冬の悲しい思い出は春の訪れとともに終わる。

さんまぐ

第1話 鶴田 薫の見たもの。

今思ってもあの日の父はやりすぎだった。

よく大学でゲームに興じている同じゼミの連中が「オーバーキル」と言っていたが、あの日を振り返るたびにそう思った。


無論父さんは悪くない。

だがやり過ぎだった。


俺と貴子さんの偶然の出会い。

そして父さんと貴子さんを20年振りに引き合わせて5ヶ月が過ぎた。


相変わらずラブラブな父さんと母さん。

今の所きょうだいの誕生は聞いていないが母さんからメールが届くたびにヒヤヒヤしてしまう。


まあ、今はまだ仲良くなって7ヶ月なので熱々だろう。


そこに随所で貴子さんが出てくれば母さんは燃料投下とばかりに燃え上がる。


父さんは貴子さんからのメールに笑っていたり、俺がバーベキューなんかでお世話になると「薫、亀川に代わって。お礼言うよ」と電話がかかってくる。ちなみにバーベキュー時の父さんからの電話は俺のスマホの死刑宣告になる。


一度貴子さんの手にスマホが渡ると最後、「あ!昴ちゃん!元気?今日もまだ暑いね!!こっちも暑いのに鷲雄と龍輝がバーベキューだって言うし夏バテには肉だってなってさ。ううん、薫くんが居てくれるだけで助かるし鷲雄ももっと食べさせないとこの暑さでぶっ倒れるぜって言うんだよ。だから呼んじゃったよ。お金?要らないって。え?鷲雄?いいのに」と言う感じで貴子さんが嬉しそうに話しながら俺のスマホを持って鷲雄さんの所に行く。


「おう!昴ちゃんさんじゃねえか!元気ですか?奥さんとは?今日も熱々ですか!ええ!是非ともこれからも新婚気分を満喫してください!昴ちゃんさんと奥さんに薫くんは亀川家の大事な仲間!薫くんの事は俺たちに任せて沢山奥さんと過ごしてくだせえ!金?受け取れるわけ無いですって!もしお金があればその金で貴子の話し相手にでもなってやってくれれば御の字さ!」


鷲雄さんが終わると電話を回収した貴子さんが「ほらね?鷲雄はああ言うって、え?でもお礼は言いたいの?本当に昴ちゃんは真面目で優しいんだから。あ、ひばりが話したいって」と言ってそのままスマホは亀川家の皆さんの手に渡り、皆から貴子さんが元気になった礼を言われ尽くしスマホのバッテリーはほぼ無くなる。


俺は貴子さんから「ありがとう薫くん」と言って返された電池切れ寸前のスマホを持って貴子さんの娘の麗華さんの元に行って「…麗華さん、今日もごめん。モバイルバッテリーある?」と聞くと麗華さんは鞄からモバイルバッテリーを取り出しながら「うん。家に帰るまでなら50%くらいまで充電すれば間に合うと思うよ」と言ってくれる。



スマホの充電が始まると麗華さんが「薫くん、いつもありがとう。お母さん本当に機嫌よくて、なんか変な頭痛とか無くなったんだよ」と言う。

麗華さんに言われるといつも思うのが、貴子さんは初見からずっとこんな感じでテンションが低いのがイメージできない。


現に今も貴子さんは精力的に動いていて龍輝さんのご機嫌もとりながら皆に肉を焼いたりゴミを捨てたりする。

そして少し消えるとタバコ臭くなって帰ってくる。


戻ってきた貴子さんは鷲雄さんや龍輝さんの元には戻らずに俺達の方に来ると「ねえ薫くん!今日も写真撮ろうよ!」と言う。


俺が「え?2週間前も撮りましたよね?」と返すのだが貴子さんは俺の言葉を無視して「麗華!撮ってよ!」と言い、麗華さんはスマホを構えて「オッケー。はい笑ってー」と言う。


貴子さんがやや近づいてきてピースサインをすると麗華さんが「ピースは?お母さんだけ?薫くんは?」と聞いてくるので俺は困り顔で「遠くのほうから圧を感じるからちょっと」と言った。



そう、麗華さんのお父さんで貴子さんの旦那さんの龍輝さんは、まだ20にもなっていない俺が貴子さんに「写真撮ろう」と誘われている事にヤキモチを妬いているし、そもそも俺の来訪を歓迎していない。

でも俺が来ないと貴子さんも麗華さんもバーベキューに来ないので、普段は睨むに睨めないがそれでもツーショット写真の時は睨んでくる。


麗華さんが視線に気づいて「龍輝?気にしないでいいよ。ほらお母さんとピース」と強要してくるので俺は諦めてピースをすると左側で「スマホっていいね。私達の頃はこんなの無かったから昴ちゃんと写真撮ってないんだよね」と超接近した貴子さんが俺に父さんを重ねて言う。


俺は「そうですね」と返すのではなく「父さんは写真少ないから今の方が多いですよ」と返すと貴子さんは「あ、美空さんとこの前は鎌倉まで行ったんだよね?」と言う。


「はい。沖田さんのお墓参りとご挨拶に行ったそうです」

そう、俺の手元には大仏の前で写真を撮ってもらっている父さんと母さんの写真が届き、ようやく手紙ではなく直接母の初恋の人の奥さんに会えて3人でお墓参りをしてきたらしい。


それは俺から貴子さんにも話していたし、父さんや母さんからも話があったらしい。

母さんは「ありがとう。貴子さんと昴さんの再会を見て私も昴さんと沖田 優人さんの初恋をいい思い出に出来るようにお墓参りしてきたの。これは帰りに鎌倉で昴さんと撮った写真」と言ってツーショットを送りつけていた。

迷惑を考えていないのか、牽制をしているのかよくわからない。


「お母さんも初恋がいい思い出にできて良かったね」

「はい」


こんな感じで頻繁にバーベキューだのなんだのとお誘い頂いていて亀川家との繋がりが濃くなった俺だったが、年末年始は流石に帰省をしたら貴子さんが落ち込んでしまい麗華さんからヘルプメールが入った。


「あの…、本当にすみません。出来たらお正月に帰ってきがてら昴ちゃんさんと奥さんと3人で亀川家まで来ておせち食べてくれませんか?カレーとか他にも出ますよ。とりあえずお母さんが久しぶりに見てられないくらいブルーなんです」


そんなメールが入ったのはクリスマス当日で我が家も家族3人でご馳走を食べている時だった。

母さんは父さんと年甲斐もなく家の中を飾り付けてツリーまで出して俺の帰宅を待っていて、クラッカーで出迎えられた。

我が家でクラッカーなんて19年生きてきて初だった。

そしてクリスマスプレゼントとして太陽光でも充電できるモバイルバッテリーを渡された。


なんでも母さんは初めて会ったあの日に麗華さんとメル友になったらしく毎回バーベキューで俺のバッテリーが死ぬのを報告していた。



麗華さんのメールにはムービーまで添付されていて、家族3人で見ると亀川家のソファで膝を抱えて丸くなった貴子さんが「なんか冬ってさ…昴ちゃんも地元に帰っちゃってそのままもう会えなかったんだよね……。薫くんも帰るって思わなかったから凹んでるんだよね……」と愚痴を言っていて物凄く暗い表情で「麗華、面白いからって撮らないで」と言っている。


その声は聞いた事ないくらい暗い。

だがここでムービーは終わらすに麗華さんが面白そうに「薫くんに送っちゃお」と言うとソファから飛び降りた貴子さんが「え!?ダメだよ!家族団欒を邪魔しちゃダメ!薫くんはやっと昴ちゃんと美空さんと仲良くできるクリスマスなんだよ!」と言って麗華さんの方に駆け出していた。


そしてムービーは貴子さんが麗華さんを止めに入った所で終わっていた。

まあ、俺もそうだけど現役世代のスマホ操作を馬鹿にしてはダメだ。

速いほうではないが親世代には負けない。

貴子さんが止めた時にはもうデータは俺の手元に来ている。


俺は母さん特製ナゲットを頬張りながらムービーを流すと母さんは「あらまぁ」と言って父さんは「…ダメだ…亀川の息遣い、本気で落ち込んでる時のだ…それにまた気を使ってる」と言う。そこに俺が麗華さんからのメールを見せると母さんに「どうする?」と聞き母さんが「ご迷惑じゃないかしら?」と答えるが「でも薫もお世話になってるからご挨拶は必要よね。昴さん、帰りは2人きりだから途中で寄り道して初詣なんて良いわよね」とデートに繋げ出す。


父さんは「じゃあ」と言うとすぐに貴子さんに電話をかけた。

3コールで電話に出た貴子さんの「昴ちゃん!」の声は俺たちにまで聞こえてくる。


「やあ、メリークリスマス。さっきのムービー、息遣いが辛い時のだったよ?」

「だって、冬になると昴ちゃんがいなくなった日とその後のつまらない日を思い出しちゃうんだよ。今年は薫くんも居てくれて楽しかったから余計寂しいんだよ」

貴子さんの声はここまで聞こえてくる。スピーカーですか?と思うがそうじゃない。

父さんと話す時は声が大きくなってしまっている。


「うん。薫とは初の3人家族をしたかったから帰ってこさせたんだ。前回怒られたから食器を薫のも新調してお揃いなんだ。それを見せたくてね。でも団欒を気にしてくれてありがとう。やっぱり亀川は優しいね」

「そんな事ないよ」


嬉しそうだが暗い声。

ここで父さんが「ねえ、麗華さんがお正月に亀川家に来ないかって薫だけじゃなく俺たちも誘ってくれたんだけどご迷惑じゃ…」と言いかけた時、「麗華!?あの短時間で!?凄い!」と驚いた貴子さんは「迷惑!?そんな事ない!そんな事ないよ!大掃除も頑張るよ!ご馳走も作る!タバコはリビングで吸わない!鷲雄の部屋をタバコ部屋にするよ!来て!何日?3日?わかった!鷲雄に言っておくね!」と言って「美空さんにもありがとうとよろしく言っておいてね!またね!!」と言って電話が切れた。


まあ、よろしく言っておく必要は無い。

丸聞こえで母さんが笑っている。


数分後、俺と母さんのスマホには麗華さんから「マジ感謝してます!なんか明るいお母さん見ちゃうと暗いの見たくないんです」と入ってきた。


そして父さんの所には「初めてちゃんと顔を合わせて新年の挨拶ができるね!」と貴子さんから入っていた。


無論、母さんは貴子さんからのメールにややヤキモチを妬いて酔ったふりをして父さんに甘えていた。

父さんは嬉しそうにそれに答える。


これが10年前なら俺も父さんに抱き着いていたが、19でやる行為ではない。

やはりこの家にはもう俺の居場所はないかもしれない。

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