第11話 Episode2-6 東京頂上決戦《転》

 21 突破


「こちら四谷よつや三丁目第五検問! 

大型トレーラー4台が強行突破! 四ツよつや駅方面に向かって走行中!」


 警察無線専用の通信機が叫んだ。


「なんだと!」

 第二小隊隊長入谷邦明いりやくにあきは、折りたたみのパイプ椅子を後ろに蹴り倒しながら立ち上がった。


代々木よよぎ公園上空に未確認飛行物体群出現! 推定七機! 東北東方向へ飛行中! 小型ドローンと思われます!」


 機動隊の空中監視班からも切羽詰せっぱつまった通信が入った。


「なぜこのタイミングなんだ!」


 G7首脳が迎賓館げいひんかんを出発した後だと考えれば、ギリギリ助かったとは言える。しかし、突発的な予定変更に対して、あまりにも「合わせすぎ」ではないのか。入谷いりやが迷信深くかつ敬虔けいけんな人間であれば、神はいるのだと思ったかもしれない。だがもちろん、彼はどちらかですらなかった。


(目的が何であれ、間違いなく敵は俺たちより「ルール」を知っている……)


 いや、俺たちにだけルールの一部が伏せられていると言うべきか。入谷いりや暗澹あんたんたる気分になる。


「フライング・スピッツよりペットショップ2へ」


 本部指令を受けて川崎かわさき穴橋あなはしエレクトロニクス扇島おうぎじまラボに向かっていた、卯月舞うづきまいのヴァルキュリス0022からの通信だった。


「10分後に到着予定。懸下物けんかぶつの切り離し準備願います」


 懸下物けんかぶつ


「なんだ……」

 それは、と入谷いりやが尋ねようとした途端に、今度は本部からの緊急割り込み通信が入った。


「次から次へと!」


「済まない。緊急事態なのだ」


 作戦課課長上原頼豪うえはららいごうの声だった。どうやら聞こえていたらしい。


「こちらブリーダー、よく聞け。G7首脳が乗り込む客船『芙蓉ふよう』が海上で襲撃を受ける可能性が高い」


「海上で?」


 どうやって、とき返そうとして、入谷いりやはあっと声を上げてしまう。そうだ、水陸両用軍事重機が行方不明なのだ。ニーチェ万歳だ。神は死んだ。


「沿岸警備隊を」

「依頼した。だがせいぜい装備は機銃一丁だ。まともに戦えん」

「海自は」

「間に合わん」

「出航を遅らせるわけには」

「要請はした。返事はない。滞りなく進むものとして対処しろとのことだ」

「東京湾底には常時哨戒の潜水艦がいるんじゃないのか」

「襲われるとすれば出航直後だ。水深が足りない。そもそも重機バスターとどうやって戦う。魚雷でも撃つつもりか?」

八方塞はっぽうふさがりじゃないか!」


 入谷いりやの悲鳴をじ伏せるように、上原うえはらが言った。


「切り札を運ばせた」

「切り札?」

「見ればわかる。そのままフライング・スピッツに、切り札と共に迎撃用のガードナー一機を運搬させろ」


「こちらフライング・スピッツ」


 まいがやはり緊急モードで割って入った。「それではヴァルキュリスの懸下けんか能力をオーバーします」


「ペットショップ1、フライング・ダックスは即応可能か」


「こちらフライング・ダックス」


 第二小隊のヴァルキュリス操縦者パイロット浅見弘一あさみこういちの太い声が響いた。


「現在突破トレーラー群およびドローン群迎撃のため空中待機中、どうぞ」


「フライング・ダックス、フライング・スピッツに合流してガードナーを運べ」


 数秒の沈黙が浅見あさみの葛藤を雄弁に伝えた。


「……そいつはヴァルキュリスで扱えないのですか」

「無理だ」


 浅見あさみの抵抗を上原うえはらはあっさり否定した。


「それができればやっている。ガードナーでなければ使えないのだ」


「待ってください! ではこちらの対応は!」


 今度は第一小隊隊長田村幹夫たむらみきおが叫んだ。もうコードネーム「グレートデン」を名乗る余裕もないようだ。


「残ったガードナーを合流させる。地上機だけで何とかしてくれ。そちらに向かっている奴等の目的は、間違いなく我々の足止めだ」


「残ったガードナーというは第二小隊の、ということですか」


 次は入谷いりやく。


「当然だ。他にいない」


「俺はどちらも嫌だ!」

 入谷いりやわめいた。

「空に吊られるのも、アイツに指示されるのもごめんだ!」


「どちらかを選べ。他に選択肢はない」

 上原うえはらが語気を強めて言った。


 しばらく下を向いていた高所恐怖症の入谷いりやは、やがて上を見上げると、零音一人れおんかずとの方を見もせずに言った。


「スヌーピー、遊覧飛行の準備だ!」

「あ、はい!」


 蹴飛ばされたように走り出す一人かずとを足音で確認した入谷いりやは、一転して落ち着いた声で上原うえはらいた。


「……ところで、そんな情報がどこから入って来たんです?」


「それは聞くな」

 上原うえはらは明らかに不機嫌な声で答えた。


「急げブルテリア! 敵が来る!」


 田村たむらの悲痛な声に、入谷いりやはテント中の人間がビクッとして振り向くような大声で返答した。


「うるせえよ!」


          ☆


 おりしもテントの外では、卯月舞うづきまいの操縦するヴァルキュリス0022が、ワイヤーで謎の物体を機体にぶら下げて戻ってきたところだった。今さらだが、アウター・バディには通しナンバーではなく主操縦者メインパイロットの識別ナンバーが割り振られているのである。継続使用によって不可避的に生じる機体の「クセ」を、SIMRUGHシムルグが蓄積して挙動にフィードバックする操縦データで補正するためである。


 技術主任の路地屋理佐ろじやりさは、長すぎる髪をローターが巻き起こす風に真横に流しながら、その物体を見つめた。


「……あれか……RR44ダブルアールヨンヨン。まさか本当に実用レベルになっていたとは」


 一見大型のライフル銃だが、銃身が異様に長い。その銃身も筒ではなく、上下に潰れた細長い箱のような形状をしている。そして銃床からは太いコードが伸びていて、それは一緒に懸下された鉄道コンテナほどの大きさの取手の付いた金属の箱に繋がっていた。箱の側面に「ANAHASHI/RR44」の文字が見える。


「あれはいったい……」

 それを見るために出てきた一人かずとが、思わず声を上げてく。


「携行型電磁加速銃RR44、いわゆるレールガン……いや、レールライフルよ」


「レールガン?」


 一人かずとは困惑の目を路地屋ろじやに向けた。


「なぜそんなものを」

「次世代兵器の筆頭だもの。我先にと密かに開発しているのは穴橋あなはしだけじゃないでしょうね。さすがにこれほど小型化が進んでいるとは思わなかったけれど」


 路地屋ろじやが常に持ち歩くタブレットには、送信元不明のRR44のスペックデータが送られてきていた。信用できる根拠はないが、乗ってみるしかない罠もある。少なくとも路地屋ろじやには、データに明らかな嘘は見つけられなかった。


「砲身に強力な電磁場を発生させて、弾丸を炸薬さくやくでは不可能な速度に加速する。ただし瞬間的に莫大ばくだいな電力を消費するから、大容量集中放電型バッテリーが必要。発射可能弾数は、一発」


「一発?」


「バッテリーを一瞬で使い切るのよ」


 一人かずとは泣きそうな顔になった。


「外したら終わりじゃないですか!」


「当てて」路地屋ろじやが冷たく言った。「大型破壊兵器が使えない以上、軍事用重機の装甲をピンポイントで破れる兵器は今のところこれしかないの」


「そんな……」


「じゃあ、外したらSIMRUGHシムルグのせい。それでいい?」


 それで済むものか、と一人かずとは奥歯を噛んだ。そうでなくてもヘリコプターに吊られた状態なんて、まるで射撃訓練の的だというのに。


「May The Force Be With You」


 路地屋ろじやはそう言うと、一人かずとの肩を叩いて歩き出した。


 祈ってくれるのは嬉しいが、それなら「あなたならできるわ」の方がまだマシだと一人かずとは思った。実際、ルーク・スカイウォーカーは一発目を外してるじゃないか。


 聞こえてくる爆音に空を見上げると、もう一機のヴァルキュリスが低空でこちらに向かってくるのが見えた。一人かずとは覚悟を決めて、というよりあきらめてガードナーに走る。目の前を入谷いりやのガードナー002が、時空を超えてきたターミネーターみたいに片膝をついた格好で、急加速のカーゴの荷台で運ばれていった。


 一人かずとはガードナー0011の装甲を登って操縦室に収まると、果たしてもう一度、生きてここから出れるだろうかと考えながらSIMRUGHシムルグを呼んだ。


〈作戦情報が更新されました。RR44ダブルアールヨンヨン操作ドライバ設定完了〉


 一人かずとは大きく息を吐いて、静かにPEGUSペガスシステムを起動させた。


「……テックセッター」


          ☆


 近隣住民の緊急避難を知らせるパトカーの絶叫とサイレンが、あちこちから十字砲火の如く聞こえてくる。大通りには出ないでください。幹線道路からなるべく遠い頑丈な建物に避難してください。車を使ってはいけません。落ち着いて行動してください。


 その中心、交通規制のかかった四谷よつや通りを進んできた四台のトレーラーが、路上で次々に停車すると、クラクションを合図に積載物が動いた。覆われた幌を払い、あるいは破ってその正体を現す。


 ブルドーザーベースに上半身を乗せた、片手は大型ダイヤモンドカッター、片手は油圧ブレーカーの破砕はさい用人型タンク。チェーンアンカー射出機を搭載した荒地踏破用四足歩行運搬車両、自在関節クレーンの先端にチェーンで鉄球を吊り下げた四輪衝撃解体車、そして前方に巨大なペンチのついたアーム、後方に大型リフトフォークを持つ鉄の恐竜を思わせる資材移動用ドーザー。


 それらが四谷よつや通りの道いっぱいに隊列を組んで向かってくるのを、第一小隊のガードナー0018の滝久明たきひさあきは見た。


「三機で四台を止めるんですか?」


 たきが不安げに訊くと、田村たむらは感情を殺した声で言った。


「いや、二機で四台だ」

「え?」

「おまえはドローンを撃ち落とせ、ウィペット」


 田村たむらたきのコードネームで冷徹に指示した。


「弾倉は持てるだけ待っているな」

「はい……」

「よし、巻き込まれないように下がれ。敵の標的はわからない。臨機応変に対応しろ」


「了解」

 と言うしかない。しかし、まとめて飛来する七機のドローンを全機撃墜できるとはとうてい思えない。しかもこれまでの例なら、ドローンには焼夷しょうい爆弾が搭載されている可能性が高い。こんな市街地の真ん中で、下手に撃ち落とせば辺りは火の海だ。なるべくなら道路上に落下させるように……そんなことが可能だろうか。無理だ。即答だ。それにドローンの目標は我々とは限らない。もし迎賓館げいひんかんや議事堂や、よもや高空を通過して皇居こうきょを狙っていたならば!


 たきはポリマースーツの下に冷たい汗が噴き出すのを感じた。


「まるで妖怪大進撃だな」


 駆けつけたトレーラー「ケージ1」から飛び降りたガードナー002の入谷いりやが言った。


「ケージ1、ウィペットを乗せてやれ。その方が移動は早い」


「ふん」と田村たむらが鼻を鳴らした。「勝手に指示を出すな、ブルテリア。おまえはあくまでも穴埋めだ」


「俺が指示したのはウチのケージ1だ。お宅の隊員には何も言ってねえ」

「屁理屈を」


 たきはケージ1の荷台に片膝をついて乗り込み、車両をUターンさせながら、この人たちをこのまま置いていって大丈夫なのだろうかと心底不安になった。



 22 共闘


「作業急げ!」


 着陸したヴァルキュリス0022の懸下けんかワイヤーの一本を浅見あさみの乗る0015につなぎ換え、その両端をガードナー0011に固定する作業が大急ぎで進む。そもそもガードナーは吊られるようにはできていないので、頭上で結束してから先端に輪を作って腕の付け根に通すという簡易的なものだ。ガードナーは離れて飛ぶ二機のヴァルキュリスにブランコのようにぶら下がることになる。


「ワイヤーに余裕があってまだよかった。これでもかなり危ないがな……そこ、強度大丈夫か!」


 インカムを付けた整備主任五位久作ごいきゅうさくが的確に指示を飛ばす様子を、零音一人れおんかずとはコックピットのモニター越しに見ていた。


「大丈夫なんですよね?」

「さあな。やれるだけやるだけだ」


 聞かなければよかったと思いながら、一人かずとは長銃身のライフルを両手で持ち上げて構えてみる。


「……重いな」


「気のせい」

 思わず呟くと、すぐさま路地屋理佐ろじやりさが否定した。


PEGUSペガス経由で重さが伝わるわけないでしょう」

「でも重いんですよ」

「視覚から来る錯覚ね」


 言いながら、路地屋ろじやはあり得ない話ではないなと思う。彼女はもちろんPEGUSペガスSIMRUGHシムルグのシステム構成を完全に理解しているわけではない。学習したSIMRUGHシムルグが、機体の負荷を PEGUSペガスのコントロール装置にフィードバックさせている可能性もある。


(だとしたら、いったい何を作ろうとしているんだか……)


 確かに操作はより直感的にはなるだろうが。それは人と機械の境界線がより曖昧になることでもある。路地屋ろじやはいわゆるサイバネティクスに本質的な懐疑を持っていた。物語の中とはいえ、人と機械が融合した世界は、たいていディストピアだ。


(……きのえなら……ま、知ってても教えてくれるわけないか)


 それにしても、さっきから卯月舞うづきまい浅見弘一あさみこういちの通信がない。確認事項は山ほどあるはずなのに。


「この蓄電ボックスはどうすれば」


 一人かずとくと、浅見あさみがすぐに返答した。


「俺が持とう」

「持つ?」


「アウター・バディモード」

 浅見あさみが言うと、ヴァルキュリス0018は地上で変形しながら立ち上がって人型となった。機構上、自動的に両手に持っている大型機銃を地面に置き、蓄電ボックスを持ち上げて両手で抱えた。


「地上でも変われるのか」


 一人かずとが感心すると、路地屋ろじやが気のなさそうな声で言った。


「機械メーカーってのはいろんな機能を付けたがるのよ」


「作業完了!」

 後者作業車の整備員がガードナーから離れながら叫んだ。


「お願いします」

 一人かずとは左右の操縦者パイロットに言ったつもりだったが、返事はなかった。その代わりに両機の交差反転式ツインローターが唸りを上げて回転を始めた。巡航クルーズモードの0022とアウター・バディモードの0015に続いて、一人かずとのガードナーが装甲をきしませながら宙に浮いた。


〈現在高度20…30…〉


 一人かずとSIMRUGHシムルグに言った。

「そんなことは教えてくれなくていいよ」


 まい浅見あさみの通信回線はオンライン表示になっているが、相変わらず無言だった。仕方なく、一人かずとは言う。


「ビーグルスカウト、出撃します!」


 そして思う。「フライング」はわかる。なぜ自分だけ「スカウト」が付いているんだろう?


          ☆


 田村たむら入谷いりやのガードナー、001と002が並んでハンドガンを構える。


 先頭に進んでくるのは四足歩行運搬車両と資材移動用ドーザー。


〈状況を確認。第三レベル戦闘モードに移行。正面の重機四機を目標に設定しました〉


 両機のSIMRUGHシムルグが同時にロックオンを知らせた。


「止まれ! これ以上近づけば撃つ!」


 肩のスピーカーを開いた田村たむらが警告した。


「止まるわけがないよなあ」


 入谷いりやが間の抜けた口調で言った。


「気をつけろ、無策で突っ込んでくるとは思えない」

「無策なのはこっちの方だろうがよ、グレートデンさん」


 田村たむらが威嚇で撃った弾丸が、ドーザーのブレードに当たって高い音を響かせた。


「002が殺しの番号だったら、迷わず操縦席コクピットを撃つんだが」


 入谷いりやが言うと、珍しく田村たむらが同意した。


「そうしていいならとっくにやっている!」


 と、ガシャガシャと四本足を動かしながら前を走る運搬車両が、荷台前方の機構から何かを発射した。いきなり車体の姿が白煙で包まれたかと思うと、次の瞬間、チェーンに繋がれた物体が宙を走って田村たむらのガードナーを襲う。山間地などで崖の登攀とうはん補助に使われる鉤爪かぎづめアンカーだった。


 田村たむらは反射的に上半身を半身にしたが、重いアンカーが左肩のシールドを直撃、ガードナー001は一瞬衝撃で足を浮かせながら後ろに倒れた。


「言わんこっちゃねえ!」


 入谷いりやは反動で弛んだチェーンを左手で掴んで腕に巻き付けた。力づくで四足運搬車両を引き倒そうとする。だが建設重機はパワーが取り柄だ。ジリジリと引きずられてしまう。


「色男、金と力はなかりけり、ってなあ!」


 入谷いりやは手元のチェーンにハンドガンの銃口を当てて撃つ。チェーンが千切れて、バランスを崩した四足車両は勢いよく後ろに倒れた。その底面の、剥き出しの駆動機構に向けて、入谷いりやは立て続けに二発銃弾をぶち込んだ。燃料タンクが火を噴いて四足車両は沈黙した。


「弾丸を無駄にするな」

 ようやく起き上がった田村たむらが言った。


頭部機銃ヘッドガンで十分だろう」


「嫌いなんだよ」と入谷いりやは答える。「引き金を引かないと撃った気がしねえ」


 言いながら左手に巻きついたままのチェーンの残骸を投げ捨てた瞬間、目の前に迫っていた鉄の恐竜の頭部、巨大なペンチがくわっと口を開けたかと思うと、一気に首を伸ばしてその左手に噛みついた。


「しまった!」


 装甲が軋み、砕ける音が聞こえた。


〈左下腕装甲破損。駆動機構損傷。可動率……〉


 と、SIMRUGHシムルグが言い終わらないうちに、ドーザーはその場で車体上部を急速回転させた。入谷いりやのガードナーは恐るべき力で左腕を引っ張られて宙に浮く。捻れた左肘が断末魔の悲鳴を上げ、投げ飛ばされた機体は道路脇のビル壁に逆さまになって激突した。SIMRUGHシムルグが早口でダメージを列挙する。


〈左肘関節破砕。左手可動率0%。シールド脱落。左腕給油機構停止……〉


 一方、田村たむらのガードナーはドーザー後部のフォークに足元をすくわれて再び転倒した。


「くそっ!」


 倒れ込みながら、田村たむらはドーザーの側面にハンドガンを撃つ。一発。二発。オレンジ色の車体に穴が開き、三発目でようやく上部の回転が停止した。操縦者パイロットが運転席のドアを開けて慌てて逃げ出すのが見えた。


「……人のことは言えねえじゃねえか」


 ふらふらと立ち上がるガードナー002の入谷いりやが言った。


「大丈夫か、ブルテリア」


〈左肘部破損、左手作動不能です〉


 入谷いりやSIMRUGHシムルグが冷静に告げた。


「腕の一本くらいくれてやらあ」


 見ると、入谷いりやのガードナーは左腕のひじが完全に壊れて、かろうじてぶら下がっている状態だった。


「問題は元々二本しかねえことだ」


 その入谷いりやを、今度はクレーンを振り回す解体車の鉄球が襲う。咄嗟に身を屈めたガードナー002の頭上をかすめて、重さ3トンの鉄球が空を切った。


 田村たむらは正面、沈黙した二台の間を抜けて迫る破砕はさい用人型タンクを止めようとハンドガンを構えた。その左脚に鉄球が直撃する。死角からの衝撃に何が起きたのか理解できないまま、田村たむらのガードナー001は弾き飛ばされた。反対側のビルに叩きつけられた001の左脚は、外側に向かって無惨に曲がっていた。


「何回倒れりゃ気が済むんだ! コントじゃねえか!」


 言いながら入谷いりやはハンドガンを解体車に向けた。が、その右手は空だった。投げ飛ばされた時に落としてしまったらしい。


「俺もコントかよ!」


 悲痛な叫びを上げて解体車に対峙する。


「警棒! ロング!」


 既に学習している入谷いりやSIMRUGHシムルグは、ほぼ自動制御でガードナーの右腕を動かして、バックパックから電磁衝撃警棒スタンロッドつかみ出した。


「姓は丹下たんげ、名は左膳さぜん!」


 田村たむらが何も言ってこないのを不審に思った入谷いりやが横を見ると、ガードナー001はビルの壁に寄りかかったまま動きを止めていた。


「おいグレートデン! 田村たむら! アホ!」


 呼びかけても返事はない。スクリーン下のオンラインモニターアイコンには、ヘッドセットが外れたまま首を傾げて目を閉じている田村たむらの顔が映し出されていた。


〈001、生体状態グレー。意識混濁と推測〉


 入谷いりやはため息をついた。


「こんなに面白くねえコントは初めてだ」


          ☆


 第一小隊滝久明たきひさあきが乗るガードナー0018のスクリーンには、簡易地図上に衛星経由で送信されるドローンの位置が表示されていた。その数、七機。


 たきはそのドローン群の進行方向に先回りしてハンドガンを空に向けている。


 結局迎賓館げいひんかん前庭まで戻るしかなかった。林立するビルのせいで、途中の道路上は死角が多すぎるのだ。手前は公園、周囲には緑も多い。ここならば、上手くすれば建物の少ない区画に落下させられるかもしれない。


 大勢残っているはずの政府職員や報道関係者は既に退避を終えたらしく、辺りは都会の真ん中とは思えないほどしんとしていた。人の姿が見えるのは第一小隊の臨時指揮所、上智じょうち大学真田堀さなだぼり運動場だけだ。テントの脇には消防車が数台待機していた。


(指揮所を狙ってくる可能性もある)


 たきは思ったが、背後は政治経済の中心地域である。どこが狙われてもおかしくない。そしてどこが攻撃されてもダメージは尋常じゃない。だが真後ろには国会議事堂、さらには霞ヶ関かすみがせきが控えているのだ。国の中枢への攻撃と仮定するなら、ここを迎撃地点にするしかない。


「こちらJA18MP」


 緊急発進した警視庁のテロ対策用ヘリコプターから通信が入る。


「飛行物体七機、自爆型ドローンと確認」

「こちらANCLEアンクル司令部。了解した。直ちに空域を離脱されたし」

「JA18MP、了解」


「こんなロボットを作るより、空中でドローンを捕獲する網とかを開発した方が遥かに役に立つんじゃないか」


 たきは緊張に耐えられずにそんなことを呟いたが、聞いている者は当然全員それを無視した。001、002との通信はマニュアルでオフにした。これ以上余計な状況を認識したらパニックを起こしそうだった。


 沈黙していたSIMRUGHシムルグが唐突に告げた。


〈目標群、距離200〉


 来た。


 その時だった。


〈目標群、分散。うち三機、4時方向に変針します〉


「しまった!」


 たきはスクリーンを見た。進路を変えた四機の進行方向には、皇居と、そして北の丸公園には第一機動隊駐屯地、すなわちANCLEアンクル本部があるのだ。


「ウィペットよりケンネル、直ちに防空体制を!」


 たきは叫んだが、そんなものがないことは当然承知していた。先の新有明島しんありあけじま襲撃事件の教訓は「そのためのヴァルキュリス」という言い訳に飲み込まれてしまっていたのだった。

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