第5話 Episode1-5 ANCLE出動せよ《急》

 9 脅威


「……なんだこいつは」


 穴が開いて焼け焦げたシャッターを完全に破壊しながら出現した異形いぎょう重機バスターに、入谷邦明いりやくにあきが思わずつぶやいた。


 青いカマボコを前後に連結したような機体の横に、それぞれ左右二本ずつ計八本の昆虫のような折れ曲がった脚が付いている。前部の丸みを帯びた先端には煌々こうこうと光を投射するライトが、曲面部にはいくつものハッチが見える。後部に乗っている潰れた山形の機構から伸びる細い円柱は見紛みまごうことなく砲身。まるで蜘蛛くものような戦車、いや戦車のような蜘蛛くも。それが甲高かんだかいモーター音を発しながらゆっくりと歩き出る。


「まさか……なぜこんなものが……」


 ガードナーの視界映像をタブレットで共有している路地屋理佐ろじやりさ呆然ぼうぜんとした口調で言った、が、すぐにインカムのマイクを握りしめて叫んだ。


「まずい! すぐ退避して!」


「そうは言っても人質がいるだろうが!」


 入谷いりやが言い返した次の瞬間、重機バスターが出てきた暗闇の奥がカッと光ったかと思うと、倉庫が大爆発を起こした。屋根が空に向かってバラバラに吹き飛び、膨張した壁が瞬時に破壊されて爆風と共に四方へ飛び散る。


 入谷いりやのガードナーが破片の直撃をシールドで受けて真後ろに倒れた。零音一人れおんかずとのガードナーは咄嗟とっさに腰を落として、風圧にあがないながら走る。カーゴに人質の警備員を乗せたクレーン重機バスターが、横からの爆風をまともに受けて今にも倒れんとしているのだ。


 だが間に合わない。クレーンが音を立てて真横に倒れ、地面を振動させる。いやそれ以前に、至近距離で爆風にさらされた人質の命は既に……。


「?」


 おかしい、と一人かずとは思った。

(なぜ長い手を支えにしなかったんだ)


 一方、現れた重機バスターは、もっとも爆発に近かったにもかかわらず、バランスひとつ崩さずに歩き続けている。全体のフォルムが、特に前後に対して抵抗の少ない流線型を成しているのだ。


 立ち上がった入谷いりやのガードナーがハンドガンを連射した。だが銃弾は丸い装甲表面で跳ね返されるのみだ。


「初手から効果のねえ武装ってどういうことだよ!」


 悪態をつきながら銃を投げ捨てた入谷いりやは、電磁衝撃警棒スタンロッドを抜いた。走りながら「ロング!」と叫ぶと一瞬にして伸びる。


「バケモノが!」


 振りかぶった警棒ロッドで敵の機体を思い切り殴りつける。周囲に放電の白い光が花火のように飛び散った。


「くそっ、絶縁装甲か!」


 ハッチのひとつが開き、急速クイックアクションで現れた機銃の掃射を受けて、入谷いりやが下がった。と同時に砲塔が動き、わずかな俯角ふかくをつけた砲身の先には、倒れているクレーン重機の底部があった。その意図するものと今しがたの大爆発の意味を一人かずとは同時に悟る。証拠隠滅。口封じ。


「!」


 そして一人かずとはようやく気づいた。クレーン重機バスターが手をついて転倒を防がなかった、防げなかった理由。その長い腕、そして咄嗟とっさにニードルガンを捨てて開いた両手で、クレーン先端のケージを包んで人質を守っていたからだった。


「させるかあ!」


 一人かずとが床を蹴り、ガードナーは地面を蹴った。一瞬宙を飛んだガードナーの、曲げて、伸ばした右足が謎の重機バスターの脇腹を思い切り蹴り飛ばすのと、重機バスターの主砲が火を吹いたのはほぼ同時だった。ガードナーの全質量を乗せたドロップキックを受け、片側の脚が浮くほどの衝撃を喰らった重機バスターの砲弾は、狙いを外れて背後の別の倉庫を破壊した。


 続いて跳んだ入谷いりやは、そこだけ曲面ではなく蛇腹じゃばらになっている前後部の接合部に着地すると、手にした警棒ロッドを砲口に突っ込んだ。警棒ロッドは持ち手のすぐ先でつかえて砲口を完全にふさぐ。と、直ぐに急な挙動で振り落とされた入谷いりやが「ざまあ!」と叫びながら路上を転がった。


「砲身が冷えたら抜くのはひと苦労だろうよ!」


 異形いぎょう重機バスターは方向を変えると、八本脚を高速で動かしながら走り出した。しがみつこうとした一人かずとをかわし、脚の機構を流れるように連携させて、信じられない速度で通りの奥へ向かう。


「逃がすか!」


 一人かずとが急いで後を追う。


〈目標速度、時速80。捕捉不可能です〉


「知ったことじゃない!」


 とはいうものの、重機バスターは早くも突き当たりの倉庫を右に曲がる。


SIMURGHシムルグ、街路図を」


〈街路図、再表示します〉


 しめた、と一人かずとはほくそ笑んだ。そこを右はほどなくして行き止まり、島の外周を囲むフェンスが先をはばむだけのはずだったからだ。


 だが。


 しばらくして大きな水音が聞こえてきた。巨大な物体が海に落ちる音だ。


(まさか?)


 ようやく突き当たりを右折した一人かずとの目に入ってきたものは、そこだけ大きく破壊されているフェンスだった。縁に立つと、暗い海面にまだ無数の泡が浮かび上がってくるのが見えた。


「……落ちた、のか?」


「いいえ、逃げたのよ」路地屋ろじやの声だった。「最初からそこが脱出ルートだった」


「海が?」

「そいつは渡河作戦や強襲上陸を想定して設計されている、スカンディナヴィア=バルト連合製の水陸両用軍事重機なの。時間は限られるけど、潜水艇並みの水中移動が可能。名前はスレイプニル」

「軍事用? なぜそんなものがここに」


 一人かずとが言うと、路地屋ろじやがフラットな口調で答えた。


「そう。なぜあるのか。なぜあると知っていたのか。そしてそれを奪ってどうするつもりなのか」


 それからしばらく、無線で海上保安庁の限界動員と海岸線パトロールの強化を指示する声が聞こえた。


「……まあ、見つかるようなヘマは期待できないけど……哨戒機しょうかいきとか飛ばせないんですかね」


「無茶を言うなよ」

 さすがにずっと黙っていた上原頼豪うえはららいごうが本部から口を挟んだ。

「連中はむしろ我々の失敗を密かに期待している」


「言っておきますが、SIMURGHシムルグシステムの通信機能は自衛隊も共有しているんですよ課長」


「人質も建機の操縦者も全員、怪我をしているが生きている。救急車を要請してくれ」

 割り込むように入谷いりやの声が告げた。


「どんな奴ですか」

 一人かずとは爆発の瞬間に人質の命を守ろうとした犯人のことが気になった。


「外国人だよ」入谷いりやが答えた。「なんか叫んでるんだが、何言ってんのかさっぱりわからねえ」


 ようやく緊張が緩み始めていた時だった。

 視界の右上、オンライン通信者のアイコンとコードネームが並ぶエリアが、警報音と共に突然赤く点滅した。


「緊急連絡。ケンネルよりハウンドドッグへ。当該エリア上空に複数の未確認飛行物体が出現。新有明島しんありあけじま方向へ高速移動中」


「出現って何だ」


 入谷いりやの困惑に、路地屋ろじやが答える。


「エリア内から飛び立ったということ……そうか、ドローンか」


 路地屋ろじやはタブレットで衛星経由のレーダー画面を呼び出した。


「……大型ドローンと思われる飛行物体、1、2、3、4、5機が北北西より直列隊形で接近中。先頭機の新有明島しんありあけじま上空到達まで約三分」

「何をするつもりだ」

「ネットに上げる動画撮影じゃないことは確かでしょうね」


 路地屋ろじやが空を見上げて言った。


「ポインターよりケンネルへ。フライング・スピッツの投入は」


 上原うえはらが冷静に答えた。

「もう指示済みだ」


 路地屋ろじやがタブレットに視線を落とすと、画面の右下からさらに高速で接近する光点があった。


「一手遅いか……」


 遠くの空から空気を切り裂く爆音が近づいてきた。


「今何と言った?」


 入谷いりやが深刻な声で問う。その答えを待たずに地上にいる三人、二人の重機操縦者バスターパイロットと人質の警備員に叫んだ。


「逃げろ! 攻撃が来る! 目標はおまえらだ!」


 だが、言葉がわからないのか外国人は何やらわめき散らすだけでその場を離れようとしない。もとより警備員はぐったりと倒れたままだ。


「スヌーピー、迎撃準備だ」

「夜に? ドローンを? 機銃で?」


 一人が狼狽うろたえ気味にき返すと、入谷いりやは世間話の口調で言う。


「質問を分けるな」

「そこですか?」

「信用しろ。俺は警察官の射撃技能競技会で全国六位になったことがある」

「射撃はSIMURGHシムルグ制御ですよね?」

「ならSIMURGHシムルグを信用しろ」


 入谷いりやのガードナーがハンドガンを空に向けて構えた。


連動重機アウターバディはただのロボットじゃない……相棒だ」


〈設定目標群接近、接触まで残り一分〉


「……もちろん、生身の仲間もな」



 10 騎行


 大都市の光の海に向かって、暗い東京湾上空を銀色の交差反転式ツインローターヘリコプターが高速で飛ぶ。


「目標設定、未確認飛行物体群」


 PEGUSペガスシステムに拘束されながらも、何の不自由も感じさせない手捌てさばきで操縦桿を操作する卯月舞うづきまいが告げると、SIMURGHシムルグが即座に音声認識による処理を完了する。


〈対空レーダー作動。目標群全機ロックオン〉


「目標ポイント上空での接敵時刻は」


〈マイナス20秒〉


「ガードナーの状況を表示」


 フロントガラスに貼られた有機ELスクリーンの左側に、002、0011の数字が表れ、装備とダメージのデータが高速で流れていくのをまいは視界の隅で確認した。


「地上からの迎撃成功確率は」


〈43%、22%、8%、以降1%未満〉


「……低いわね」


〈残弾数からの算出です〉


 搭載している対空ミサイルは四発。一機は地上のガードナーに任せるしかない。


「フライング・スピッツからブルテリア、ビーグルスカウトへ」


(女性?)


 しかもかなり若い声。

 一人はオンライン通信者リストの表示を見た。「Flying Spitz」のコードネームの脇の丸いアイコン内のリアルタイム映像に、おそらくは歳下のショートカットの女の子が映っていた。


「こちらブルテリア」

 入谷いりやが応じた。

「間に合うか」


 まいはあえて答えない。情報共有で状況はわかっているはずだからだ。


「未確認飛行物体群を形状確認しました。大型ドローン五機、搭載物は外観より焼夷爆薬しょういばくやくと思われます。おそらく自爆型です」


「わかっちゃいるがわかるわけにはいかんよなあ」


 うんざりした声で入谷いりやが言った。


〈目標群、散開しつつ降下を開始しました〉


「予定通り」

 まいはさらりと言う。それは迎撃を受けた際の誘爆を防ぐための基本的な戦術なのだ。

「射程圏内に入り次第全弾発射。目標はT2、T3、T4、T5」

〈AA1、AA2、AA3、AA4、最長射程で自動発射します。目標はT2、T3、T4、T5〉


(発射した分だけは間に合え……)


         ☆


「……来るぞ」


 微動だにしないまま入谷いりやが言った。

 一人かずとは両手に持ったシールドで地上の三人を守りながら頭を空に向けた。


 敵はひとつミスを犯した。スレイプニルが隠されていた倉庫を爆破したことで、ちょうどドローンが飛来する方角の視界が開けているのだ。いやそもそもドローンの出撃は予定外であるに違いない。我々は追い詰められているのではない。逆に敵を追い詰めているのだ、と一人かずとは自分に言い聞かせた。


「ヘッドガン」


 スクリーンの中央に現れた赤い十字の照準線が暗い空に狙いを定めた。やがて聞こえてきた低いモーター音が次第にユニゾンになる。規則で搭載されているはずの航空灯はもちろん取り外してあるのだろう。上空に見える光は等級の高い星の等星の弱い白か青だけだ。

 その見えていた光の一つが突然消えた。


「あそこかっ!」


 一人は光があったはずの場所に照準を移動させた。


〈目標、ロックオン〉


「連射!」


 振動と共に頭部の脇から光跡を引いた弾丸が次々に空へ飛ぶ。その一弾が回転するプロペラに当たって火花を散らした。


「でかしたスヌーピー!」


 入谷いりやが火花を目印にハンドガンを立て続けに撃つ。空になった弾倉マガジンが自動排出されると同時に、目の前の空に巨大なオレンジ色の塊が出現し、少し遅れて爆発音が届いた。爆薬を構成する油脂が炎をき散らしながら、不格好なしだれ花火のように海上へと落ちていく。


「次!」


 その光に照らされて、降下してくる黒い物体がさらに一機、そしてもう一機、さらに後方にいるはずの見えない二機、を、頭上を超高速で通過した物体がほぼ同時に捉えた。四つの火球は重なり合って、島の位置からは歪んだ巨大な恒星こうせいに見えた。コンマ数秒に凝縮されたいくつもの爆発音が通りの倉庫の壁を振動させる。降り注ぐ炎の破片を、一人かずとはシールドで払った。


「……なんとか間に合ったか」

 入谷いりや安堵あんどは、しかし一瞬にして破られた。


「ケンネルより緊急! 西北西方向にさらに五機出現! 第一波より高速です!」


「なんだと!」


 本部連絡に入谷いりやが悲鳴を上げた。それから急に笑い出す。


「どうやら敵は残した電車賃を最終レースに注ぎ込むような奴らしい」

「何の話ですか!」

「スヌーピー、残弾は」


 一人かずとは武器リストの表示を確認して背筋に寒気が走った。


「……7」

「そうか……誠に申し上げにくいのだが、こっちはゼロだ」

「ゼロ?」

「さっき吹き飛ばされた時に、頭部機銃ヘッドガンの収納ハッチを損傷した。駆動しない」

「ええっ!」


 一人かずとが叫ぶのと同じくして、後方から接近していた爆音が頭上を通過した。


「こちらフライング・スピッツ、あとは引き受ける」


 一人が見上げると、そこには空を飛ぶ銀色の巨人がいた。それはどう見ても身体を伸ばした人の形だった。二発のローターに吊られて飛ぶロボット。


「あれが?」


「OBSー02航空支援用機動重機ヴァルキュリス」

 割って入った路地屋ろじやが言った。

「あれも連動重機アウターバディ?」

「もちろん」


 機体は急速に制動ブレーキをかけて空中でホバリングする。


SIMURGHシムルグOBアウターバディモード!」


 まいが言うと、操縦桿が収納されて、椅子型だったPEGUSペガスユニットがゆっくりと直立した。立ち上がった格好の春美の顔の前には、視界を左右90度ずつ追加した三次元広角モニターが降りてくる。


PEGUSペガスシステム、連動します〉


 どこかでいくつもの何かが外れる音と接続される音が混じり合う。ローターを積んだフレームの後部半分が下向きに折れ曲がると、機体もまたゆっくりと「く」の字を描いていき、その内部では固定されていた可動部が次々に解放されていく。さらに操縦席のあるユニットを残して、その後方部分がすべてフレームから離れ、機体の両脇の凸部が本体から自由になり、今は下部である機体後方が二つに分かれて、完全な人型へと姿を変えた。

銀色のヘリコプターはわずかな時間で、背中にプロペラモーターを背負った飛行ロボットに変形した。その過程で、既に両手には機体表面に固定されていた大型機銃マシンガンが握られている。機体本体が対空戦用に特化しているため、汎用はんよう武装はオプションの形を取らざるを得ないのだ。もちろんそれは、重量さえ許せば何でも携行できるということでもある。


 その様子を、一人かずとは口を半開きにして呆然と見ていた。


「……トランスフォーマー?」

 思わずつぶやくと、

「二度とその名前を口にしないように」

 路地屋ろじやがすかさず釘を刺した。

「誰もが思っていても、言っちゃいけないことがあるのよ」


 変形したヴァルキュリスは機体を前屈みにすると、再び加速しながら風を切った。


「目標設定、捕捉中のドローン五機」


〈目標群、全機ロックオン〉


「接敵時刻は」


〈相対速度で35秒後です〉


 まいはスクリーンでその位置を確認して眉をしかめた。


「海上で攻撃できる?」


〈では現在位置で待機します。目標の攻撃位置を設定。一部、陸上にかかる可能性あり〉


「仕方ない。対空機銃、安全装置セーフティロック解除」


安全装置セーフティロック解除、レーダー連動オン〉


「設定位置でT6、T7、T8、T9、T10へ全弾連続掃射」


〈プログラム完了しました〉


「……いちいち面倒ね」


 まいが無意識に口にした台詞に、SIMURGHシムルグ律儀りちぎに反応した。


〈パターン学習中です。申し訳ありません〉


 まいは唇の端だけで微かに笑った。

 肉眼では見えないが、スクリーン右端に映し出されたレーダー画面上の五つの光点が、その手前に表示された赤い弧線こせんに近づく。1、2、3、4、5個目の点が弧線こせんを通過した瞬間、ヴァルキュリスが前に伸ばした両手が動いた。


「掃射!」


 銃身が左から右へと動きながら、一秒間に20発の弾丸を発射する。発射時に銃口から放たれる炸薬さくやくの炎が、夜空に残像の赤い扇を描いた。


 間を置かずに、ほぼ時間差なしの五つの爆発が空中に連なり、炎の帯が周囲を照らし上げた。残骸となったドローンは火の玉となって次々と海上に落下した。降り注ぐ火の雨の一部が無人の路上で燃え広がり、機動隊の放水車が急行する。


 まいはその一部始終を確認すると、ふーっと息を吐いた。


SIMURGHシムルグ巡航クルーズモードにチェンジ」


〈了解。巡航クルーズモードに移行〉


 操縦系が元の形に戻り、再び現れた操縦桿を握る。機体が自動的に、逆のプロセスでゆっくりと後方に引き上げられて、元のヘリコプターに戻っていく。


PEGUSペガス、テックアウト!」


 そう言うと、全身の固定具が外れて、舞は金属の硬い椅子型に沈み込んだ。


「任務完了。フライング・スピッツ、帰投します」


 銀のヘリコプターが旋回して、沖の空に消えていくのを一人かずとはその場に突っ立ったまま見送った。


「……すごいな」


 誰にともなく、一人かずとは言った。


「あれが支援? 主役ですよね?」

「俺もあっちがよかったなあ」


 入谷いりやが言うと、さっきよりいくらか明るい声で路地屋ろじやが応じた。


「なら代わってもらいますか」

「いや、高所恐怖症なんだよ」


 路地屋ろじやがモニターの向こうで笑う。

「そんなこと、身上書に書いてなかったと思いますけど」

「わざわざ弱点をさらすわけないだろう」


 そして一人かずとは、さっきまでまいが映っていたスクリーンの端を見ながら、頭の中で映像を再生していた。


(……彼女、どこかで見たような)


 海上道路をサイレンを鳴らしながら、救急車と消防車、そして機動隊車両が列をなして渡ってくるのが見えた。


         ☆


 その電話を男は無言で取った。専用の秘匿回線とはいえ、相手を確認せずに口を開いたりするほど迂闊うかつではない。


「『吊られた男ハングドマン』です」と相手は言った。


「『皇帝エンペラー』だ。状況はわかっている。良いことと悪いことがある、と言いたいのだろう?」

 男は落ち着いた口調で言う。


「悪いことなら対処のしようがある。良いことを得られたならそれでいい。最悪、ガードナーが一機スクラップになっても仕方ないと思っていたのだ。まったく訓練なしの操縦者パイロットが実戦対応できたのは朗報だよ。これ以上のアピール・ポイントはあるまい」

「しかし、操縦者パイロットの対応能力によるところが大かもしれません」


 相手は言葉を選びながら慎重に言った。


「彼は……何といったかな」

零音れおん零音一人れおんかずとです」

零音れおん?」


 男の声がかすかにうわずった。


「そうか……ロバート・レオンの息子か」


 そして受話器を置くと、微笑みとも困惑ともつかぬ表情でつぶやく。


「……面白いじゃないか」


(continue to Episode2)


 

 

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