第2話 オーバーキル。

亀川家にお邪魔するのが3日になったのは、元旦の朝は家族で新年を祝い、午後は家から近い鶴田の婆ちゃんの所に顔を出す。そして2日は天宮の爺ちゃん婆ちゃんのところに顔を出すからだった。


鶴田の婆ちゃんは未だにアツアツな父さんと母さんを見てから呆れ顔で俺に「アンタよく帰ってくる気になったね」と言ってくれた。


「まあ、初の3人仲良しだからね。でも俺の居場所無かったしきょうだい増えそうで怖いけどね」

「まったくだね。薫も向こうで彼女くらい作ればどうだい?帰ってきて悲しむ女の子とか居ないの?」


この質問に俺は「父さんの初恋の相手なら俺が帰って落ち込んでたよ」と言って昨日のムービーを見せたらたまげていた。


婆ちゃんは父さんと母さんと俺から何があったかを聞いて目頭をおさえて謝りながらも「凄い偶然」と驚いていた。



天宮の家も夏よりも関係は暖かくて、例年恒例だった母さんの「挨拶したし帰るわ」も無くなってゆっくりさせて貰った。


爺ちゃんは父さんと「初めて飲めた気分だね」と言いながら酒を飲んで「ありがとう。ありがとう昴くん。美空を今からでもよろしく」と言われていて、父さんも「俺こそ美空さんのおかげで毎日が楽しいです」と返していた。


母さんは自慢げに「私と昴さんは世界一の夫婦なの」と言っていたので俺は去年の正月の寒々しい我が家をムービーに残しておいて見せてやりたいと思った。


あの空気は思い出しても背筋が凍る代物だった。



ここで話は冒頭に戻る。

1月3日。

この日、父さんは華麗にオーバーキルを決めた。



一応言うが父さんに悪い点はほぼ無い。

過失割合で言えば相手が10で父さんが0…は言い過ぎだが100で言うなら、相手が98で父さんは2だと思う。


この日を迎えるにあたって父さんは唯一ミスをしたが、どうする事も出来ないミスだった。


亀川家の皆さん、貴子さんのご両親、鷲雄さんと奥さんと3人の息子さん達、ひばりさんと旦那さん。そして貴子さんと麗華さん。

こちらの面々は鶴田家の来訪を本気で心待ちにしていてくれていて、去年前12月26日の朝から「お母さんソファーを動かして大掃除してる。あ…でっかい埃出てきた」「お母さん、筋肉痛。凄く薬臭い身体で栗きんとん作ってる」「うわ、鷲雄おじさんが牛一頭買ってくるって外出てった」「…本当に来てくれるよね?これでダメになると…多分立ち直れない奴だよ」と麗華さんが随時連絡をくれていた程だった。


だが1人、やはりと言うか龍輝さんは俺達を歓迎していなかった。

だが多勢に無勢。

どうやっても勝ち目のない龍輝さんは「え?やなら家でテレビ見ながらビール飲んでれば?高い奴買っていいよ」と貴子さんからお金を渡されかけて「俺だって亀川家のお正月に出るよ!」と言って大人しくなっていた。


皆がにこやかにお出迎えをしてくれる中、1人だけ殺気を放つ龍輝さん。

俺は何度もバーベキューの時に味わったから慣れたけど父さんと母さんは大丈夫だろうかと思ったが、父さんはどこ吹く風で、母さんは父さんと帰りに待つ2人初詣で頭がいっぱいだし、今回の帰省でわかったのだがメールでも電話でも貴子さんと関わった後の父さんは母さんがヤキモチを妬いてもいいようにいつもの倍近く母さんを甘やかす。それを肌で感じる母さんからすればやましい事も何も起きない貴子さんに会う事はご褒美の前の決まり事みたいなものになっていた。



亀川家の前では麗華さんが鷲雄さんの息子さん達と遊びながら待っていてくれた。

一番に俺に気付いた麗華さんが「あ!来てくれた!」と言うので俺が「こんにちは麗華さん」と返すと、そこに鷲雄さんの遺伝子を強烈に受け継いだ3人のヤンチャな男の子達も「お!薫くん!」「あけおめ!」「ことよろー」と言いながら手を振ってくれる。


麗華さんが「お母さん、昴ちゃんさん来たよ」と言う前に貴子さんが飛び出してきて「昴ちゃん!明けましておめでとう!!」と言うと玄関先で早速泣いた。

その後を鷲雄さんやひばりさん達も来て「おいおい、もうかよ」「お姉ちゃん、もう?」と嬉しそうに言う。


「だってぇ〜、昴ちゃんはお正月前には地元に帰っちゃってたんだよ?そのまま20年も会えなかったんだよ?生きてお正月に会えるなんて思わなかったんだよぉ〜」


そうやって泣く貴子さんに父さんは「亀川、明けましておめでとう。去年はありがとう。今年もよろしくね」と声をかけるとこれだけで貴子さんは更に泣いた。


泣いた貴子さんは「嬉しいよ昴ちゃん」と言って泣いた後で母さんには「美空さん、来てくれてありがとう。嬉しいよぉ」と抱きついて、俺には「お帰り薫くん、薫くんは居なくなっちゃダメだよ〜」と言っていた。


この辺りがまず1回目のオーバーキルだったと思う。



そして次がオーバーキル2だろう。

お招きいただいたからと、貴子さんのお母さんやひばりさんには食の好みを大昔に貴子さんから聞いていたからと言ってカステラを渡す。

「まぁぁっ!ありがとう昴ちゃんさん!電話はあっても、会うのは初めてなのに。はじめましての挨拶より喜んじゃったわ!」と言う貴子さんのお母さんと「うわぁ、嬉しい。良いんですか?ありがとうございます。本当薫くんは昴ちゃんさんと奥様によく似てますね」と言ったのはひばりさん。



そして貴子さんのお父さんと鷲雄さんには高い焼酎を買っていた。

「おお、ありがとうございます」と喜ぶ貴子さんのお父さんと「お!?焼酎ですか!嬉しいですよ昴ちゃんさん!」と喜ぶ鷲雄さん。



そして貴子さんには「はい。亀川の好物。味の好みが昔のままなら良いんだけどね」と言ってイチゴ大福を渡すと「え!?私の好きな物を覚えてくれてたの!?嬉しいよ!!」と言って貴子さんはまた泣いた。


そして子供達には洋菓子の詰め合わせを渡してお年玉まで渡していた。


「明けましておめでとう。今日はお邪魔します。ウチは親戚に子供がいないから新鮮だったよ。ありがとう。ポチ袋選びが楽しかったんだ。ね?美空さん」

「はい。本当沢山あって何時間でも見られましたよね昴さん!」

そう、父さんは26日の日に俺を放って母さんとデパートまでお土産選びに行っていた。

中々帰ってこないから心配したらポチ袋選びが楽しいとか言っていた。

仕方ないが、ウチは俺しか居ないので10枚入りのポチ袋が10年使えるので、俺は大学卒表まではずいぶん昔の戦隊ヒーローのポチ袋が渡される事が決定している。



こうして掴みはバッチリの父さんは酒が強かった。

鷲雄さんや貴子さんのお父さんに勧められるがままに飲んで返してとやってひばりさんの旦那さんは早々にダウンした。


「おー、イケるんですね」

「いえいえ、そうでもないんですよ。ただ今日はご馳走様が美味しくてつい進んでしまいました。それに鷲雄さんのが歳上ですから気遣わずに話してくださいよ」


「いやいや、そうは行かねえ。本当に貴子のやつが明るくなったのは貴方達に会えたからだ」

そう言って鷲雄さんが話し始める中、俺は龍輝さんの視線が痛かった。お酒で鈍感になるのか気にしないのか、父さんも鷲雄さんも気にしなかった。


ご馳走を沢山食べてしまうと飲まない人間に宴会の席は手持ち無沙汰になる。

母さんもひばりさん達の話し相手をしている時に鷲雄さんの子供、3番目の虎徹くんが俺に「薫くんは勉強出来るんだよね?教えてくれないかな?」と来た。


良くも悪くもここで実力を発揮したのは母さんで「ふふ。おばさんも見てあげますよ。ああ数学ね。ここを間違えてるの。でも何でここが間違えたかわかるかしら?」と言い、わかるところまで遡らせて一つずつ教え直すと「あれ?わかる」と言った。


これには鷲雄さんの奥さんが感激して母さんにどうやったのかを聞くと、貴子さんが来て「美空さんは塾の先生をしていたんだよ!」と自慢げに話す。


母さんは昔を懐かしむように「ええ、この教え方が私の勤めていた沖田塾の教え方、「理解を求めて後は子供達に任せます」これがモットーでした。虎徹君だったわね。後は何回も問題を解けばよりわかるわよ」と言うと女神のように崇拝され出した。



父さんが話の合間に「良かったね美空さん。やっぱり沖田塾は間違ってなかったね」と母さんに話すと母さんは嬉しそうに「はい!」と言う。


父さんはそのまましみじみと「やっぱり美空さんの初恋の人は凄いよね。俺ももっと頑張らないとな」と言うと「もう、昴さんは十分に凄いですよ」と母さんが頬を染めて言った。



ここら辺の仲睦まじさや学力の話なんかがオーバーキル3だったと思う。

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