないことは確かでしょうね」
「ポインターよりケンネルへ。フライング・スピッツの投入は」
「もう指示済みだ」
「一手遅いか……」
遠くの空から空気を切り裂く爆音が近づいてきた。
「今何と言った?」
「逃げろ! 攻撃が来る! 目標はおまえらだ!」
だが、言葉がわからないのか外国人は何やら
「スヌーピー、迎撃準備だ」
「夜に? ドローンを? 機銃で?」
一人が
「質問を分けるな」
「そこですか?」
「信用しろ。俺は警察官の射撃技能競技会で全国六位になったことがある」
「射撃は
「なら
「
〈設定目標群接近、接触まで残り一分〉
「……もちろん、生身の仲間もな」
10 騎行
大都市の光の海に向かって、暗い東京湾上空を銀色の交差反転式ツインローターヘリコプターが高速で飛ぶ。
「目標設定、未確認飛行物体群」
〈対空レーダー作動。目標群全機ロックオン〉
「目標ポイント上空での接敵時刻は」
〈マイナス20秒〉
「ガードナーの状況を表示」
フロントガラスに貼られた有機ELスクリーンの左側に、002、0011の数字が表れ、装備とダメージのデータが高速で流れていくのを
「地上からの迎撃成功確率は」
〈43%、22%、8%、以降1%未満〉
「……低いわね」
〈残弾数からの算出です〉
搭載している対空ミサイルは四発。一機は地上のガードナーに任せるしかない。
「フライング・スピッツからブルテリア、ビーグルスカウトへ」
(女性?)
しかもかなり若い声。
一人はオンライン通信者リストの表示を見た。「Flying Spitz」のコードネームの脇の丸いアイコン内のリアルタイム映像に、おそらくは歳下のショートカットの女の子が映っていた。
「こちらブルテリア」
「間に合うか」
「未確認飛行物体群を形状確認しました。大型ドローン五機、搭載物は外観より
「わかっちゃいるがわかるわけにはいかんよなあ」
うんざりした声で
〈目標群、散開しつつ降下を開始しました〉
「予定通り」
「射程圏内に入り次第全弾発射。目標はT2、T3、T4、T5」
〈AA1、AA2、AA3、AA4、最長射程で自動発射します。目標はT2、T3、T4、T5〉
(発射した分だけは間に合え……)
☆
「……来るぞ」
微動だにしないまま
敵はひとつミスを犯した。スレイプニルが隠されていた倉庫を爆破したことで、ちょうどドローンが飛来する方角の視界が開けているのだ。いやそもそもドローンの出撃は予定外であるに違いない。我々は追い詰められているのではない。逆に敵を追い詰めているのだ、と
「ヘッドガン」
スクリーンの中央に現れた赤い十字の照準線が暗い空に狙いを定めた。やがて聞こえてきた低いモーター音が次第にユニゾンになる。規則で搭載されているはずの航空灯はもちろん取り外してあるのだろう。上空に見える光は等級の高い星の等星の弱い白か青だけだ。
その見えていた光の一つが突然消えた。
「あそこかっ!」
一人は光があったはずの場所に照準を移動させた。
〈目標、ロックオン〉
「連射!」
振動と共に頭部の脇から光跡を引いた弾丸が次々に空へ飛ぶ。その一弾が回転するプロペラに当たって火花を散らした。
「でかしたスヌーピー!」
「次!」
その光に照らされて、降下してくる黒い物体がさらに一機、そしてもう一機、さらに後方にいるはずの見えない二機、を、頭上を超高速で通過した物体がほぼ同時に捉えた。四つの火球は重なり合って、島の位置からは歪んだ巨大な
「……なんとか間に合ったか」
「ケンネルより緊急! 西北西方向にさらに五機出現! 第一波より高速です!」
「なんだと!」
本部連絡に
「どうやら敵は残した電車賃を最終レースに注ぎ込むような奴らしい」
「何の話ですか!」
「スヌーピー、残弾は」
「……7」
「そうか……誠に申し上げにくいのだが、こっちはゼロだ」
「ゼロ?」
「さっき吹き飛ばされた時に、
「ええっ!」
「こちらフライング・スピッツ、あとは引き受ける」
一人が見上げると、そこには空を飛ぶ銀色の巨人がいた。それはどう見ても身体を伸ばした人の形だった。二発のローターに吊られて飛ぶロボット。
「あれが?」
「OBSー02航空支援用機動重機ヴァルキュリス」
割って入った
「あれも
「もちろん」
機体は急速に
「
〈
どこかでいくつもの何かが外れる音と接続される音が混じり合う。ローターを積んだフレームの後部半分が下向きに折れ曲がると、機体もまたゆっくりと「く」の字を描いていき、その内部では固定されていた可動部が次々に解放されていく。さらに操縦席のあるユニットを残して、その後方部分がすべてフレームから離れ、機体の両脇の凸部が本体から自由になり、今は下部である機体後方が二つに分かれて、完全な人型へと姿を変えた。
銀色のヘリコプターはわずかな時間で、背中にプロペラモーターを背負った飛行ロボットに変形した。その過程で、既に両手には機体表面に固定されていた
その様子を、
「……トランスフォーマー?」
思わず
「二度とその名前を口にしないように」
「誰もが思っていても、言っちゃいけないことがあるのよ」
変形したヴァルキュリスは機体を前屈みにすると、再び加速しながら風を切った。
「目標設定、捕捉中のドローン五機」
〈目標群、全機ロックオン〉
「接敵時刻は」
〈相対速度で35秒後です〉
「海上で攻撃できる?」
〈では現在位置で待機します。目標の攻撃位置を設定。一部、陸上にかかる可能性あり〉
「仕方ない。対空機銃、
〈
「設定位置でT6、T7、T8、T9、T10へ全弾連続掃射」
〈プログラム完了しました〉
「……いちいち面倒ね」
〈パターン学習中です。申し訳ありません〉
肉眼では見えないが、スクリーン右端に映し出されたレーダー画面上の五つの光点が、その手前に表示された赤い
「掃射!」
銃身が左から右へと動きながら、一秒間に20発の弾丸を発射する。発射時に銃口から放たれる
間を置かずに、ほぼ時間差なしの五つの爆発が空中に連なり、炎の帯が周囲を照らし上げた。残骸となったドローンは火の玉となって次々と海上に落下した。降り注ぐ火の雨の一部が無人の路上で燃え広がり、機動隊の放水車が急行する。
「
〈了解。
操縦系が元の形に戻り、再び現れた操縦桿を握る。機体が自動的に、逆のプロセスでゆっくりと後方に引き上げられて、元のヘリコプターに戻っていく。
「
そう言うと、全身の固定具が外れて、舞は金属の硬い椅子型に沈み込んだ。
「任務完了。フライング・スピッツ、帰投します」
銀のヘリコプターが旋回して、沖の空に消えていくのを
「……すごいな」
誰にともなく、
「あれが支援? 主役ですよね?」
「俺もあっちがよかったなあ」
「なら代わってもらいますか」
「いや、高所恐怖症なんだよ」
「そんなこと、身上書に書いてなかったと思いますけど」
「わざわざ弱点を
そして
(……彼女、どこかで見たような)
海上道路をサイレンを鳴らしながら、救急車と消防車、そして機動隊車両が列をなして渡ってくるのが見えた。
☆
その電話を男は無言で取った。専用の秘匿回線とはいえ、相手を確認せずに口を開いたりするほど
「『
「『
男は落ち着いた口調で言う。
「悪いことなら対処のしようがある。良いことを得られたならそれでいい。最悪、ガードナーが一機スクラップになっても仕方ないと思っていたのだ。まったく訓練なしの
「しかし、
相手は言葉を選びながら慎重に言った。
「彼は……何といったかな」
「
「
男の声が
「そうか……ロバート・レオンの息子か」
そして受話器を置くと、微笑みとも困惑ともつかぬ表情で
「……面白いじゃないか」
(continue to Episode2)
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