第14話 Episode3-2 Nobody Does It Better
27 応対
病室のドアが突然バーンと開いて、現れたのは第二小隊隊長
「よう、元気か、口だけ男! 有言実行男が様子を見に来てやったぞ!」
言ったそばから、駆けつけた看護師に「扉の開閉は静かにしてください!」とこっぴどく怒られる始末。無論、そんなことを気にする
「なんだ、元気そうじゃないか。心配して損したな、と言うほど心配してないけどな。正直言えば、心配なんぞしたこともない。だから見舞品なんか持ってない!」
そう言って両手を広げてみせる。
「ガムならあるけど、食うか」
「……誰かに言われて来たのか」
「勘のいい大人は嫌いだよ」
「
「あいつは余計な気を回しすぎる。戦場なら真っ先に死ぬ」
「それこそ余計なお世話じゃねえか。警官が自衛官の命の心配なんてよ」
そう言う
「あんまり部下に気を遣わせるな」
「人のことを言えるのか」
「遣われてるように見えるんなら、どうかしてるぞおまえ」
「とにかく、心配無用だ。せっかくだから、久しぶりに身体を休めているだけだ。別に変なわだかまりがあるわけじゃない」
「そんなことはひとことも言ってねえよ」
「ならおまえが来る必要はないだろう」
病室に気まずい沈黙が降りた。面倒くせえな、と
「……おまえ、今、面倒な奴だと思っているだろう」
おもむろに
「そんなこたあない」と
「俺はおまえが面倒くさいよ」
「だからお互いわけわからん組織に送られたんだろうが」
半分笑いながら
「……ま、俺は嫌いじゃないけどな。いや、おまえのことじゃないぞ」
「昇進試験だの検挙率だの、競争するのがあたりまえみたいな世界だったじゃねえか。離れてみるとさ、異常だったと思うんだよな。異常というか、俺には決して向いてねえなとな」
「……何言ってる。おまえはずっと自由じゃないか」
「SATなんかにいるからだ」
「もういない」
「なら自由だ。俺と同じだ」
「一緒にするな」と
「だろうな」
☆
(……旋回して急上昇……降下しながらロール……水平から加速してシャンデル……)
と、スクリーンが突然赤く点滅する。〈8時の方角から対空ミサイル〉の表示。
「アウターバディ・モード」
(モード・チェンジしながら急速右旋回……反転……ロックオン……掃射!)
〈全目標消滅〉
(急角度急上昇……)
スクリーンが黄色に点滅を始める。「速度低下。危険。危険」
そして赤。
〈失速。失速。高度急速に低下〉
(……体重移動……姿勢制御……修正左……上昇……)
スクリーンの点滅が消えた。
〈機体制御回復〉
「自動着陸……テックアウト……電源オフ」
『
サミットの任務以来、
光に眼が慣れてくると、視界にぼんやりとした影が浮き上がり、やがて人の形に収斂した。
「やあ、久しぶりですね」
人影が言った。シミュレーターに長時間こもっていたせいで、眼の焦点を合わせるのに時間がかかった。
「……あれ、忘れたかな」
見覚えのある青年が、赤みがかった金髪の頭を掻きながら言った。片目の
「……どうも」
「改めまして、
青年は端正な顔を柔らかく崩しながら言った。
「……どうも」と
「何か」
歩き出しながら言うと、
「ずいぶん訓練熱心ですね」
「そうですか」
「ええ、他の隊員にも見習ってほしいくらいです」
「いえ、私はまだ未熟ですので」
「それにしても、根を詰めすぎているのではないかと心配ですよ」
余計なお世話だと思ったが、まさかそのまま言葉にするわけにもいかない。
「訓練は裏切りませんから」
「そうでしょうか」
意外な返答に、
「どういう意味です?」
「ああ、いえ、あまり気にしないでください」
「僕はちょっと考えすぎてしまう癖がありましてね。この間の事件も、なんというか、いいように
「だとしても、私には関係ありません。任務を確実に遂行するだけです。そのための訓練ですから」
「まったくです。頭が下がります」
「そんな話をわざわざ?」
「女の子が困っているところを見るのが嫌いなんです」
「え?」
「なので、もし困ったことが起きたら、秘匿回線のコード0414で連絡してください」
この人は何を言っているのだろうと思いながら、
「あなたは
「それは秘密です……おっと、彼氏が来たようだ。では私はこれで」
言うなり
「あれ、誰?」
「知らない」
「
「まさか」
考えてみれば、連れてきてもらったのにこれが
「ありがとう」
「何の話?」
「迷惑かけたから」
「今頃?」
「迷惑だなんて思ってないし、仲間ってのは迷惑をかけ合うもんだろ」
「仲間?」
「俺たちは仲間だろう」
☆
「あたしたちにあんな頃あったっけか」
二人の姿を見ながら
「ありません」
「定量化できないものは
28 処理
入金報告 ¥200,000,000
件のデータに何者かがアクセスした瞬間、『HISASHIWOKARITEOMOYAWOTORU』は活性化して、アクセスしたローカルネットワークシステムを乗っ取る。そして脅迫文と、
もっとも件のデータは彼らにとってはさほどの脅威ではないのかもしれない、と
口座を確認する。確かに入っていた。
JPY 200,000,000
その全額を「架空の」実在する口座をいくつも経由させて、とある口座に送金した。追跡は困難を極める。いや、実質不可能である。そうでなくては
☆
高校二年生の時に同じクラスになった。生まれつき身体が弱いらしく、血の気のない白い顔で休み時間も滅多に机から動かなかった。体育の授業も休みがちで、出席してしたらしたで頻繁に倒れていた。陰鬱な表情を隠さず、友達らしい友達とて見あたらず、授業中以外は声を聞くことも稀だった。
だが
ある日、
「なあ、今度の日曜、ヒマ? どっか行かない?」
当然のことながら、
「別にいいけど……」
「え? あ、じゃあ、どうしよう、ええと、九時に駅で」
映画を観て、食事をした。途中、疲れたのか道端に座り込んでしまうことがあったが、
しばらくして、
大学を出てIT企業に就職した
ある日、
SNSでの
手術は成功したが、病状はなかなか改善しないようだった。あとはもう心臓移植しかないと医師に言われたが、とても無理だと弱音を吐いていた。なにしろ移植手術は海外へ渡るしかなく、費用が1億5千万もかかるというのだ。
さすがの
そして、
腹が減った。
腹が減るのはずいぶん久しぶりのような気がした。脳を活性化させるための食事はしても、食欲を満たすための食事はそもそも最近記憶がなかった。
「
〈ナニカゴヨウデショウカ〉
一世代前ののっぺりとした声で『
「宅配でピザを頼んでくれ。いつもの店で、いつものやつだ」
〈ショウチシマシタ。『ピザ・ファット』シモメグロテン、マルゲリータ、Mサイズ、ネットチュウモン、ジッコウシマス〉
「頼む」
☆
国家公安委員会委員長
テロ対策こそ喫緊にして最大の課題と力説し、内閣改造時に防衛大臣を派閥の懐刀
それがどうだ。まるで
幸い、情報だけはコントロールできている。すべてが明るみになれば、
そういう意味では、
もっともその悪の組織が、ヒーロー側の人間の自作自演だとしたなら話は別だ。状況証拠からはその可能性を否定できない。いや、むしろそれ以外の可能性を思いつかない。グループ会長
なんにせよ、これ以上なめられるわけにはいかない。俺を誰だと思っている。
「……私だ。国家公安委員会を招集する。議題は、首都圏の不法入国者に対する総力摘発作戦だ。批判? 知ったことか」
☆
(……
男は椅子に沈み込んで下唇を噛んだ。外国人排斥への風当たりが強い中、そこまで強力な手を打ってくるとは思っていなかったのだ。やはり、手を回すなり醜聞を捏造するなりして、奴を実力行使が可能なポストになど残すべきではなかったのだ。
だが、想定外というわけではない。
男は秘匿回線電話を手に取った。
相手はワンコールで出た。
「コック・ロビンです」
「状況は理解しているな」
男は言った。
「プロトコルSを発動しろ」
相手が唾を飲み込む音が聞こえた。
「本気ですか」
「冗談でこんなことが言えるかね」
「失礼しました。直ちに」
相手は慌てたように自分から通話を切った。
(どいつもこいつも腹の
他に手がなかったとはいえ、男は
とはいえ、腹の
人間など、欲の塊ではないか。
そう考えて、男はわずかに残っていた後悔を綺麗さっぱりと捨てた。
☆
「コック・ロビン」
表面上会社を退職したのも、外国人を集めて暴動を主導しているのも、すべては「まともな国を作る」という理想のためではあったが、正直なところ半分は建前だった。
そして「プロトコルS」だ。
十分考えられる状況であったとはいえ、今のこの国には荒療治が必要だということも理解しているとはいえ、正気の沙汰ではないと
ここまでのことは仕方がない。幸い、どれほどの犠牲を出してもいない。
いざとなったら、会社は助けてくれるのだろうか。
いや、どう考えても、あり得ない。
(……逃げ道を考えておく必要がある)
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