第16話 (最終話) 冬の悲しい思い出は春の訪れとともに終わる。
貴子さんと父さんのやり取りを見て龍輝さんがキレる前に麗華さんが「イエローカード〜、次はレッドカード~」と駅員の真似をして呟くと龍輝さんは「ぐっ」と言った後で「おい、薫。お前の親父大丈夫だよな?」と聞かれた。
何となく龍輝さんは俺を呼び捨てにするようになった。
まあ、アイツだのコイツよりはマシになったみたいだった。
「ええ、父さんはタバコダメですから」と返す俺に真剣な顔で「…貴子が禁煙したら?」と更に聞いてくる。
「出来ませんよ」
「したらだよ!」
このやり取りにイラッとした俺は「ガタガタうるせえですよ。変な心配をする暇があったら貴子さんの顔を見て何に喜ぶか学べばいいんですよ」と言う。
その時の俺の顔は怖かったらしい。
「わ…怖」
「薫くんって麗華を助けた日も思ったけど怖いよな」
「マジで怖い」
虎徹くん達のコメントに俺は「え!?そんな事ないって怖くないよ」と言うと横に母さんが、居て「あら?自覚ないの?薫は怖いわよ」と言って笑った後で虎徹くんの勉強の進捗を聞いていた。
元プロの母さんからすると俺の教え方はまだまだらしく「まあ友達にはいい感じよね。間違っても塾講師のアルバイトなんてやるんじゃないわよ」と言われた。
注意を受けて渋い表情の俺を見て麗華さんが「でも美空さん!私の成績上がったのは薫くんのお陰です!」と言い、虎徹くんも「俺も上がって褒められたよ」と言ってくれる。
母さんは嬉しそうに「良かったじゃない。いい人たちに恵まれたわね」と言ってくれた。
俺はここでなんで母さんがこっちに来たかを気にすると貴子さんは早速酔って人生3度目の記憶を飛ばしてしまい「昴ちゃん!薫くんが麗華の勉強をみてくれて嬉しかったの!麗華が勉強をやってくれて結果も出したの!」と、この1月から3月までの報告を泣きながら始めていた。
「うん。薫がお役に立てて嬉しいよ。薫から聞いたけど限定のローストビーフとかマグロの中落ちとか確保してくれてるんだよね?亀川こそありがとう」
「ううん。お安い御用だよ。薫くんって凄いお肉が好きでね、チャーシュー麺に角煮頼んで別盛りのチャーシューの盛り合わせも食べるんだよ!」
この報告の時、母さんは俺を見てため息をつく。
「母さん?」
「薫、運動しないと少し太ったわよあなた」
まさかの言葉に俺は固まる。
確かに実家にいた時より肉食になった。
俺が「え!?」と返すと母さんは「3ヶ月ぶりだからよくわかるわ。麗華さん、薫が肉肉煩かったら注意をお願いね」と言い、麗華さんは「了解でーす!薫くんにはこれからも勉強見てもらうから注意をしまーす」と言っていた。
麗華さんを見て「ふふふ」と笑った母さんは龍輝さんに「なんでアレ暴力に出てはダメです」といきなり言う。
バツが悪そうに「…わかって…ます」と言う龍輝さんに向かって「それにやめないとああなりますよ」と母さんが指をさしたのは貴子さんで「昴ちゃん!痛かったよ!殴られて痛かったの!でも薫くんが心配するし麗華が悲しむと思って痛いって言わないように我慢したら薫くんが、痛いって言ってって言ってくれたの。嬉しくて泣いたの!薫くんは昴ちゃんの真似をしてくれて私を亀川って呼んで思い切り泣かせてくれたよ」と父さんに言いつけて腕に抱きついて泣いていた。
父さんは「亀川、痛かったんだね。泣いていいからね。これは泣いていいやつだよ。後は?大変だったんだよね?全部聞くよ。何から話したい?」と言ってあげていてその姿に龍輝さんが「あ…貴…」と言いかけた。
トラブルになる前に「動かない。座って。動いても損します」「懲りない人、原因はあなたよ?大人しくしなさい」と俺と母さんで睨みつけたら龍輝さんは小さくなっていた。
虎徹くんが「怖い」と言ったところで母さんの横に来た麗華さんが何かを見せると母さんは呆れながら嬉しそうに笑って「薫も昴さん似ね」と言った。
何事かと思ったらそれは俺が龍輝さんの胸ぐらを掴んで揺さぶっていた時のムービーだった。
俺が驚いて「なんであるの!?」と言うと虎徹くんが「俺が撮ったぜ!」と言って笑った。
今回はお花見の最後、夕方になって寒くなるまで付き合った父さんと母さんは皆との集合写真に収まっていた。
「昴ちゃんさん!お願いです!沢山写真を撮りましょう!」
そう言った麗華さん監修で貴子さんと母さんの写真、そこにひばりさんや麗華さんも加わった写真、父さんと母さんが桜の木の下で手を繋ぐ写真や父さんと貴子さんのツーショット写真。
中には俺と父さん母さんの3人の写真もあった。
父さんは鷲雄さんと肩を組んだ写真とそこに龍輝さんを交えた写真も撮って「薫がお世話になりました」と言う。
鷲雄さんは「俺達こそ薫くんのおかげでなんとかなりましたよ。なあ龍輝?」と言うと龍輝さんは一瞬固まったがすぐに「うす。麗華のことは本当に感謝しかない。でも貴子に関しては面白くない」と言った。
その言葉に父さんは「それならもっと亀川を大切にしてあげてください。亀川はお祭りはちょっと一周するくらいが好きです。外ご飯はシェアとかは好きですけど自分から言うまでは待ってあげてください」と話すと鷲雄さんが、「何度でも言うけど負けだよ龍輝」と言い龍輝さんは「くそ」と漏らしていた。
帰り際に鷲雄さんが「昴ちゃんさん。8月に会えませんかね?」と言う。
「8月?お盆休みですか?」
「8月ならいつでもいいんです。ただ、俺はどうしても薫くんと酒を飲み交わしたい。一番乗りは昴ちゃんさんと美空さん、二番乗りは貴子、だから三番だけは譲りたくねえんです」
この言葉に父さんは喜びの表情で「そんなに薫を気に入ってくれてありがとうございます。では是非8月にお邪魔させてください」と言ってから俺に「薫、誕生日までお酒飲んだらダメだよ?」と言った。俺は照れながら「わかってる」と返事をする。やはりどうにも父さんと母さんが居るとリズムが違う気がする。
「じゃあ今度は日本酒も持ってきますから、龍輝さんも良かったら薫と飲んでください」
「…おう」
父さんはそう言うと貴子さんの前に出て「亀川、今日もご馳走様。今度は8月になったからまたね」と言うと「え!?昴ちゃんと美空さん来てくれるの!嬉しいよ!」と貴子さんは飛び跳ねた。
「でも麗華さんが受験だから短いやつだよ?」
「えぇ!?麗華はスパルタ塾の夏期講習とか行かせるよ!朝から夜中までの授業とかにするから大丈夫だよ!!」
貴子さんの返しに麗華さんは「酷っ!」と言ってひばりさんは「ふふ。お姉ちゃんらしいね」と笑う。
「薫、俺達はこのまま帰るけど荷物持ちとかキチンとお手伝いしてね」
「本当よ。食べてばかりいないで動きなさい」
父さん達は言うだけ言って帰って行った。
俺はこの日から少しだけ運動を始めた。
貴子さんは麗華さんから俺が運動を始めた理由を聞いて笑いながら「気にしすぎだよ〜。でも気になるなら今度はローストビーフじゃなくてサラダチキン作ってあげるからそれを食べなね」と電話をくれた。
その声はとても楽しげで明るいもので、ようやく貴子さんの悲しい思い出ばかりの冬は終わり春が訪れたのだと俺は思った。
これで次の冬、貴子さんは暗くならなければいいなと思った。
俺は想像していた大学生活とは違ってしまったが、これはこれで良いものだと思いながら桜並木を軽くランニングした。
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