第11話 亀川 鷲雄に捕まる薫。
2週間、案外やる事も多く暇はなかった。
父さんと母さんには貴子さんの一件を伝えたら「亀川…、まあ男としては面白くないからわかるけど殴るのはなしだな」と父さんは言い、母さんは「龍輝さんって子供よね。薫、そう言う時こそお肉のお礼をしなさい。麗華さんはきっと努力が実らなかったり周りから認められなくて傷ついたりするんだから、ここで諦めさせちゃダメよ?沖田優人さんはケアも忘れない人だったわ」と言ってきた。
なんと言うかどうしてお互いの初恋相手の名前を出しながら会話ができるんだ?と俺は疑問に思った。
大学ではなんとなく先日の3人組が気になってしまい、講義中にそいつらの雑談が耳に届いてしまう。
要約すると二十歳にもなって未経験はみっともないからなんとかしたい。でも舐められたくないと言う男と、年下を狙うのがいいと説明する男がその下衆な理由を説明して、もう1人がその場には是非呼んでくれと言っていた。
事件スレスレだろうが被害者を泣き寝入りさせる方法は凄いなと思った。
そして俺は何故か亀川家に頻繁に呼ばれている。
最初に呼ばれたのはラーメン屋でにんにくを入れられた2日後の土曜日だった。
鷲尾さんは亀川家と同じ駅に家を持っていて住所が届いたので行くと「麗華の次は虎徹だぜ!薫くん!」と言われた。ちなみに龍輝さんは実家に帰省する為に今朝家に帰ったらしい。
俺は事態が飲み込めずに「あの…、2週間は距離を…」と言ったが「あ?そんなもん田中家とだぜ!俺達はファミリーだ!薫くんは虎徹で短期バイトだ!」と言った鷲雄さんに捕まった俺はバイトとして、来る度にお金とご飯の両方を用意されていて毎回どちらかを選びながら虎徹くんの勉強を見ている。
正宗くんと宗光くんもわからないところだけを聞きにくるが大半は「薫くんってゲームしないの?」とか「彼女いないの?」と聞かれる。
「ゲームは死んだ爺ちゃんが一緒に遊べないものが嫌だって言ってたから苦手なんだ」
この説明に虎徹くんは「俺!あと少しで金が貯まるからゲーム機買うんだ!」と話に乗ってくるが「そこ、間違ってるよ?考えて」と言って封殺をする。
虎徹くんはわかるようになったが時間はかかる。
そして集中を切らすと間違えるので会話には参加させない。
その間も正宗くんと宗光くんに色々聞かれる。
「彼女は?」
「居ないよ」
「なんで?要らないの?」
「んー…、要る要らないじゃないな。よくわかんないんだ」
「そっか。じゃあ貴子おばさんとかどう?」
突然の質問に俺は「は?」と聞き返す。
そして貴子さんのあの泣いた顔と商店街で背中に飛びついてきた時の顔が思い出された。
「だって貴子おばさんは薫くんと仲良しだし、貴子おばさんも薫くんと一緒に居ると笑顔だし、麗華も薫くんと仲良しだし」
「それなら麗華にすれば?若いし年近いよ」
この会話に少し離れた所で聞いていた鷲雄さんが「バーローお前達、薫くんに変な事言うんじゃねえ」と注意をし、奥さんが「本当よ。虎徹が小テストの成績良くなったんだからこのまま亀川家の救世主になって貰うのに変なこと言ったら来てくれなくなっちゃうでしょ!」と続けた。
そんな俺の耳には俺が鷲雄さんの家で虎徹くんに勉強を教えているとは知らずに、麗華さんが鷲雄さんの奥さんに田中家の実家で起きた愚痴なんかを入れてきてそれが「薫くん、聞いてあげてよ」と即座に回ってきてしまう。
実家で龍輝さんが怒られる理由も貴子さんが早い方がいいと言われるのも麗華さんが田中姓だが亀川に考え方が寄っていると思われるのも間違っていない。
だが貴子さんの目指す場所がわからなかった。
わからなかったがすぐに酔った鷲雄さんがバラした。
「龍輝の野郎は昔はちったぁまともでよ。貴子の1番になれないのをわかっていても貴子の笑顔が1番だから頑張るって俺に言うから応援してウチにも連れて行ったんだ。そんで無理矢理付き合わせようとしたら貴子もケジメをつけて結婚をした。
結婚をする時、龍輝は貴子の笑顔が見たいからって言って、貴子はそれなりにしか出来ないよって言って夫婦になった。貴子はそれなりだがきちんとやる事はやった。龍輝も最初はそれで良かったんだけどな」
この言葉で俺が「見たかった貴子さんの笑顔が俺や父さんがもたらしたものだから龍輝さんは傷付いたんですね」と言うと鷲雄さんは「わかってくれてありがとよ。あの日も龍輝の野郎に殴られて背中や見えない所に痣まで作っても黙ってるなんてすげえ根性だな。男だぜ薫くん」と言い「早く二十歳になったら飲もうぜ?最初は昴ちゃんさんと美空さん、2回目は貴子に譲るから3度目は俺と頼むぜ?」と言った。
そんな鷲雄さんの亀川家との生活も順調に進み、次の土日が過ぎると2週間といった所で今週の土曜日も鷲雄さんに呼ばれた。
ほぼ毎日のように呼ばれてメール交換しなければ良かったと思い始めた頃、奥さんが「貴子達に返すまで俺が捕まえておかねえとなって言うからしつこくてごめんね」と謝ってくれて鷲雄さんの気持ちを知った。
金曜日の午後はまたあの三馬鹿が居るのでついつい知らない世界の話が聞ける事を楽しみにしていると「お前の為に1人捕まえたぜ?弟の同級生」と話していた。
弟は要領が良くて勉強も遊びも両立できているから女の確保が上手いと言う事だった。
なんか生々しくてつまらない。
なんかもっとテレビの向こう側みたいに「へぇ」と言う話が良かったが週末に二駅隣のホテルに年下の女の子を連れ込むとかは聞きたくなかった。
土曜日の夕方、鷲雄さんの亀川家に顔を出すとリビングで満点の答案を持って胸を張る虎徹くんの肩を抱いて褒めちぎる鷲雄さんが「今日は虎徹が小テストで人生初の満点を取った記念の日だ!これも全て薫くんの手腕だ!だから宗光が帰ってきたら寿司だ!」と言い、その前で泣いて拍手をする奥さんと「虎徹をありがとう」と感謝をしてくれる正宗くんに誘われるがまま寿司の話になった。
俺の食生活は本当に潤ってしまった。
恐れ多い、申し訳ないと言い出せずに「いや〜」としか言えない自分が小物だなと思っていると怪訝そうな顔で帰ってきた宗光くんが「電車に麗華が居た」と言った。
鷲尾さんが「あ?連れてくりゃいいのに」と言うと宗光くんが「なんか男と居たんだ。それで途中の駅で降りて行った。でもあの駅って飲み屋とかエッチなホテルしか無いだろ?それに麗華も楽しそうな顔をしてなくて気になってさ」と返す。
嫌な偶然で済ませたかったが俺は嫌な汗が噴き出した。
「鷲雄さん!嫌な予感がします。外れていたら怒ってくれていいから車出して!あの駅には何分で着きます?」
「この時間は国道が混んでるから…」
ダメだ、時間勝負でそれは手遅れになる。
そう思った俺は「自転車貸してください!」と言って長男の正宗くんに「正宗くん!道案内出来る?」と聞くと虎徹くんが「俺得意だよ!」と名乗り出てくれた。
「虎徹くん!行こう!皆さんは車で来て!人海戦術でもしないと手遅れになる!」
俺は自転車を走らせて「虎徹くん!ダッシュ!遅い!」と言う。
車なら30分の道のりを15分で着くと、近くのコンビニに「事情は後で話します!自転車を置かせてください」と言って自転車を預けて虎徹くんとホテル街に向かう。
向かう最中に電話をかけてみたら即座に電源を切られた。
嫌な予感は確信に変わり始める。
同意ならまだしも無理矢理なんてあってはいけない。
あんな方法で口封じなんて許されない。
苛立つ俺に虎徹くんが「薫くん?」と聞いてくる。
「もしかしたら麗華さんが無理矢理ホテルに連れ込まれるから、その前に見つけて止めるんだ。スマホ持ってる?」
この危機的状況に虎徹くんは目をぎらつかせて「あるぜ!」と言うので「じゃあ今の話を鷲雄さん達にしながら探して!」と指示を出して二手に分かれた。
俺達は二手に分かれると路地と言う路地を見て「麗華さん!何処!」と声をかける。
声をかけながら貴子さんに電話をしたら龍輝さんが電話に出て「テメェ!貴子に何のようだ!」と怒鳴られた。後ろで「何やってんのよ!勝手に私の電話出ないで!」と貴子さんが怒鳴っているのが聞こえる。
「良かった!龍輝さん!麗華さんは何処です!?」
「あ?麗華だと!?お前の知った事か!」
…凄く苛立ってきた。
もしかして家に居るとか思ってるのか?
後ろでまた泣いている貴子さんの声が聞こえる。
父さんなら「亀川の息遣いは辛い時のだ」と言ったかもしれない。
どうしてもあの眩しい笑顔が曇るのも涙で汚れるのも見ていられない気持ちで苛立って「うるせぇ!麗華さんが部屋に居るかいないか見てこい!変な男にホテルに連れ込まれるかもしれねーんだよ!」と怒鳴った。
俺もここまで声が出るとは思わなかったが電話の向こうで貴子さんの「麗華?薫くん?」と聞こえてきた。
こうなると龍輝さんは邪魔だ。
俺は「貴子さん!麗華さんは何処!?部屋を見て!」と言うとすぐに「居ない…居ないよ!麗華は!?」と聞こえてきた。
「ちょっと買い物くらいならいいんだ!でももし変な男に呼び出されたりしていたら、連れてかれてる可能性があるんだ!大学で年下の子ばかりを狙って襲う話をしてる奴らが居たんだ!そいつらは今日女の子を襲うって言ってた!それに宗光くんが電車で麗華さんを見かけてホテル街の駅で降り立って言うから見にきたんだ!龍輝さんはすぐに来る!貴子さんは麗華さんが戻ったら連絡して!」
俺は言うだけ言って電話を切るとまた麗華さんの名を呼んで探していると悲鳴が聞こえてきた。
確信のあった俺は声の方へと走って行った。
路地を2本越えた先で麗華さんは5人の男に捕まっていて「虎徹!虎徹!」と虎徹くんを呼んでいる。虎徹くんは頭から血を流して倒れている。
どうやら使い終わったおしぼりを入れていたカゴで頭を殴られたようだった。
俺はスマホを取り出して撮影しながら「何やってんだ!」と言って駆け寄ると泣き腫らした麗華さんが「薫…くん?」と言いながら更に泣き、「虎徹…虎徹が殴られて血が出て倒れて」と言って震えている。
男達は3人はやはり大学の連中だった。
そして残りの2人はよくわからないがその片方が虎徹くんの妨害に苛立ってカゴで頭を殴打していた。
俺は全員の顔を撮りながら近くのカップルに「泣いているこの子は中学生、殴られた子も中学生、無理矢理連れてこられたからすぐに警察と救急を呼んで!」と頼むとカップルはすぐに応じてくれた。
その間にもキョロキョロと周りを見る5人に向かって「お前達、逃げるなよ?顔は撮った。1人が殴った時に逃げようとしてたろ?でも手遅れだよ。とりあえず麗華さんから手を離せ、後はスマホを返せ」と言うと5人は真っ青な顔でお互いの顔をみてどうするべきか困っていた。
この間にもギャラリーが集まって5人の逃げ場は無くなって行く。
俺は前に出て麗華さんの手を取ってスマホを取り返すと「麗華さん、怖いと思うけどもう少し頑張れるね?」と声をかける。
麗華さんが震える声で「かお…る…くん?」と聞き返してくるので「虎徹くんの状態を診ながら鷲雄さんに電話して。鷲雄さんはこっちに向かってくれているからね。後は龍輝さんも来るはず。とりあえず俺のスマホは撮影中だから頑張って」と指示を出す。
「え?」
「ほら、虎徹くんを見て、ハンカチはある?頭の血を拭いてあげて」
俺は5人を逃さないように睨みながら血のついた籠と虎徹くんの頭も動画に収めておいた。
虎徹くんはすぐに気がついてハンカチで頭を押さえながら「いてえ、これじゃあ寿司行けねえ」と言ってくれたので俺は安心をした。
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