第15話 四月の花見。

4月のよく晴れた土曜日の昼間。

まだ肌寒い中、俺達はお花見をした。

結局引っ込みがつかなくなった。


断ろうにも「あぁ?楽しみにしてたんだから雷雨でもやんぞ!」と意気込む鷲雄さんに何も言えず、「ローストビーフ!私が作るから食べてね!」と研究を始めた貴子さんに何も言えなかった。


もう断れなかった。



今回の龍輝さんは最終的にイエローカード扱いで「次はない」と貴子さんから言われて罰の一環で未だに「アンタ」と呼ばれている。

父さんに聞きたいが聞けないので推察だが、名前で呼んで貰えない事は相当キツいらしい。龍輝さんは老けた気がする。



あの後、簡単な事の経緯を話すと、麗華さんの噂話に関しては「叩いていいニュース」から「叩けないニュース」になった上に成績優秀な刈田は女を騙して大学生の兄貴に渡していたらしい、赤井の奴は童貞捨てたくて一万払った上に中一の男の子を病院送りにしたバカという新たな叩いていいニュースが手に入って終わった。


結局学校は「学校外での出来事ではあるが在校生の起こした痛ましい事件」として取り扱って保護者会を開き、春休みのお知らせには例年の案内と違い「外出時は親にキチンと言う事」という一文と「スマートフォンを持っていても圏外や相手に奪われるケースもあるから過信しない事」という説明が追加されていた。


他にも水面下で被害者達が名乗りをあげていて加害者達は引っ越すかも知れないらしい。

そういえばあの三馬鹿をあの日以来学校で見ていない。

まあ事件になれば大学の名前も出るので、その前に辞めてもらったとかそこら辺かも知れない。



そして意味不明だが俺は女子中学生人気が高まったと麗華さんから聞いた。

イカつい龍輝さんと鷲雄さんを付き従えて学校に乗り込み担任達を論破して貴子さんと麗華さんを両脇に歩かせて帰って行ったヤバい大学生。そう言われていると教えられた。


噂の払拭が目的だったのに少し想像と違う結果に驚いたが、まあ俺の家は駅向こうなのでそんなに問題はない。



俺は3月の間に麗華さんからひとつ質問をされた。


「正宗から聞いたけど薫くんは彼女つくらないの?」

「うん。よくわからないからね」


なんというか俺は麗華さんに自分と似た気配を感じていて「なんで?知りたい?」と言われたので勉強を教えるついでに答えた。


そして元々父さんと母さんの歪な仲を見てきて恋愛に興味が持てない事、今のラブラブではなく、元々の寒々しい夫婦になるなら独りがいいかもと思っていると説明をした。

それを聞いていた貴子さんは「難しいよね。私も子供の頃に結婚しても旦那がガサツって言われていたら1人を選ぶもん」と口を挟み、麗華さんは「私も薫くんの考えわかるかも。やだよね」と言った。


ここで麗華さんの質問は終わらずに「じゃあ薫くんは彼女居ないの?居た事もないの?」と聞かれる。俺は普通に「ないよ」と答えた。


「告白とかは?した事は?」

「ないよ」


「された事は?」

俺は困ったけど過去の話だし「あるよ」と答えた。


食い気味に「いつ?どんな子!?」と聞かれたので「父さん達に言わない?」と確認をとってから「今の麗華さんくらいの時にクラスの子、近所に住んでいる子だから父さん達も知ってる子」と言った。


「もっと知りたい!なんて断ったの?」

「…気持ち悪いって言ったんだ。アレは良くなかったよね」


恥ずかしい失敗なので照れるように言うと貴子さんと麗華さんは「意外、薫くんってそんな事言うんだ」「本当、紳士のイメージなのに」と驚いてしまう。


「それは言い過ぎだよ。それに気持ち悪いは少し違うんだ。その子は告白をしてくれた後で「同じ高校に行きたい」って言ってくれたけど、高校をそんなに簡単に選べる事も気持ち悪かったし、俺が父さんと母さんみたいになる事を考えたら気持ち悪かったんだ。気づいたらそれが口から出てたよ」

俺の説明に納得をした貴子さんと麗華さんは「成る程」と言っていた。


「後は、今回それのおかげかな。昔父さんはそれで相手の子を泣かせてしまった事を話した時、「謝るなら早い方がいい。手遅れになると大変だからね」と言ってくれてすぐに行動をしてくれたんだ」

この説明に貴子さんは「昴ちゃんらしい、真面目で優しいね」と言っていた。



その後で貴子さんは麗華さんに謝って、「まだわかんないけどもしかしたらお父さんとは離婚するかも知れない」と言った。

驚く俺に貴子さんは「薫くんが居てくれるからこの程度で済んでるんだよ。じゃなかったらきっとあの夏の日に突き飛ばされた所から険悪になっていて今頃別れていたよ」と言ってくれた。


これに関しては俺は何も出来ないから見守ることしかできない。


「それって、今までと違ってお母さんが仕事に行って、私達はこの家から出て行って2人で暮らして、私も家の事を手伝って、お父さんみたいに稼げないから貧乏になる奴だよね。ご飯のおかずが減ったり、スマホがオンボロになったり」

「そうだね。高校も私立はダメだろうね」


麗華さんは俺と貴子さんと目の前の問題集を見て「うん…いいよ。わかった」と言う。


麗華さんはそのまま「でもとりあえず明日離婚してとかそんな事は言わない。薫くんがこっちにいる間は今のままがいいや」と言うと貴子さんは「…麗華…」と言って心配そうに麗華さんを見る。


貴子さんはあの「どんな手を使った?」発言がどうにも許せないし、傷つけられた麗華さんが龍輝さんを許せるはずがない、離婚して欲しいと思っているだろうと後で俺に話してくれた。


麗華さんは「ほら、それなら私の高校卒業と薫くんの卒業も一緒だしね」と言うと貴子さんは申し訳なさそうに「…うん。ありがとう」と言う。

確かに麗華さんが高校を出て働いて貴子さんと麗華さんの2人で頑張れば安定した十分な生活は出来ると思う。



その晩、貴子さんは「話がある」と龍輝さんに持ちかけてイエローカードの話と次がない事をキチンと言ったらしい。

最初は、あの日以来変わらずに怒っている貴子さんからの「話がある」だったので一発離婚を恐れた龍輝さんだったがイエローカード止まりだった事に胸を撫で下ろしていたそうだ。




今年の桜は綺麗だと思う。

そう思えるのは俺の中で何かが変わった証拠かも知れない。


「あ!昴ちゃん!!こっちこっち!」

貴子さんの声にハッとなると父さんと母さんが大荷物で来ていた。


父さんと母さんは今回の顛末に呆れたり俺を怒ったりした後で「やっぱり薫は凄いね。俺と美空さんの仲も取り持ったし凄い。薫は凄い」と褒めてくれた。


そして話の流れで決まったお花見会場に来た父さんは懲りずに「亀川のお母さん、ひばりさん、お正月はお世話になりました。いつも薫がすみません」と言いながらカステラを渡し、「先日はすみませんでした」と言って鷲雄さんと貴子さんのお父さん達男性陣に先日のお酒とは違うお酒を渡し「すみませんね昴ちゃんさん!」と喜ばれていた。


そして子供達には「はい。今回は外だからゼリーにしたよ」と渡した後で「亀川、亀川はいちご大福だよ。今度はうちの近くのやつ。口に合うと嬉しいな」と渡すと貴子さんは「ありがとう昴ちゃん!全部食べていい?」と喜び「え?独り占めするの?」と言った後で父さんはニコニコ笑って「美空さんの言う通りだね」と言うと母さんが、「はい。大丈夫よ貴子さん」と言ってもうひと箱いちご大福を出してきた。


「これは皆さんの分ね」

「敵わないなぁ」


こうして始まったお花見で鷲雄さんが父さんに「毎回こんな持ってきてもらったらお金がかかって悪いですぜ。交通費もバカにならないってのに」と言うと「いえいえ、亀川や皆さんが薫のご飯を助けてくださってるので浮いた分で買ってきてますから気にしないでください」と父さんが返す。


そしてご馳走を食べていると「昴ちゃん!このローストビーフ作ったんだよ!」と貴子さんが持ってきて「薫が頼んだの?」と父さんが俺をジト目で見る。


「ううん。いつもお世話になっているからお礼にお腹いっぱいお肉食べてもらおうと思って作ったんだよ」

貴子さんの返事に父さんは「いつもありがとう亀川。亀川が居てくれるから俺達は薫を安心して送り出せているよ」と言ってお礼を言う。


この言葉で貴子さんはこの日の最高の笑顔を見せた。

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