第12話 柳眉倒竪*
「王に御目通りを願いたい」
「貴様何奴──!」
勿論通される筈もなく、衛士に取り押さえられるが、それくらいは雪藍も承知の上。
「謝明琳を知っているだろう、居場所を教える、王にそう伝えてくれ」
取り押さえられても尚毅然と振る舞う雪藍の姿に、衛士達も当惑を見せる。
当番の中でも一番歴の長い者が判断を下し、指示を出した。
「この者は牢に繋げ。私は念のため報告する」
「はっ」
取り敢えず目的は果たしたらしいと安堵したせいか、雪藍は重くなる瞼に抗えずに意識を手放した。
***
「夏丞相!恐れながらお耳に入れたいことが御座います……!」
──彼は確か、今宵の当番衛士。
煌葉は万が一の事態を想定して頭の中で素早く今後の算段を立て始めた。
「どうかしましたか」
「その、既に取り押さえて獄に入れたのですが、不審な者が王に御目通り願いたいと……!」
予想した最悪の事態──謀反──ではなさそうだと、煌葉はそっと息を吐いた。
「如何なる人間も事前の断り無く王には会わせられない。不審な者ならば尚更」
「は、い。それがその、妙なことを口走っておりまして」
「妙なこと?」
***
「……というわけなんだけど、どうする?」
夜中に訪ねて来た知己を見て、耀冥は盛大に顔を顰めた。
「謝明琳?後宮入りを取り止めた女だろう。その女がどこに居ようがどうでもいい」
さっさと出て行けと言わんばかりの耀冥に、煌葉が肩を竦めながら小出しにしていた情報を落とす。
「そう?じゃあ獄に繋がれた彼は刑部の
耀冥が忌々しげに煌葉を睨み付けた。
「獄へ向かう」
「痛めつけられてるみたいだから、部屋に運んで医師を呼んで」
「お前は行かないのか、仲良くやってるんだろう」
こっそり雪藍に会いに行ったのがバレている。煌葉は耀冥の嫌味ったらしい言いぶりに顔を引き攣らせたが、直ぐに真顔に戻って「行かないよ」と首に横に振った。
煌葉を一瞥してから、何を言うでも無く耀冥は立ち去った。
煌葉は
「お呼びですか」
「うん。例の、剣技大会で優勝した彼がいるだろう。瑛雪藍。彼は王の名を騙った何者かに襲撃された可能性が高い。華南に人をやって調査して欲しい」
「御意。見つけた場合はいかが致しましょうか」
「人目につかないように
煌葉はにっこりと笑って彼を下がらせた。
***
身体が酷く痛む。熱があるのか、視界が歪んで上手く焦点が合わない。
騒然とした雰囲気の後、かつかつ、と誰かの足音だけが聞こえる。
「瑛雪藍。酷い有様だな」
声が耀冥に似ていると思ったが、ぼうっとした視界でも声の主が常人には許されない装いの人物であることは分かった。
まさか王が直々に獄に来るはずは無い。彼が王命を受けて謝家を取り潰すよう指揮している官吏なのだろう。
金糸で花の紋様が描かれた紫の対襟襦裙に、
しかし、これで明琳を捕らえようとしている人物は分かると男に焦点を合わせようとした雪藍よりも早く男が動き、目隠しをされる。
「なに、を……!」
「暴れるな。酷い怪我だぞ、大人しくしていろ。何を勘違いしているのか知らないが、謝明琳がどこに行こうと私には全くどうでもいいことだ」
人の命を軽んずるような不遜な響きに、不快感で雪藍は目隠しの下できつく柳眉を吊り上げた。
「な、に……?」
「願ったり叶ったりだったんだよ。娘を勝手に入内させてくるのにうんざりしていてな。だからお前の申し出に乗った。私には謝明琳を殺す必要がない」
男の言葉を聞いて雪藍は目の前の男の素性に考えを巡らせた。
「ま、さか、」
「ああ、その真逆。私がこの国の王で、悪名高い琰帝だ。会うのは剣技大会と今日で二回目だな、瑛雪藍」
「っ、王が、直々に何故……」
「丁度暇だったのでな。何処の馬鹿が私の名を騙っているのか、遊びに付き合ってやってもいいかと思ったのだ。しかし、どうやらお前は襲われた側のようだな、つまらん。ここから出してやる。獄中死されても面倒だ、お前は
どちらでもいい、と言わんばかりのぞんざいな口振りで、耀冥は雪藍に嵌められた手錠の錠前をかちりと外し、雑に担ぎ上げた。
「はな、せ、」
「大人しくしていろと言った筈だぞ。謝明琳を助けたいんだろう、精々私の気が変わらないことを祈れ」
明琳の名前を出されて、雪藍はぐっと唇を噛んで王に身を委ねた。
監察御史台:官吏を監督・弾劾する組織。
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