第11話 万事休す
「チッ、仕方ねえ。騒がれても面倒だ、殺せ」
「っ、公麟は関係ないだろう……!」
雪藍に黙れと拳を振り上げた男が、公麟という名を聞いてぴたりとその手を止めた。
「公麟?クソ、志家のボンボンか……!殺すと面倒なことになる、ずらかるぞ……!」
男達は裏口を見つけて、ドタバタと足音を鳴らして逃げていく。
「お前たち、何者──雪!」
異変に気付いた公麟が雪藍の名を叫ぶが、叫び返す気力は無い。店の奥で倒れている雪藍を見つけた公麟が慌てて抱き起こした。
「雪藍、何があった?!」
「だい、丈夫」
「じゃ、ないだろう……!」
いつも飄々とした遊び人の彼が真剣な表情をして怒鳴っているのが、雪藍には何故だかおかしかった。
「ありがとう、公麟」
「二階まで運ぶぞ?」
「うん」
公麟が雪藍の首に手を回して、軽々と抱え上げ、居住スペースである二階へと連れていった。
「薬師を呼ぶからそれまで安静に」
「大袈裟だ。骨も折れてない」
大したことないと宣う雪藍に、普段笑みをたたえてばかりの公麟の顔は険しく歪んでいた。
「何が大袈裟なんだ。君、今どんな顔してるか分かってるのか?私に負けず劣らず美しい顔が腫れ上がってるんだぞ?!それに、君があんな破落戸にやられるなんて……発作が?」
「ああ、いや。不意打ちで薬を嗅がされた。目が覚めたらここに連れられていた」
雪藍の言葉に公麟が柳眉を吊り上げた。
「なんだって?何が大した事ないんだ。奴等に心当たりはあるのか」
「うん。少し、怒らせてしまってね。『近隣の店を焼き払ってもいい』とも言っていたから、悪いけど皆にも警戒するよう広めて欲しい」
雪藍の告白に公麟が目を見開き、そしてすうっと怒りで目を細めた。
「この街で暴れようとはいい度胸。目にもの見せてやろう」
──伊達に大商家の当主やってない、か。
頼りになる、と雪藍はほっと息を吐き、目を閉じた。
「雪?」
「まだ少し薬が残ってたみたいだ。やっぱり薬師を呼んでくれる?」
「あ、ああ。直ぐに。君は何も心配せずに寝ていろ」
雪藍は「ありがとう」と答えて、公麟が階段を降りて店から去ったのを確認してから、痛む身体を押してふらふらと起き上がった。
──明琳が追っ手に見つかる前に何とかしなければならない。私が騒げば、時間稼ぎくらいにはなるだろう。
***
「城まで飛ばしてもらいたい」
雪藍の姿を見てぎょっとしている御者に巾着袋を渡して、雪藍は王宮へと急ぐ様伝えた。
「城だって?面倒事になるのは勘弁しとくれよ」
「私を下ろしたらすぐに立ち去って構わない。迷惑はかけない。それでは足りないか?」
暫し悩む様子を見せた御者だが、雪藍から受け取った巾着の、乗車賃にしては過分に過ぎる中身を見て態度を変えた。
「ま、まあ困ってる人の頼みは聞かないとなあ、無事に着いたら……」
「追加の駄賃をお支払いするよ」
これには御者も喜びを隠しきれず、先程までの慇懃無礼な態度をころっと改めて恭しく雪藍を車内に招き入れる。
「ささ、どうぞ。飛ばしますから少々揺れますが、辛抱を」
「ありがとう、助かるよ」
折れてはいないが、体のあちこちが痛む。軺車が揺れる度、身体が悲鳴を上げるのを堪えながら、雪藍はともすれば落ちそうになる意識を唇を噛み締めて保った。
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