第7話 羞月閉花*
「いやあ、凄かったね、優勝者の彼!」
ほくほく顔で耀冥の執務室に転がり込んでくる煌葉を見てうんざりと眉根を寄せながら、耀冥は
「……あれはもう帰ったか」
「うん?ああ、うん、どうだろうな」
まさか返事が返ってくるとは思っていなかった煌葉は一瞬面食らって言葉に窮した。
──耀冥が人間に興味を示した?!
「よ、耀冥、護衛に彼なんかどうかな」
数ヶ月前「専属の護衛?要らん。他人が側に
「ああ、好きにしろ。……なんだその間抜け面は。見苦しい」
あんぐりと口を開けた煌葉に顔を
***
参加者名簿から彼の名前を探し出し、煌葉は華南に足を運んでいた。
「うーん、明るい街だ」
店が立ち並ぶ通りの活気を味わいながら煌葉は弾んだ気持ちで
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれた店の主人は、明らかにお金を持っていなさそうな下っ端役人の身なりで現れた煌葉にも嫌な顔ひとつせず、ふわりと優しく笑いかけてお茶を出してくれる。
──これは耀冥が興味を持つのも分からなくはないな。
煌葉は仕事の癖で、彼の見目をそれとは分からないようにそっと観察した。
後宮の姫君達にも劣らぬ白く滑らかな肌、柳の様な形のいいきゅっと上がった細眉、片手で覆えてしまいそうなほど小さな顔の輪郭。長い睫毛の間から見える瞳はその髪の色と同じ、艶めいた紫黒。
決して童顔や女人顔というわけでは無いが、「美人」と形容したくなる見目。
一見華奢だが、間近で見ればその手の甲には剣技を嗜むもの特有の筋が薄く入っている。
背丈は六尺一寸七分*の耀冥より三寸三分*ほど低い五尺八寸*といったところだろうか。
凍てつく様な氷の美貌を持つ
煌葉が挨拶もそこそこに本題を切り出すと、雪藍はぱちりと目を白黒させた。
「私が主上の護衛、ですか?」
「はい。王が貴方を護衛にと強く望んでおられます。一生遊んで暮らせるだけの給金を出しますし、待遇も保証します」
「申し訳ありませんが、お断り致します」
「えっ、えっ?!」
あまりに素気無く断られてしまい、まさか王の護衛という
「?」
「その、考え直しては頂けないだろうか?!王の護衛を任せられる人を探しているんだ。王はなんというか、少々、その、偏屈で苛烈で気まぐれな人間で」
「……それは、断れば街の皆にも迷惑がかかるということでしょうか」
雪藍は煌葉の言葉を脅しだと捉えた。
先程まで異国の聖母マリアを思わせるほどに柔らかく煌葉を見つめていた目は、今は険しく凛とした拒絶の意志を持って煌葉を捕らえていた。決して媚びることの無い強い瞳。
──成程、これは確かに耀冥好みだ。
琰耀冥は逆心有りと見做した者は片っ端から潰すくせに、自分に媚び
「誤解を招く言い方をして申し訳なかった、王は僕がここに来ていることを知らないんだ。王の命を狙う人間は多いし、彼は他人をそばに置くのを嫌がる。旧知の僕にはそこそこ心を開いてくれてるし、僕もそれなりに腕は立つと思うんだけど、実は丞相でね。共倒れするわけには行かないんだ。だから護衛に専念してくれる人がいないかなあって、勝手に気を回してお願いしにきただけなんだよ」
煌葉の言葉を受けて、険しかった雪藍の表情は和らぎ、煌葉に頭を下げた。
「そうでしたか。早とちりをしました、申し訳ない。しかし、やはりお引き受けすることは出来ません。──私はただ、穏やかに生きたいのです」
何処か憂いを帯びたその横顔に煌葉はハッと息を呑んだ。
──訳有り、か。
「そうかあ。いや、お仕事の邪魔をして申し訳なかったね。あっ、服を注文していってもいいかな。ずっとこれを着回していたけど、そろそろ新しい
煌葉が雪藍に気を遣わせないようにわざとおどけてみせれば、雪藍もふわりと笑みを浮かべた。
「はい、喜んで」
羞月閉花:あまりの美しさに月も恥じらって雲隠れし、花も閉じる程の美形。
六尺一寸七分:187センチ
三寸三分:10センチ
五尺八寸:176センチ
缼胯袍:役人が着ている丸襟のスモックタイプの服。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます