第13話 掃き溜めに鶴
──熱が高いな。
耀冥は熱を持つその額に手を当てて顔を顰めた。医師が置いていった煎じ薬を水と共に口に含み、雪藍を起こしてその口に流し込むと、冷えた水が苦しさを和らげるのか一時的に凪いだ表情を浮かべた。
──薬が効けば少しはましになるか。
「耀冥、彼の具合は?」
「見ての通りだ」
熱に火照って浅い呼吸を繰り返す雪藍を見て煌葉が眉を下げた。
「……可哀想に」
「……で?調べはついたか?」
ついと耀冥が目を細めて煌葉に現状報告を求めた。
「お見通しか」
「当然だろう、お前が王の名を騙る反乱分子をみすみす逃す筈がない」
やれやれと煌葉が大袈裟に手を広げる。
「信頼が篤くて泣けるね。その分労ってくれたら言うことないんだけどねえ」
「巫山戯るな、私ほど優しい上司はいないだろう」
「信じられない。優しいの意味を辞書で調べるべきだ」とボヤきながらも、煌葉は現状の報告を始めた。
***
「ん……」
「少しは良くなった?」
「あ……」
口の端が切れているせいで痛みに顔を顰める雪藍を見て、煌葉は慌てて「無理して話さないで」と告げた。
「大丈夫です。あの人は?」
「あの人?ああ、耀、いや王のことだね。さっきまで君の看病をしてたんだけどね、そろそろ起きるだろうからお前に任せるってさ。照れ屋さんなんだ」
冷酷な口調は『照れ屋さん』とは縁遠いように思うが、と雪藍は訝しがりながらも、煌葉が言うならばそうなのだろうと受け止めた。
「ごめんね」
「?何がです?」
「いや、こうなることを予測しておくべきだったよ。君は士官も望まず華南に帰ったからわざわざ華南まで追いかけて襲撃する人間がいるとは思わなくてね、読みが甘かった」
「こちらの手落ちだ」と唇を噛む煌葉に、雪藍が「気にしないでください」と首を横に振った。
「身辺の警護をさせて欲しい。暫くここに留まってくれないかな?」
煌葉の申し出に雪藍が頷くことはなく、「お断りします」ときっぱりと固辞した。
「……言うと思ってたよ。少しの間でいいんだ、危険が排除できるまでの間。迅速に対応する。華南では中々目が行き届かないけど、ここならすぐに君を助けられる」
「……ここの方が命を脅かされることは多いでしょう」
「あー、そう、そうだよね。王宮は魑魅魍魎の住まう場所って悪名高いもんね、でも大丈夫!ここにいてくれたら君には指一本触れさせないし、暇を持て余している耀、いや、護衛を付けるよ。退屈に殺されそうだなんて平気で宣う不届き者なんだけど、高官の息子で出自はいいから無碍にもできなくて扱いに困ってるんだ。私を助けると思って、ね?」
雪藍が困っている人間を放っておけない性質だろうということは容易に想像出来た。
煌葉はいかにも困っているという風を装って必死に雪藍の良心に訴えかけた。
「駄目かあ……。毎日胃がキリキリしてるんだよ。王は我儘放題だし、官吏達は不正しまくりだし、古狸達はお前の仕切りが甘いからだって責めてくるし。これで君の身に何かあったら華南を敵に回すよね、君は華南で愛されているもの。華南にソッポを向かれたらこの国は終わりだな……。朝廷の古狸達が王のせいだと責め立てるに違いないよ。それで、均衡が狂ってまた血で血を洗う時代がやってくるんだ……」
不穏な言葉にギョッとした雪藍が大いに動揺しているのを見て煌葉がここぞとばかりに畳み掛ける。
「──いいや、大丈夫。華南でも君を守れるよう体制を整えるよ。人員は余っているとは言えないけど、王には自分で身を守ってもらうように言うよ。人嫌いだしむしろ喜ぶかもしれない。ああ、それから、華南の街にも警護を配備しなきゃ。奴らがいつどこで君を待ち伏せするか分からない」
煌葉の言葉に弾かれたように雪藍が顔を上げ、苦しげに眉を寄せた。
「ここに残って構いませんか。街の皆が巻き込まれるのだけは避けたい。迷惑はかけない、自分のことは自分でやります」
「……いいの?華南に帰りたいだろう?」
「ええ。でも、彼らが傷付けられるのは耐えられない」
「そこまで言うなら、王宮に君の部屋を用意させるよ。大丈夫、誰にも君を傷付けさせないからね」
──脅すような真似をしてごめんよ、君を守るためなんだ。許してくれ。
煌葉は内心で雪藍に平謝りしながら、部下に文を飛ばして手配を急がせた。
「ああでも、嬉しいな」
「嬉しい?」
「うん。歳の近い友人が出来たみたいで嬉しいよ。いや、僕にも友人と言うか、幼馴染はいるんだけど。無口で仏頂面の武人でね、僕の話を鬱陶しがってまともに相手をしてくれないんだ。いいかな、時々話に来ても」
浮き浮きした様子の煌葉に、強張っていた雪藍の顔がふっと緩んだ。
「はい。大した話も出来ませんが是非」
「ああ、本当に嬉しいな。毎日毎日見る顔と来たら、顔は冗談みたいに綺麗だけど我儘放題の王と家柄だけが取り柄の官吏達で、本当にうんざりしてたんだ。そこに君が来てくれてぱっと浄化された気がするよ。こういうのなんて言うんだっけ?──ああ、そうだ!掃き溜めに鶴!」
「それは男ばかりの場所に女人が現れた時に使う言葉では?」
苦笑しながら訂正する雪藍の言葉も、煌葉は意に介さない。
「そうだっけ?でもほら、清々しい気持ちだよ。醜いものばかり見てうんざりしてたんだ」
煌葉の酷い言い様に苦笑しながらも、王宮に不信感を抱いていた雪藍は警戒心が解けていくのを感じた。
「お茶を用意してお待ちしています。華南で流行のものを」
「うわあ、楽しみにしてるよ!それじゃあ、またね。ゆっくり休むんだよ。外に警備の者がいるけど、私の手の者だから心配しないで。それから、例の道楽息子も呼ぶけど、君に無礼を働いたらいつでも僕に告げ口していいからね」
嵐のように去っていった煌葉の背を見送りながら、雪藍は待ち人の姿を想像した。
「貴族の道楽息子か……公麟みたいな感じかな」
──いや、公麟は見た目と口調で遊び人に見えるだけで、芯の通った男だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます