第5話 勇猛果敢 壱


「煌葉、明日の進行は」

 煌葉は忠告はしたもののどうせ今年もサボるのだろうと思っていたため、自ら明日の進行を聞いてきた主君に驚きを隠せなかった。

「耀冥のやつ、いつの間に影武者を雇ったんだ?いや、でもそうか。もっと早く僕の方から提案すべきだったよ。耀冥の気紛れに胃を痛ませることもない、なんていい案なんだ!」

 煌葉は耀冥の〈影武者〉の肩を組もうとして、鼻先に突き付けられた剣にひゅっと息を呑んだ。

「寝言は寝てから言え。お前が普段私をどう思っているかはよく分かった。丁度ダジルン国に軍を寄越そうと思っていたが、お前を指揮官に据えることにする。私から離れられてせいせいするだろう」

「あ、れ、本物?や、やだなあ冗談だよ冗談!そうだよな、君の顔がこの世に二つとあってたまるもんか」

「何をぶつぶつ言ってる」

「進行だろ、これだよこれ。どうせサボるだろうと思って挨拶は僕がやることにしてあるから、君は座っていてくれればいいよ」

 

 耀冥は執務机に頬杖を突いて進行表を眺めながら、〈王の姿をして現れてみせたらあれはどんな顔をするだろうか〉と考えてふっと口の端を上げた。

「……君、何か企んでるな」

「いいや、何も」

「嘘だね。僕の目を誤魔化せると思うなよ、頼むから大人しくしててくれ……!」

 耀冥は話は終わったとばかりに小言を言い続けている煌葉を部屋から追い払った。

 

 ***


──剣技大会当日。

 

「人が集まるかどうかと心配してたけど杞憂だったみたいだねえ。人気者じゃないか、耀冥」

「くだらん冗談はよせ。褒美か私の首が狙いだろう」

 フンと耀冥が鼻で嗤うのを揶揄からかうことなく、煌葉はスッと目を細めて静かな声音で返した。

「警固は兵部ひょうぶ*と刑部けいぶ*に指揮させてるよ。万が一不穏な動きを見せるものがあれば、即座に取り押さえて投獄していいと伝えてある。──暴れるようなら斬り捨てて構わないとも」

「……お前がいると殺されることも叶わんな」

 肩肘をついて眉を寄せながら溜息を吐いた耀冥を見て、一瞬見せた険しい表情が嘘だったかのように煌葉はおどけてみせた。

「君が大人しく有象無象に殺されるタマなもんか、閻魔だって裸足で逃げ出すさ!ささ、支度して!」

 

 ぱちん、と煌葉が指を鳴らせば衣装係がずらりと部屋の前に現れ、剣技大会で着用する衣服を運び込む。

 ただし、現王が人に触れられるのを良しとしないことは皆良く分かっているため、着替えの世話をしようなどという命知らずはいない。


「支度が出来たら呼ぶ、お前も出ていけ」

「部屋の前で待ってるよ、そう言って何度逃げられたことか!」

 知己ちきのしつこさにうんざりしながら耀冥は煌葉を蹴飛ばし、扉を閉めた。


 皇帝にのみ許された色の袍、すなわち黄袍ファンパオに着替え、じゃらじゃらと玉簾が鬱陶しい冕冠べんかんを被る。

「うわあ、君、黄色ぜんっぜん似合わないね!冕冠も驚くほど似合わない!」と煌葉に言われた時のことを思い出して、耀冥はくっきりと眉間に深い皺を刻んだ。


「おお、早かったね!うわっ、何度見ても似合わないな、君のそれ!」

「五月蝿い。黄袍こんなものが似合う様になるくらいなら気狂いの姿が似合う方が余程ましだろうよ」

「またそんなことを言って。悪かったよ、ささ、行こう!今回は凄いぞ!」

 

 浮き足立った煌葉に背中を押し出されて眉間に皺を寄せながら王城の広場へと向かった耀冥だが、遠目に瑛雪藍の姿を見咎めて、片眉を上げた。

──来たか。

 煌葉の狙い通り、例年とは趣向が異なり庶民も入り乱れて勝敗の予想は混戦を極めていた。しかし、というかやはり、というべきか明らかに貴族に忖度している者も多く散見された。

 そんな中勝ち上がってきた、一際観客の目を引く細腰の美丈夫。それに対するは、六尺二寸七分*程で背丈があり、いかにも筋肉自慢といった大男。先程まで皇帝親衛軍、北衙ほくが禁軍きんぐんの中でも王宮の防御を担当する羽林うりん軍に属する下級兵士の剣を早々に吹っ飛ばし、その拳でタコ殴りにしていた男だ。


「あんな無謀な……体格の差を見てよ!止めるべきかな」

「五月蝿い、黙って見ていろ」

 久々に面白いものが見られそうだと、耀冥は口の端を上げた。


──お手並み拝見と行こう、店主。

 

 

 兵部:軍事を司る部署

 刑部:司法を司る部署

 六尺二寸七分:190cm



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