第9話 家庭教師。

悪い事は続く。

昔線路がどこまでも続く歌を学校で歌った記憶がある。

でも線路には終点がある。

環状線なら無いとかくだらない揚げ足取りとか屁理屈はいらない。


でも悪い事に終点があるなら見てみたい。

私は今絶不幸の真っ只中に居た。



とりあえずお父さんの許しを得た私は薫くんを家に招いてリビングで勉強を教えてもらう。

薫くんは決して私の部屋で2人きりにはならない事を条件にしていた。

それどころかお母さんが居ても私の部屋には行かないと言っていた。


お母さんは毎日家をピカピカにして薫くんにお茶とおやつを用意して帰りには「ほら、おかずだよ。余り物だから気にせず受け取る」と言ってお弁当箱を使わないお弁当を持たせてお弁当箱を洗って返さないでいいようにしている。



薫くんの教え方は上手い。


「それは麗華さんが俺の話を聞く姿勢ができているからだよ。後は俺が麗華さんのリズムに合わせてるだけ」


薫くんはそんな事を言うがここ数日で一年の頃からわからなかった部分がどんどんわかってきて、5日目には「ここ、わからない理由がわからないの」と私から聞くようになっていた。


初日の「答え?わかんない」からしたら大進歩だ。


「暗記系は任せるから、俺とは考える系と計算系を頑張ろうね」

「はーい」


こうして月末のテストが目前に来た時、事件が山のように起きた。

まずは学校でお母さんが若い彼氏を作って家に連れ込んでいると男子にからかわれた。

ご近所さんはなんだかんだよく見ている。

そして薫くんの居る時間は大体勉強の1時間と帰る前の挨拶なんかで5分。1時間5分という時間がいかがわしい妄想を掻き立てるのに丁度いいらしい。


「あれは私の家庭教師でお母さんの親友の子供さん。大学生でお母さんからしたら子供同然だよ」

そう言ったら「あー、大学ってここの大学は頭いいからバカな娘より可愛いのか?」と言われた。


腹が立った。

私はバカ子だという自覚もある。

だが薫くんを彼氏呼びしてお母さんを浮気モノ呼ばわりには腹が立った。


そして「家庭教師に頼んでもバカなんだから諦めて遊びに行こうぜ?アニキと兄貴の友達と今度遊びに行くんだよ。女っけ無いから田中来てくれよ」と言われた。

見た目と成績で変な目で見られるが私は見ず知らずの人間、更に年上の男と遊ぶ女では無い。


そいつらを見返すためにも勉強をした。

手ごたえというものを生まれて初めて感じたし、あと少しで良い点数が取れる気がした。

問題集の問題にしても薫くんから「うん。後はここでやめずに反復練習だね」と言ってもらえた。


そして私はテスト前日は1時間の約束を破って薫くんを引き止めた。


「お願い!英語もまだ不安なの!教えて!」

私の必死さを見たお母さんはお父さんに「1時間の予定が延びてる。麗華がやる気だから大目に見てあげて」とメールをしてくれた。


だがお父さんはバカの中のバカだった。

すっ飛んで帰ってきて玄関を開けっぱなしで薫くんの靴を指差して「なんで俺の家にまだ居るんだ!」と叫んだ。


だが薫くんは否定したが昴ちゃんさんの息子さんで美空さんの息子さんだった。

お正月の時、昴ちゃんさんがした表情で「後2問です。待ってあげてください」と言って私に「気にしないで。さあ、さっきわかってたからね?落ち着いて考えて」と言って問題に向き合ってくれた。


お父さんは顔も見せずに指図をしたとブチギレてリビングに来たが薫くんは物怖じせずに美空さんのような目で「待ってあげてください。折角麗華さんがやる気になっているんです。俺は今日で終わりです。後2問です」と言った。


お父さんは怖気付いたが負けられないとばかりに薫くんに掴みかかりながら「麗華!お前も辞めちまえ!塾ならいくらでも行かせてやる!」と言って私から問題集を取り上げようとした時に薫くんはその手を掴んで「辞めてあげてください」と言った。その時の薫くんは本当に怖かった。


それなのに「麗華さん落ち着いて。深呼吸だよ。目の動き、いつもより早いよ。無理に早く解いてこの事態の解決を図る必要はないよ」と優しく言って「後2問ですから待ってあげてください」ともう一度お父さんに言った。


その間もお母さんは必死にお父さんを止めようとしたが止まらずに結局は泣きながら鷲雄叔父さんを呼んでいた。

玄関は開いていて冬の冷たい風が吹き込む中、我が家の全てはご近所さん達に見られていた。



それでも薫くんはお父さんから殴られようが蹴られようが何をされても私の横から離れずに最後まで勉強に付き合ってくれた。


そして終わった2問は間違えていた。

悲しさと申し訳なさで「ごめんね薫くん」と謝ると薫くんは採点をしながら「ううん。母さんの教えが間違ってない事を俺は知ってる。だからさ。麗華さんが点数アップしたら母さんにメールしてあげてよ。前回は平均何点?」と聞いてきた。


「…5教科で28点」

「じゃあ50点はいくかな?麗華さんは最後の1週間をとても頑張ってたもんね。お疲れ様。俺なんかの指導でごめんね」


そう言うと立ち上がってお父さんに向かって頭を下げて「お邪魔しました。でもお願いです。麗華さんはやる気になって頑張りました。まずは褒めてあげてください。貴子さんは何も悪くありません。怒らないであげてください」と言った時の姿は本当に昴ちゃんさんに似ていた。


昴ちゃんさんに似ているからこそお父さんは我慢できずに暴れた。


「なんでお前達一家が現れてからこんな目にばっか遭うんだ!家の中が無茶苦茶だ!俺は貴子から嫌われた!麗華からもだ!コイツらは俺の稼ぎで飯食って学校行ってるのにだぞ!」


お父さんはまた嫌な言葉を言った。

私とお母さんが暗い顔をした時、薫くんは「…ならなんで産んだんですか?結婚したんですか?」と言った。


言い返されると思っていなかったお父さんは「あ?んだとコラ?」と言って薫くんを睨む。

だけど薫くんはお父さんの目を気にせずに「一度、考えてみてください。俺はウチの父さんと母さんが20年かかって始められたように龍輝さんも始められると思います。応援してます」と言ってもう一度頭を下げて帰ろうとした。


そんな薫くんをお母さんは泣きながら追いかけた。

必死に追いかけて玄関前に近所の人が集まっていても関係なくお母さんは泣いて謝る。


「ごめんね薫くん!こんなじゃなかったのに、麗華が勉強頑張るようになったのは薫くんのお陰なのに、怒鳴られて最終日なんてゴメンね!」

「貴子さん、泣かないでください。俺は平気ですよ。麗華さんは本当によく頑張りました。褒めてあげてくださいね」

優しい笑顔でお母さんに言葉をかけて帰ろうとした薫くんをお父さんは追いかけて「なんで貴子は俺より先にお前なんだよ!なんで俺よりお前の親父なんだよ!」と言いながらまた殴ろうとして振りかぶるとその拳は割り込んだお母さんに直撃をした。


まさか拳がお母さんに当たるなんて思わなかったお父さんは放心して薫くんが「貴子さん!」と言って助け上げた。


自分の拳を見て放心しながら「た……貴…子?」と言ったお父さんにお母さんは泣きながら「もう…やめてよ…変だよアンタ…」と言って睨む。


「その…、その目………、アンタってのも…なんだよ、そいつやそいつのオヤジは名前で呼ぶのになんで俺を…」


混乱するお父さんがワナワナと震えるなか、そこに来た鷲雄おじさんは真っ青な顔で怒っていた。

普段なら間髪入れずにお父さんを殴り飛ばすのにそれもせずに家に入ると玄関を閉めて「貴子、何があったかは後で聞く。お前と麗華がウチにくるか?龍輝の野郎を追い出すか選べ」と聞いた。


お母さんは泣きながら「明日…、麗華のテスト……あの子頑張ってたから……ここに居たい」と言うと鷲雄おじさんはお父さんに「昼飯代に金と着替え持って週末までお前はウチだ。先行ってろ」と言って追い出してお母さんと薫くんをリビングに入れた。


薫くんはお母さんをソファに座らせると「麗華さん、冷凍庫開けさせてね。タオル出してくれるかな?」と指示をする。

すぐに氷嚢を作ってお母さんの前に行くとしゃがんでお母さんの顔を見ながら「貴子さん、痛いですよ」と言って頬に氷嚢を当てる。

お母さんの左頬は赤紫になっていた。

お父さんはそれだけの力で薫くんを殴ろうとしていた。

その前にも散々背中や肩なんかを殴っていた。

薫くんは無事なのだろうか?

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