第4話 田中 麗華が感じたもの。
うちは普通ではない。
学校でイジメられる事は無いがそれには理由がある。
ガサツな父親とガサツな叔父さん。後はガサツなお爺ちゃんがいるからだ。
私はそう思っている。
普通に他校の生徒とかの細々したものを気にせずに運動会なんかは家族総出で応援に行くし、普通に昼食時にはクラスの男の子達に絡んで「おう!握り飯食え!ヒョロヒョロしてっと暑さに負けちまうぞ!」なんて言いながらお昼を分けたりもする。
お母さんはそんな時はニコニコとするが家では暗い。
本当に別人のようだった。
そして夜中に泣く。
初めて泣いたのに気付いたのはいつだろう?小学校に入って1人で寝るようになった頃だと思う。
夜トイレに起きたらお母さんがトイレに入っていて泣いていた。
それから気になってお母さんを見ていたら夜は勿論だが冬が来ると泣いていた。
ひばりおばさんに聞いてみたら「あー…またか」と言っていたが何でかは教えてくれなかった。
そんなお母さんはお父さんの事はそれなりに大事にはしているが仲が良さそうに見えない。
「龍輝」「貴子」と名前で呼ぶし、2人でのんびりとタバコも吸っている。
でもお母さんの求めているものは違う気がする。
だから夜泣くんだと思った。
お父さんはそんな事に気付かずに「貴子」「貴子」と付き纏って「バーベキューしようぜ!」「海行こうぜ!」「祭り行こうぜ!」とやるがお母さんもお祭り好きだがお母さんの好きなお祭りはお父さんとは楽しみ方が違うと思う。
私も中学に入った頃からそんな父親が疎ましい。
風呂上がりにTシャツで居たら「麗華!お前も色っぽくなってきたな、気をつけろよな」とか「胸の先隠せ」と言ったりする。
男親から言われたくない。遠回しにお母さんに言ってほしい。
そう思って拒絶するようになってきたし、中学になって商店街で会う友達にも「お!元気か!飯食ってるか?今は男よりメシだぞ?」と言うようになって居心地が悪くなってきて嫌うようになるとすぐにキレてきた。
そして中学一年の終わり側に怒鳴られた。
この日のお父さんは本当にウザかった。
休みだから家族で出かけるべきだと言ってきたが行きたくなかった。
出かけたくない日だってある。
それなのにずっとしつこかった。
お前に選ばせてやるなんて言いながら、候補がキャンプ用品を見に行く。ガンアクションの映画を見に行く。スーパー銭湯に行くという、全部お父さんの好みで、言い換えればキャンプ用品店ならば夏にキャンプに行きたいと始まり、最悪バーベキューに新コンロを用意したい、用意したから行こうと言う。映画館では静かにできないで恥を書くしお母さんは謝り疲れる。そしてスーパー銭湯はお父さんの気持ち一つで待たされる場合もあればもう帰ろうと急かされる。そして男湯から名前を呼ばれて返事をしないと不機嫌になられる。
それが嫌で「無理、行かない。行きたくない」とスマホを見ながら言ったら「お前!俺の稼ぎで飯喰って学校行ってんのになんだその態度は!!」とキレられた。
お父さんも日頃我慢していた部分があったらしく、それも持ち出して暴れたお父さんをお母さんが止めたら「貴子!お前もだ!何年経っても俺に心を開かない!未だに昔の男を引きずってやがる!そいつがどんだけお前にとって凄い奴だったのか義母さんから聞いたがそれでも俺がお前の旦那だ!そいつがいいって言うなら俺はそいつをボコボコにしてやる!!」とお母さんも怒鳴られた。
私はその日初めてお母さんが血の気の引いた顔をしたのをみた。
お母さんは私を連れて六つ先の駅に住んでいる亀川の実家に逃げて行った。
そしてお婆ちゃんに会うなり「何で龍輝に話したの?」と聞いていた。
お父さんはお母さんの心が自分に向いていないと言ってお婆ちゃんに相談したらしい。
私はそれが気になって、帰り道にお母さんに何かあったかを聞いた。
初めは「んー…話すと軽蔑されちゃうかな」と言っていたが「お願い!知りたいの!」と言うとお母さんは話してくれた。
約20年前のお母さんの初恋。
それを話すお母さんはとても可愛かった。
そして話しながら泣いた姿はとても可愛そうだった。
お母さんとは結ばれなかった人。
その人はお母さんが喫煙者でその人はタバコで調子が悪くなる人。お母さんは禁煙が出来ずに気持ちを打ち明けられなかったらしい。
その人は真面目で優しい人。
余命宣告をされたお父さんの為に自分の人生を投げ出して奥さんを持って子を育て、養う為に与えられた仕事をしていた。
お母さんと初恋の人は冬に離れ離れになった。
だからお母さんは冬が嫌いなんだと教えてくれた。
お父さんとは全く逆だ。
お父さんがその人に勝てているのはタバコが吸える事、お母さんがタバコを吸っていても平気な事だけだと私は思った。
私はお母さんが気になって「お母さん、その人と連絡とか取ってるの?」と聞くと悲しそうに「家族がいるからね、邪魔できないよ。でもメアドを変えた時なんかは連絡してるよ」と言う。
「もう会えないの?」
「んー、無理じゃないかな。それに龍輝がアレだからね」
お父さんがボコボコにしてやると言った言葉を気にしてかお母さんはもう会えないと言う。
本当に悲しそう。
その顔はまるで惰性で生きていて死ぬのを待つ人みたいだった。
私は心配で「お母さんはそれで良かったの?」と聞いたらニコッと笑って「アンタに会えたからね」と言ってくれた。
お母さんは笑うと可愛い。
私は嬉しさと申し訳なさで「ありがとう。お母さんはずっと好きだよ」と言った。
それからお母さんは少し変わった。
まずは早寝をするようになった。
寝る前にニヤニヤとしてそのまま眠るようになった。
そして夢を見るようになった。
夢で誰かを呼ぶらしい。
「…ちゃ……」と聞こえてくるが名前かはわからない。
でもお父さんは気に食わないらしくて突っかかろうとするが初めて男の人の名前を出した日に鷲雄叔父さんに殴られた左頬をさすって痛みの記憶と共に自制する事にしたとか命令されたとか…、犬?
だがお父さんの自制は続かない。
頬が治るとすぐにお母さんと喧嘩になった、一度は「後1分寝かせてくれたら!」と泣いて起きたお母さんとケンカになった。
それは夢で初恋の人に再会したからだろう。
きっといい所で邪魔をされたに違いない。
それはお父さんにもわかった。
この日からまた物憂げなお母さんを見ると「お前!また男のことか!」と言うようになってお母さんは「違うって!」と返す。
我が家は荒れに荒れた。
でもそれは表面的で、お母さんは家事をこなし家を綺麗にしてお父さんのお見送りとお迎えは欠かさない。頭が痛くても熱が出ていてもそれをする。
でも確実にお母さんの早寝は加速したし、お父さんは嫉妬に燃えていたと思う。
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