第5話 お母さんの笑顔。
そして7月の連休。
お父さんは自らの嫉妬でお母さんに奇跡を与えた。
夕飯の買い物に出かけたお母さんとお父さん。
お父さんはガサツでガタイがいいのに案外甘えん坊でお母さんに付き纏う。
そして「連休だから外食しようぜ」と持ちかけていた。
だがお母さんは外食に行けば寝るのが遅くなるし、お父さんのワガママに付き合うと少しでもお母さんにいい格好がしたくて郊外までドライブがてらの外食になるし、ガサツなので店員さんへの気遣いもない。その度に謝るのはお母さんなので嫌がったら「お前は俺と麗華の家族だぞ!なんだ!?また昔の男か!」と商店街のど真ん中で始まったらしい。
子供かよ。
そう思ってしまったがお父さんは公衆の面前でお母さんを突き飛ばして私とご飯に行くと帰った。私はお父さんと2人ご飯ならスナック菓子でいいから家に居たい。
最悪断食もOKだ。
だから帰ってきたお父さんには「やだ。3人なら行くけど2人は無理」と言ってお母さんの帰宅を待ったら何時間しても帰ってこない。
数時間して来たのは鷲雄叔父さんとお爺ちゃん。
鷲雄叔父さんは出会って秒でお父さんをボコボコに殴りながら「テメェ!何貴子の事を突き飛ばしてんだコラ!」と言い「麗華!貴子は帰ってこねえ。悪いが出前だ!俺と親父と龍輝とお前だ!好きなもん頼め!」と言われて町中華で豪遊した。
お父さんが何遍お母さんの事を聞いても鷲雄叔父さんは答えなかった。
私は翌朝知ったが、お父さんに突き飛ばされたお母さんを助けたのは初恋の人の息子さんだった。
なんでもそっくりで、お母さんは初恋の人と間違えてしまったらしい。
そしてお母さんとの馴れ初めを聞いて、お母さんに初恋の人の話を聞いて貰って2人は20年ぶりに電話をしていた。
翌朝、私は鷲雄叔父さんに連れられて亀川のお家に向かう。
お父さんは「頭冷やせ馬鹿野郎!」と鷲雄叔父さんに怒られて家に居残っていた。
私はこの日を忘れない。
今まで見てきたお母さんの笑顔は笑顔じゃなかった。
私は生まれて初めてお母さんの笑顔を見た。
言葉を失う私に鷲雄叔父さんは涙声で「へっ、やっぱり貴子はこうじゃねえとな」と言って「あれがお前の母さんの本当の笑顔だよ」と言った。
そしてお母さんは暴れていた。
暴れて「ひばり!化粧道具足りない!貸して!」とやっていた。
「お母さん?どうしたの?」
「あ!麗華!おはよう!ごめん!お母さん急いでんの!駅まで行くんだけど時間無いの!」
「何やってんだ貴子?」
「鷲雄!車!って言っても駅は歩きのが早いか……あー!早くしなきゃ!」
「ほら、お姉ちゃんスマホ鳴ってるよ?画面は薫くんだよ」
「え!?薫くん!?なんだろう!?」
お母さんが話にならないのでひばりおばさんに聞いたら初恋の人の息子さんのお陰で初恋の人と電話ができただけじゃなくて今から会えないかと初恋の人の奥さんから申し込まれたらしくてお母さんは暴走していた。
私はどうしてもお母さんの初恋の人に会ってみたかった。
なので忙しいのに「お母さん!私も行く!いいでしょ!お願い!!」と頼み込んだ。
困った顔のお母さんは「えぇ!?アンタも?」と言った後数秒考えて「…んー…いいか!じゃあ髪とかして!行くよ!」と言ってくれた。
「貴子ー、大通りまで乗るか?」
「いいの!?鷲雄ありがとう!!」
こうして約束の3分前に着いたお母さんは改札で今か今かとその「昴ちゃんさん」を待った。
私の髪をひばりおばさんがとかしてくれた時、「お姉ちゃんの初恋の人は昴さん。でも呼ぶ時は昴ちゃんさんだからね」と教えてくれた。「昴ちゃんさん」なのは、昨日は嬉しくて封印していた名前呼びをしてしまったらしく、最終的には息子さんとあだ名にしましょうと言う話になっていたらしい。
「お母さん変じゃない?ブスくない?」
「いつもより綺麗だよ?笑顔も輝いてるよ?てか笑顔以外も輝いてるけど…」
そう言っているとお母さんが「あ…昴ちゃんだ…」と小さく言った。
お母さんの視線の先には大学生くらいの男の人と腕を組んでいる夫婦がいた。でも小さすぎてよくわかんない。
それなのにお母さんは「昴ちゃんだ」「昴ちゃん」と言って泣きかけていた。
そんなお母さんを初めて見た。
「お母さん、泣くとお化粧死ぬよ?」
「わ…ヤバっ」
そうして再会したお母さんは泣いて喜んで笑って握手をしていた。
帰りにお父さんがお母さんを迎えに来て、私はすぐに警察を探したしスマホは「110」を押す用意が出来ていた。
だがお母さんの初恋の「昴ちゃんさん」はお父さんを軽くあしらって鷲雄叔父さんに気に入られていた。
帰りに不貞腐れるお父さんは鷲雄叔父さんに「貴子の笑顔、いい笑顔だよな?」と聞かれて「うす」としか言えていなかった。
お母さんは前日に箱ティッシュを二箱潰しても足りずにお婆ちゃんの家でもう一箱潰しながら「良かった」「やっと言いたかった事が言えた」「謝れた」と言って泣き続けていた。
この日、初めてひばりおばさんから聞いたがお母さんは失恋で毎晩毎晩「昴ちゃん」と泣きながら名前を呼び続けて居たらしい。
あの夜、家のトイレでも昴ちゃんさんを想って泣いていたのだろう。
私も将来そんな恋ができるのだろうか?
本当にこの日から生活が一変した。
家の中が明るくなった。
空気も軽い。料理も豪華でお母さんは謎の頭痛が無くなった。
そしてお父さんにも「龍輝、しっかり働いておいで!ウチはピカピカにしておくよ」と言って見送るようになる。
だがお父さんは不機嫌だった。
家で「昴ちゃん」「薫くん」「美空さん」と初恋一家の名前が頻発するようになったからだった。
「あはは、薫くんてば昴ちゃんに似てるのにホラー小説怖かったんだって、それに感想は私に似ててさ、あー、笑った」と言いながら有名なホラー小説の話をしたり、「美空さん、ようやく昴ちゃんと初恋の人のお墓参りに行けたんだって!良かったよぉ。嬉しいなぁ」と言ったりする。
初恋ってそんなものなのかなと思ったりしたがまあ昴ちゃんさんと奥さんは今ようやくラブラブになれていてお母さんがメールをしてもOKで近況を話し合う仲になっていて、何というか健全な付き合いをしている。
そして変わったのは今まで嫌々参加していたバーベキューにお母さんは「薫くん」が来るなら行くと言うようになった。
薫くんは大学生で駅向こうで一人暮らしをしている。
一人暮らしで、昴ちゃんさんがキチンと生活費をあげてもお金を渋るクセがあって、ロクなおかずを食べずに昴ちゃんさん達に会った時に食べまくる話を昴ちゃんさんから聞いたお母さんは「鷲雄ー、今度のバーベキューに薫くん来ていいよね?」と言い、私も「薫くん行くなら行く」と言って会った時にメル友になった。
初めは薫さんで呼んだが、すぐに薫くん呼びにした。
それから年末まではあっという間だった。薫くんとはふた月に3回くらい会う仲になり、確かにガサツな田中家や亀川家にない空気感に居てもらうだけでありがたいと思うようになった。
そして冬が来た。
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