第6話 勇猛果敢 弐
キンと剣がぶつかり合う小気味いい音が響いたかと思えば、雪藍はふわりと軽やかに後ろに退避して間合いを取り、再び斬り込んでいく。
長物を力の限り振り回す男に対し、雪藍は無駄の無い動きで男の攻撃を避ける。
その度、昨日耀冥が見た時と同じ様にひらりと上衣の裾がたなびく。
深紅の錦は見る物を高揚させる程に鮮やかで、それでいて金の流紋と蝶の刺繍は陽の光に照らされて品のある煌めきを放ち、観客の目はすっかり雪藍に釘付けになっていた。
──
怒り任せに男が振るう長物を避けるべく、雪藍が宙でくるりと舞い、観客からはどよめきと感嘆の溜息が漏れた。
「耀冥!今の、見た?!人が空中で回転したよ?!」
興奮してがくがくと肩を揺さぶってくる煌葉を常ならば「喧しい」と振り払うところだが、この時は耀冥も少しばかり気が昂っていた。
「見ている」
次はどうする、と観客がじっくり動きを予測する暇もなく、雪藍は宙を舞った勢いのままに男の背後に回り込んで手刀を叩き込み、男は呆気なく地面に崩れ落ちた。
「うわあ……!」
公務であることを忘れて上気した様子で雪藍を食い入る様に見る煌葉を横目で見ながら、耀冥は口の端を上げた。
「煌葉、いいのか?」
「何が?」
首を傾げた煌葉に、耀冥がその長い指で階下の屈強な兵士達を指差した。
「
龍武軍。皇帝親衛軍である北衙禁軍の中でも、行幸など王が王宮の外に出向く公式行事の折に護衛に付く精鋭部隊。〈王の命を護るために選ばれた一握りの
そんな彼らが、どうやら雪藍の殺陣を見てやる気になったらしい。
「い、いいわけないだろう……!」
羽林軍の中でも選りすぐりの精鋭、いかに雪藍の殺陣が鮮やかとはいっても実地経験豊富な彼らが雪藍に敗れることはないだろうが、〈民があの龍武軍と互角に戦った〉などという風説が流れては困るのだ。
煌葉は慌てて銅羅を叩いて大会の終了を告げた。
「──そこまで!貴殿、王が褒美を取らせる、名を」
煌葉が階下の広場に向かって声をかければ、瑛雪藍が膝をついて礼を取った。
「
「願いは──」
耀冥の代わりに聞こうとした煌葉を、耀冥が片手を挙げて制止した。
「面白い物を見せてもらった、約束通り一つ願い事を叶えよう。汝の願いは?」
逆光で雪藍からは耀冥の顔は見えていないはずだが、聞き覚えのある声を聞いて階下の雪藍は怪訝そうに眉を顰めた。
──まさか王がふらふらと護衛も付けずに街に下りているとは思うまい。
くっと笑いが込み上げそうになるのを噛み殺しながら、耀冥は雪藍の答えを待った。
「なんでも構わんぞ。金でも銀でも、宝玉でも、国でも、な」
耀冥の戯れに観客がざわつき、役人達は困惑した様子を見せる。
「耀冥……!」
隣から小声で非難の声を浴びせる旧知を無視して、耀冥はただ雪藍の答えを待った。
──一生遊んで暮らせるほどの宝玉や役職をチラつかせて勝ちを譲れと揺さぶる者もいただろう、店主。王ならばそれ以上の物を与えられることは分かっている筈。それでも尚、願いは変わらないか。
「……恐れながら皇帝陛下に申し上げます。来月後宮に上がる予定になっている娘の後宮入りを取り止めて頂きたいのです。
王の妃の人事に介入する願い事。雪藍の謀反とも言われかねない大それた願いに、祝杯の雰囲気に満ちていた広場はしん、と静まり返る。
階下に居並ぶ
耀冥はと言えば、愉快げにくっと喉を鳴らして雪藍の願いに応えた。
「その願い、聞き入れよう。命の危険も顧みず女人のために王に進言する、我が国の官吏達にもこうあってほしいものだ」
耀冥は内心ほくそ笑みながら階下の雪藍に、否、貴族に対して宣言した。
「今後、私の元に娘を送り込んでくる者は私への謀反の意ありと見做す。皆、今日は良く参加してくれた。大いに飲み、大いに語らうといい」
王の〈寛大な言葉〉に、広場の民からはわあっと歓声が上がる。
隣で煌葉が天を仰ぎながら「君が大人しく参加するわけないと思ってたんだ」と額を押さえているのを横目に耀冥は椅子から立ち上がり、「お前の望み通り〈寛大な王サマ〉とやらを演じてやっただろう」と笑いながらその場を後にした。
六部:政治を司る六つの部門の総称
尚書令:六部の長官
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