第14話 友有り遠方より来たる


 ひた、と額に当てられた手がひんやりと心地良い。雪藍がゆっくりと瞼を開けると、芸術品のように美しい絶世がベッドに腰掛けていた。

「起きたか。熱が酷いな」

「よう、めい?」

「無理して喋るな。口が切れている。夏煌葉は知っているな?あれと知り合いでな。面白い人間がいるから見に行けと言われて来てみたらお前だった」

 耀冥はつらつらと煌葉の筋書きに合わせてそれらしく話し始めた。 

「あ……じゃあ、耀冥が、護衛?」

「ああ」

「良かった」

 ぴくりと耀冥の眉が動いた。

「良かった?」

「うん」

 安堵したのか、何が良かったのかと耀冥が問いかける前に雪藍はすうっと目を閉じた。


***

  

「耀冥……?夢だったのかと思ったけど、本当に貴方だったのですね。少しの間、世話になります」

 起き上がろうとする雪藍の体を、耀冥が支える。

「私の素性が気にならないか?」

 何も聞いてこない雪藍に対して耀冥が投げかけた問いに、雪藍が一度首を傾げて「ああ」と頷いた。

「耀冥の素性、確かに知りませんね。でも、人には知られたく無いことの一つや二つあるでしょう。華南にもお忍びで来ていたくらいですし」

「……そこそこの出の出身だと気付いていて知らない振りをしていたわけか。私に何か望めばなんでも手に入るかもしれんぞ」

 そこそこどころか、一介の役人が身に纏える質ではない上等な絹を身に纏っている耀冥を見ながら、雪藍が苦笑いを浮かべた。

「かもしれませんね。ですが、私が欲しいのは穏やかな日常なのです、耀冥」

「……穏やかな日常か。華南で一生密やかに暮らしたいと?聞けば、縁談も女人からの告白も全て断っているそうだな。お前は他人の素性など気にならないというが、私は隠されると暴きたくなる性分でな」

 

 ついと髪を引っ張る耀冥に顔を顰めて、雪藍が溜息をついた。

「何もありませぬ。ただ、のんびりと暮らしたいだけなのです。私は都の人から見るとなまけ者の様ですね」

 

──あくせくと働いておいて、良くもそんなことを言う。


「そういうことにしておこう」

「ありがとう。なるべく早く犯人が捕まると良いのですが。明琳が心配です」

 雪藍が長い睫毛を伏せた。

「あの者なら探させている……と、煌葉が言っていた」

「二人は知り合いなんですよね?煌葉さん、凄く優しくて頼りになる人です」

 ふふ、と雪藍が口許を綻ばせるのがなんとはなしに腹立たしくて、耀冥はついとまた雪藍の髪を引っ張った。

「耀冥、痛いです」

「あれが優しいだと?性悪の腹黒で切れると手の付けられない男だぞ」

 

 自分以外の人間が褒められているのが許せないなんて耀冥にも可愛いところもあるものだ、と雪藍は思ったが、のちに雪藍はその言葉が正しかったことを知ることになる。

 

***


「いやあ感心感心。君が毎日王宮に顔を出すなんて信じられないよ。よっぽど雪くんが気に入ったんだねえ、このまま後宮入り……待った!冗談じゃないか、一々剣を持ち出すのはやめてくれ」 

 すらりと剣を抜こうとしている主を前に、煌葉は両手を挙げた。

「ならば黙っていろ。第一、私が来なくてもお前が勝手に仕事を持ってやってくるだろう」

「わあ、酷い言種いいぐさ。黙らないよ、仕事してもらわないと困るからねえ。地方からの嘆願書と上申、今日もたんまり届いてるから目を通してくれ。不要そうなものは取り除いておいた」

「お前が王になれば良いものを」 

 うんざりと眉を顰めながら宣う耀冥に、煌葉が肩をすくめた。


「ごめんだよ、王なんて。民の命なんて重すぎて背負えない。だから君がやるのがいいんだよ。君、民がどうなろうと興味無いでしょう」

「ああ、全くない。しかし、私を王にしておけば国ごと沈むかもしれんぞ。官吏の首をそっくり刎ね飛ばした後に敵国に売り飛ばすかもな」

 悪辣な言葉ばかりを吐く耀冥を見ながら、煌葉が笑った。

「まさか。君はしないよ。王の地位にも国の地位にも全く興味が無いくせに、一人の女の子のために国を維持させてるんだからね」

「違うと言っているだろう。削ぎ落とすぞ」

「わわ、ごめんよ!じゃあ、また後でね!ちゃんと読んどいてね!」


 遠方より来たりし友に会いに、煌葉はいそいそと耀冥の執務室から立ち去った。



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