第10話 止まらない悪い事。
鷲雄叔父さんが何があったかお母さんに聞こうとした時に薫くんは気をつけをして頭を下げて「俺が悪かったんです」と謝った。
お母さんと私が「薫くんは悪くない!」と言うが、薫くんは「ううん、2人は沢山辛い思いをしたから俺が悪いんです」と言って制止する。
それがあってか鷲雄叔父さんは薫くんから話を聞いた。
「麗華さんがやる気になっていて止めたくなくて約束の時間を過ぎてしまいました。龍輝さんが怒るのも当然です。仕事から帰ってきて俺がいたから面白くなかったんです。すみません」
その間も私とお母さんは涙を流しながら薫くんは悪くない。お母さんが少し待ってと連絡したら血相変えてお父さんが帰ってきて暴れて薫くんの事も何回も殴っていたと説明をした。
鷲雄叔父さんは薫くんをリビングの外に連れ出すとすぐに「…ったく…」と言って戻って来て、薫くんに「どうする?」と聞く。
薫くんは私とお母さんを見た後で「少しの間、俺は皆さんと距離を置くべきだと思います。今のままだと龍輝さんばかり悪者になってしまいます」と言う。
鷲雄叔父さんがため息をつきながら「まあ…それが一番なんだよな」と言うがお母さんも私もそれはダメだと言う。
「だってよ。どうするかね?」
「まず、2月だけでも距離を置いてみて、龍輝さんの心が落ち着くか見るべきだと思います。俺や父さんを抜きにして貴子さんが話をした人全てにヤキモチを妬くなら別ですけど、俺が離れて穏やかになれば…」
一か月も薫くんが来ない?連絡も出来ない?
お母さんは悲痛な顔で鷲雄叔父さんを見ている。
今にもあの暗いお母さんが出来てしまいそうだった。
「1ヶ月は長すぎだから2週間だろうな。麗華、テストの出来は薫くんに知らせて、その後は2週間大人しくしとけ。貴子、お前も男の立場なら龍輝の焦りもわかるからとりあえず田中の実家行きには付き合ってやれ。その後の事は2週間の間にゆっくり考えろ。母さんは麗華の為にって言ったが今のままじゃ受験どころじゃねえ」
この話で落ち着いた所で帰ろうとした薫くんを鷲雄叔父さんはものすごい顔で見て「嘘だろ薫くん。明日から2週間だぜ?」と言う。
薫くんはなんの事かわからずに「鷲雄さん?」と聞くと鷲雄叔父さんは「俺の目の前ならやましい事もなんも無いだろ?」と言って笑う。
「え?」
「貴子、麗華、泣いて謝っとけ。それで2週間踏ん張れ」
その言葉で私とお母さんは薫くんに抱きついて泣いた。
困った顔の薫くんは「…ふぅ…」と言った後で「貴子さん、父さんの真似です」と言うと「亀川大丈夫?痛い?痛いだろ?痛いってって言ってないよね?言って」と昴ちゃんさんが言うように真似るとお母さんは「昴ちゃん」と言った後で「痛かった!痛かったよ!やだった!やだったの!折角麗華が勉強に打ち込んでくれた!薫くんが帰った後もわかった事が嬉しくて1人で問題集に向かってたし、私にも薫くんが凄いって言ってくれていたの。今日は最後だから冷蔵庫にローストビーフ買っておいたの!食べて貰おうと思って用意してたのに台無しにされたの!」と言って泣いた。
薫くんはずっと昴ちゃんさんの真似をして「うん。ありがとう亀川。薫の事は平気だよ。今は亀川だよ。亀川は優しいから傷つくんだよ。今は泣いて」と言ってあげていた。それは昴ちゃんさんが普段お母さんにしていた事を聞いていたから出来た事だと大分後になって教えてくれた。
私も「さっきは助けてくれてありがとう。私が引き止めたのに鷲雄叔父さんに俺が悪いって言ってくれてありがとう。お父さんが殴ったりしてごめんなさい。2問、間違っちゃったけど付き合ってくれて嬉しかった。頑張る」と言って泣いた。
薫くんは私達が泣き止んだ所で「帰ります」と言って立ちあがった。
ここで鷲雄叔父さんは「さて、薫くんは俺とラーメン食って帰ろうぜ。国道沿いのラーメン屋、車じゃないと行けないから行った事ないだろ?送ってくからさ」と言って薫くんをラーメン屋に連行してチャーシュー山盛り+餃子でメアド交換を済ませていた。
ここで終わらないのはご近所様から奇異の目を向けられた事だ。
大声で若い大学生の男の子を怒鳴りつけるお父さん、泣いて庇うお母さん。
そのお母さんは左頬を腫らし、泣いて瞼は腫れていた。
私は普段話しかけてもこないご近所さんから薫くんの事を聞かれて「お母さんの親友の子供さんで、こっちで一人暮らししてるから家族ぐるみで付き合ってます。私が来年受験だから勉強見て貰ってました」と言って学校に行った。
学校ではお母さんは痴情のもつれでトラブルになったと噂されていた。
案外噂はすぐに駆け巡る。
最早真実は無意味で下世話な噂だけが独り歩きをした。
皆春から受験生で正月に親戚から発破やプレッシャーでもかけられたのだろう。
余裕がない。
要するにゴシップと叩いていいサンドバッグを欲していた。
散々な気持ちだったが、これで馴れ合いに気を使わずに勉強に打ち込めると考えて向かったテストはまあまあで「出来たよ」と送ると薫くんは「ね?俺はわからない所に付き合っただけ。麗華さんの実力だよ」と返事をくれて、続きには「鷲雄さん、俺のラーメンに「若いんだから元気つけろ」ってニンニク入れまくってくれたから身体がニンニク臭いのが自分でもわかる。2週間で抜けるかな?」と送ってくれた。
嫌な気持ちはこれで少し消えた。
だが悪い事は終わらない。
この2週間の間にお父さんの実家に行ってきた。
お母さんは終始無言でお父さんは運転が荒かった。
そしてお母さんの黄色も混じった痣とまだ少し腫れている左頬を見て何があったか聞いた田中のお爺ちゃんお婆ちゃんはお母さんを責めた。
そしてお父さんの事も責めた。
「龍輝、結婚したいって時に言ったろ?想いが伝わらない相手より、通じる相手にしろって言ったよな?通じないからそんな20歳以上も年下の家庭教師?貴子さんの友達の子供にヤキモチ妬くんだろうが!」
最初はお母さんに自分の言いたい事を言ってくれていたお爺ちゃん達の言葉にノリノリで水を得た魚だったお父さんは怒られて凹んでしまっていた。
お母さんには何回も「貴子さん、最低限のお嫁さんとしての行動には感謝してるけど、気持ちが無えなら早い方がお互いの為だ」と言った。
早い方がというのは離婚の話だろう。
私は何回も見ていられなくて反論しようとしても「麗華は亀川さんちに近いからどうやっても龍輝より貴子さんだろ?だったら黙っていなさい。それより来年は受験だろ?見た目より勉強を優先しろ?」と言われてしまい話にならなかった。
こうして誰も得をしない帰省は終わった。
まだまだ悪い事は終わらなかった。
私のテストは平均53点だった。
だが新学期から突然の25点アップに教師達からカンニングを疑われた。
正直ショックだった。
職員室に呼び出されて詰められた時にその場で問題を出させて解くとようやく「本当に勉強したのか」と言われたが謝られなかった。
ムカつきながら家に着いてお母さんに見せたら泣いて喜んでくれたがお父さんは薫くんを認める事になるのが嫌だったのだろう。
「どんな手を使った?」と言ってきた。
私は悲しくて「バカ!」と言って部屋に篭って泣いた。
お母さんすら入れたくなくて鍵を閉めたら部屋の前でドアを叩いて「麗華!開けて!お願い!」と言っていたお母さんは最後には諦めてリビングに戻ってお父さんに「なんであんな言葉が言えるの!最低!信じられない!アンタは麗華の何を見てたの?あの言葉はガサツでは済まされない!私はアンタを許さない!」と怒鳴っていた。
やはり冬はお母さんには嫌な思いでしか生まない。
今になって田中のお爺ちゃんの言った「早い方がお互いの為だ」と言った言葉が思い出されていた。
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