第12話 Episode2-7 東京頂上決戦《結》
特装機警ANCLE12
23 迎撃
第二小隊隊長、なのだが今は第一小隊の応援に入らされた
こんな喜劇があるだろうか。ある。それが今だ。なんという
「いや、面白えじゃねえか!」
そうだ、世界は俺を試しているのだ。やれるものならやってみろとほくそ笑んでいるのだ。ああ、やってやろうじゃないか。なめんなよ。
再び勢いをつけて一回転してくる鉄球を、打って変わった素早いバックステップで避けると、距離を取っている人型破砕機に突進する。鉄球クレーンが回転している間は近くに寄れないのだ。馬鹿め。パートナーを選ばないとそういうチグハグなことになるのだ。今の俺と同じだ。
人型破砕機は慌てたように、右手の円盤カッターを回転させながら前に突き出してきた。
〈左上腕装甲破損。内部駆動機構破損〉
「必殺! ロッドコレダーァァァ!」
衝撃によって発生した500万Vの高圧電流が機体を駆け巡り、人型
「最後は貴様だ!」
「ロケットパアァンンチ! 手動!」
激突した左腕が
「速射破壊銃! もとい、頭部機銃!」
「全弾掃射!」
機銃が火を吹き、
〈目標沈黙。武装消失。戦闘不能です〉
「うるせえよ」と
☆
人間、やれることは限られているのだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。
「
〈表示します〉
スクリーンの簡易地図上に、ドローンの位置を示す赤い点とはべつに、落下予測地域を表す青い円が現れた。
〈表示円内への落下確率82%。現状データでは限界です〉
「十分だよ」
僕には世界を救うことなどできない。だが、僕に救えるものはなんとしてでも救うのだ。そのためには棺桶にだって乗り込む。
「
スクリーンの表示の奥、実景の空に四つの黒い点がはっきりと見える。
「ひとつ!」
ハンドガンの引き金を絞ると、全弾を連射した。目標は空中で爆発して、炎の球となって落下した。落下地点は四谷通り路上。
〈目標1、消失〉
(ダメだ……これでは間に合わない)
「
〈頭部機銃、目標3に固定〉
「ハンドガンと同時に掃射……ふたつ!」
炎の筋を引いて無数の弾丸が頭部と手元から空へ飛び、立て続けに二つの爆発が起こった。炎上する残骸の一つは公園に、もう一つはガードナーの頭上を掠めて背後の緑地帯に消えた。待機していた消防車がサイレンを鳴らして走り出す。
最後の一機がスピードを上げて上空を通過した。再装填の暇はない。
「
再び、今度は炎の筋が逃げる目標を追う。
(頼む! 間に合え!)
スクリーンの残段表示が「0」を示した一秒後、遠ざかる点が大きな火球になった。ゆっくりと落ちていった先は道路を挟んだ木立の奥、ホテル・ニューオータニの大駐車場。
やれることはやった。だが……。
やりきったという気分からはほど遠かった。願わくば……。
☆
しかし、
どうやら間に合ったようだ。検問所で目隠しを施した車両な不審を抱いたらしいよくわかっていない警察官が、
複数の回線から聞こえてくる無線連絡を驚異的な処理能力で聞き分けながら、
(やはりついでにここを叩きに来たか……素人め。部隊は分散、火力は集中が基本中の基本だ)
軽く余裕の笑みを浮かべながら、コンソールの装置に五つ並んだボタンを、時間差を置いて三つ押した。ロケットランチャーは方向と角度を修正しながら、車体を隠すほどの白煙と共に三発の
煙の奥ですぐさま閃光が三回走り、モニター上の赤い点が順番に消滅した。左手の堀の水面に一機の残骸が落下して、派手な着水音を響かせた。一機は北の丸公園の手前、もう一機は武道館の辺りに落ちたようだった。いずれにしろ民間施設に被害がなければ御の字だった。
「ボルゾイからケンネルへ」
「ドローン全機撃墜に成功。落下地点に火災発生の恐れあり、至急対応願う。以上」
さて……。
問題はメインイベントだった。
もししくじった場合は、歴史が変わる可能性すらある。
そう考える
ただひとつ、考えようによっては救いなのが、その引き金を引くのが他ならぬ
神は、いるのかもしれなかった。
24 神撃
飛行はようやく安定した。
アウター・バディモード時のヴァルキュリスは、
「出航予定三分前です。速度を5%上げます」
ヴァルキュリス0022の
(最後まで口を利かないつもりじゃないだろうな)
「まず我々が狙われる可能性はありませんか」
「『
「つまり、やられる前にやる、しかないということか……」
「そういうことだ、士長」
自分だってそうじゃないか、と
「本当に出航直後に来るんだろうか」
「おそらく」
一人の
「海保も海自も動き始めた。相手も当然予測しているだろう。帰港まで待っていては面倒なことになる。それにスレイプニルのスペックでは長時間の航行もできなければ、水圧にも対応できない」
確かに、水中を自由に動き回れるような形状ではなかったなと
潜んでいるとすれば、どこだ。どこから来る。
船が見えてきた。
風が出てきた。
わずかに波立つ海面が水中の視認を困難にしている。
「
〈赤外線センサーカメラ、作動します〉
視界が一瞬で青と紺と黒の抽象画に変わった。そのところどころにオレンジ色の塊が見える。たとえば『
海面は、ほぼ青い。
そして、当然のことながら、広い。
スレイプニルが急速浮上してきたとして、確認してから対応するだけの余裕は、どう考えても、ない。
来るとすればどこからだ。
周辺の陸上では発見できなかった。東京湾の沿岸施設に至ってはしらみ潰しに捜索している。移動させるにも目立ちすぎる。
だが、ガードナー002の警棒に砲口を塞がれたまま逃走している。修理点検は行ったはずだ。仮に近隣のドックを使ったとして、いったいどこに隠す。もっとも発見されにくい場所……。
それは「一度捜索した後の水中」ではないのか。
『
賭けだが、賭けなければ成功はない。
「ビーグルスカウト、この位置をキープする」
「いえ」と
「根拠は」
「そう思うからです」
「……いいだろう」
少しの沈黙をおいて、
☆
「おまえがそう思うなら」
「結果的に間違っていても、それは正しい」
いつのことだろう。何のことだろう。きっと何かわがままでも言ったのに違いない。
父親の記憶は僅かな断片しかない。普段はすっかり忘れている。思い出そうとしても何一つ思い出せないこともある。
(こんな時に思い出すのか……)
☆
「
〈
☆
「上手くいくと思っていても、失敗する時は失敗する。でもな、失敗するかもしれないと思っていると、たいていは失敗するんだ」
今時精神論は流行らないぜ、父さん。
☆
スレイプニルの砲手席に座るルギアニア人、ハリル・バッシャールは高揚感を抑えきれずにいた。操縦席のアプドゥルラザク・イルハームが終始冷静であることが信じられないほどであった。
彼らはルギアニア正規軍の軍人として、尊敬と憧憬を集める存在であった、はずだった。ところがある日、反政府軍によるクーデターが成功すると、突然戦争犯罪者の汚名を着せられ、投獄かゲリラとしての抵抗かの選択を迫られることになった。そして、反政府軍を支援し、武器や資金を供与していたのが西側諸国なのだった。
仲間が大勢死んだ。家族も死んだ。友人も死んだ。バッシャールの生きる目的は復讐だけになった。そんな時、戦場で東洋人に声をかけられた。莫大な報酬、そんなものはいらない。くれるというなら受け取るが、あくまでも二の次だった。
スレイプニルを強奪する。倉庫を爆破して逃げる。軍の奴らを始末できなかったのは心残りだが、どうせ裏切り者のクズだ。ろくな人生を歩むまい。浮きドックまで重機を運ぶ。そして「元の場所」に戻り、交代で海底のスレイプニルを守る。燃料と食料、エタアンクの補充、廃棄物の回収は夜中。二十四時間狭い機内で過ごすのはかなり参るが、いつ銃弾が飛んでくるかわからない前線に比べたら天国に近い。
雇い主はわからない。どこの誰かも目的にも興味はない。
「こんなに都合のいいことが続くわけがない」とイルハームは言う。「神は苦難を与える。幸運を与えるのは悪魔だ。だが、最後に我々を救ってくださるのは神だ」
イルハームが口を開くのは、神について話す時だけだ。とうに信仰を捨ててしまったバッシャールは、肯定も否定もせずに聞き流すしかない。
イルハームは頭に銃弾を受けて死にかけて以来、感情というものを失ってしまったようだ。それでもこの国にやって来たのは、自分から「自分」を奪った連中を殺せば、ひょっとしたら「自分」が取り戻せると思っているのかもしれない。もちろんそんなことはないだろう。失ったものは戻って来ない。失わせた者から同じように何かを奪うしかないのだ。
「時間だ、イルハーム」
バッシャールは操縦席の相棒に言った。予定時刻に出航の連絡が入っている。あとは浮上して、とっておきの砲弾をぶち込んでやるだけだ。
イルハームが無言で操縦桿を引き、ペダルを踏み込むと、機体両脇の内蔵バラストタンクから強制的に海水が排出され、底部のスクリューが回転して脚が海底を離れた。
三十秒ほどで機体の上部が海面から顔を出した。細長い視認窓に、大型客船が真正面に見えた。
「とっととやっちまおう」
バッシャールは興奮気味に言いながら、砲身の防水弁を解放した。照準器を覗き込むと、丸く切り取られた世界の中心、目盛の付いた十字線の交点に船影を置く。
その時だった。
自身と客船との中間に、空からわけのわからない影が降りてくるのをバッシャールは見た。照準器のピントが自動的にその影に合い、ぼんやりしていたディテールがはっきりとした映像に収斂して目に飛び込んできた。人型。ロボットだ。その色と形に見覚えがあった。だがそいつは、見覚えのない物を手に持っていた。いや、構えていた。その異様に長い何かの先端がこちらを向いていることに気づいた瞬間、イルハームが言った。
「だから言っただろう」
☆
スレイプニルはゆっくりと沈み始めた。乗組員が脱出する気配はなかった。既に脱出可能な状態ですらなかった。
ガードナー0011は射撃の反動で振り子のように大きく後方に揺れた。その重量に引っ張られて、ヴァルキュリス同士のローターが接触しかける。
そのタイミングでその後方に振られたガードナーが戻ってきた。急激なベクトル変化に
「しまっ……!」
「ライフルを捨てろっ!」
叫んだ
「全速!」
「最悪、ガードナーを切り離せ!」
「えっ?」
〈左肩関節負荷増大。危険です〉
「言われなくてもわかる!」
「……すみません」
消え入りそうな声で
「おまえのせいじゃない」
「よく立て直した。並の
「先輩のおかげです」
「やめろ。こんなところで勝手に落っこちられちゃあ、俺が納得いかないだけだ」
「あの……」
おずおずと
「すいませんが、いったん陸地に降りてもらえませんか……吐きそうなんです」
☆
「……私だ。直ちにプロトコルAを発動しろ……そうだ、自殺ということだ。証拠は多いほどいい。抜かりなく頼む」
内閣総理大臣政務秘書官
まあ、いいだろう。
(だから結婚など反対したんだが……)
前を走っていた大型トラックが赤信号で停まった。車間を詰めてブレーキを踏んだ
(俺もただの駒か……)
(Continue to Episode3)
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