第7話 正月後の田中家。
荒れに荒れたお正月の余波は一月の終わりになっても田中家で燻り続けていたらしい。
俺がそれを聞いたのは麗華さんからだった。
「マジ最悪、ずっとお母さんが怒ってる」
そんなメールが入り、発端は父さんにもあるので謝るが、「薫くんは何も悪くないよ!亀川家の誰も昴ちゃんさん達を悪く言ってないよ!全部龍輝が悪いんだよ!」と来たのであの日から貴子さんと龍輝さんに何があったかを聞いた。
今までなら龍輝さんのヤキモチに貴子さんが「もう機嫌直しなよ」と話しかけて「お前、俺がなんで怒ってんのかわかってんのか?」と龍輝さんが絡んで「わかってるよ。もう、私は田中 貴子なんだからそれでいいでしょ?」と返すと「仕方ねえ、今回だけだかんな」と龍輝さんが機嫌を直すらしいが、貴子さんもあのタバコ攻撃だけは許せないらしく「アンタマジ最低」と帰るなり怒って、それ以降は貴子さんは家事を完璧にこなす代わりに一言も自分から龍輝さんに話しかけなくなってしまったそうだ。
その徹底ぶりは凄まじく、お見送りもお出迎えもするが完全に貴子さんからは話しかけず、話しかけられても「はい」「いいえ」しか言わなかったらしい
龍輝さんもそうなると謝るに謝れず、そして毎年この時期には一泊二日の田中家の帰省もあるからその話もしたいのに貴子さんは普段以上に家事を全て終わらせるとさっさと眠り、わざわざ百均で買ってきた耳栓とアイマスクをして見た目から「話しかけるな」とやっているらしい。
その状況の田中家を思うと申し訳ない気持ちになる。
「ごめんね麗華さん。行かなきゃ良かったよ」
「そんな事ないです!龍輝の奴以外は皆来てもらえて楽しかったって言ってたし喜んでました!それより昴ちゃんさんの体調はどうですか?」
父さんはあの後少しだけ咳が続いて母さんが「今までの分も看病をさせてください!」と言って甲斐甲斐しく看病をして「美空さん、ごめんね。甘えたくなっちゃいました。40過ぎてるのにごめんなさい」と父さんもスイッチが入り、2人で大して大変でもないのに甘える父さんと看病する母さんという、息子からしたら居心地の悪い絵が出来上がってしまっていた。
ベッドで横になる父さんの横で嬉しそうにリンゴを向いた母さんから写メが届いてきた時はちょっと引いて「そんなに酷くないなら麗華さんや貴子さんにはだまっておきなよ?」と伝えておいた。
俺はその事を思い出しながら「平気。確かに咳は出たらしいけど気にするレベルじゃないってさ」と答える。
「良かった、鷲雄おじさんもお母さんに「貴子、昴ちゃんさんは無事だよな?また来てくれるよな?」って言ってお母さんは睨みながら「知らないよ!聞けないもん!あんな事されたらもう来てくれないかも知れないよ!」って言って泣いてたから…、じゃあ私から大丈夫って伝えて良いですか?」
俺はなんか申し訳ない気持ちになり「うん。ありがとう」と言う。
「あの…また来てくれますかね?」
「…まあうちは平気だけど龍輝さんはいいの?」
俺は龍輝さんを心配して聞く。
亀川家は半年付き合って思ったのは結束力や勢いが強いが、それは良くもあり悪くもある。
皆が同じ方向に突き進む時は爆発的な力を持つが、今回みたいに賛同できない時は嫌でも話が多数決で決まってしまい何も言えなくなる。
そんな俺の心配に麗華さんは「まあ大丈夫じゃないですか?もしかしたら私も亀川 麗華になるかも知れませんし」と言ってきた。
「は?」
俺は度肝を抜かれた。
話はヤバい方向に進み始めていた。
俺はとりあえず麗華さんとの話を父さんにして「我慢しろとか言わないけど、貴子さん達は大喧嘩で離婚とかになりかねないからね?」と伝えておいた。
離婚や別居に関しては数日して貴子さんから連絡が来た時にそれとなく聞いたら「お母さんから麗華が困るからまだダメだって言われたよ」と教えてくれた。
万一高校受験で親のゴタゴタが悪影響を及ぼす場合を気にしての事らしい。
まだダメという言い方と理由が生々しいがとりあえず回避出来たのならいい。
「後は麗華が美空さんと話しててさ」と始まった文章は貴子さんが亀川家に避難した隙に龍輝さんがいない事を教えていて父さんが貴子さんに電話をかけていた事が書かれていた。
「昴ちゃんが電話くれて、お正月の事を気にしてる?って聞いてくれたんだよ!」
なんでも父さんは貴子さんが気にしていて落ち込んでいてはいけないとして電話をかけた事になっていた。
そして貴子さんがまだ一月なのに「来年も来てくれるよね?」「また栗きんとん食べてくれるよね?」と聞き始めたらしい。
「お邪魔にならないかな?」
「来ない方がやだよ!」
そんな会話の後で「まだ一月で来年の事はわからないからちゃんとは約束出来ないけど、亀川家の皆さんが良ければね」と言って貴子さんにようやく笑顔が戻ったそうだった。
ここら辺は貴子さんのメールと麗華さんのメールを統合して理解をした。
まあここで終われば良かったのだが今回は本当に悪い事がこれでもかと重なってきた。
新学期が始まった俺の元に貴子さんから「今日!突然のゲリラ特売!端切れローストビーフだって!」と連絡が来た。
だがまだ大学はあるし、流石にローストビーフの為に帰るわけにも中抜けするわけにも行かずにガッカリしながら「あー…今日の講義は外せないから帰りに見るだけ見てみます」と送ってがっかりしながら机に突っ伏す。
まだ寒いのに窓から差し込む暖かな日差しが急に憎らしくなる。
面白くない事があると些細な事でもイライラするのは俺の悪い癖なのだろう。
初めて母さんに怒った日もこんな気分だったと思う。
そして皆静かに受講しているのにペチャクチャ話す連中が居て不機嫌に拍車がかかる。
静かなので良く聞こえてくるその話は「冬のチャンスを逃した」「ヤリ損なった」という内容の話で、恋愛に興味のない俺からしたら「生存本能?種の保存?偉いねぇ。俺はローストビーフで頭がいっぱいだ」でその連中の気持ちは理解できなかった。
そんな事を考えていたら「ガキだろ?」「平気だって、最近のガキは発育だけならマシだって」「それに未成年は親が」「バカ、この時期がチャンスなんだって」といかがわしい話になってきた頃、受講する気が無いなら出て行けと3人組は追い出されていた。
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