第2話 国色天香


「若様。どうです、こちらは華北かほくの赤の瑪瑙めのうまがい物でないのは見れば分かりましょう。一般のお客様には見せていませんが、若様をやんごとなきお方と見込んでこちらもお見せいたしましょう。明度が高く、滅多にお目にかかれない質の翡翠ひすいに御座います」

 装飾具は全て外し色味の無い服を選んで被衣をして出てきたにも関わらず、宝物商の旦那は耀冥の衣服を一瞥するなり耀冥をお忍びの貴族かどこぞの大家の子息だと判断して宝玉を勧めてくる。

 成程商人の街として名を馳せるだけのことはあるらしい。

 加えて、被衣かずきから覗く耀冥の見目を見て一度目を見開いたものの、彼はすぐに平静を取り戻した。

 悪くない、と耀冥は口の端を上げた。


「店主、悪いがお察しのとおりお忍びでな」

「これはとんだ失礼を」

 耀冥の言葉を受けて、店主は追いすがることもなくあっさりと引いた。引き際を見誤らぬのも商人として重要な素質。

 

「時に店主、この市には国内随一の妓楼があると聞いたが」

「ああ、慶鳳楼けいほうろうで御座いますね」  

「ああ、確かそんな名前だったか。天壇香と天珀蓮が名妓だと名高いとか」

「ええ、そりゃあもう。妓女たちは街に装飾具や衣服なんかを買いに来ますが、中でも二人は見物客で人だかりが出来る程の別嬪さんですよ。華南一、いや、国一の美女です。もしや二人に会いに?」

 華南の自慢なのだろう、店主が耀冥に対して誇らしげに彼女らのことを語った。「ああ、天珀蓮の方にが執心していてな。余程性悪な女に違いないと確かめにきた」


 耀冥の嘘にすっかり騙された宝物商の店主は「とんでもない!」とぶんぶん首を横に振った。

「珀蓮は気持ちの優しい清らかな子ですよ。うちにも顔を出してくれますが、その度此方の体を気にかけてくれる」

 『妓楼の客になるからしおらしい顔をしているだけだろう』と耀冥は冷めた気持ちで店主の『珀蓮が如何に清楚な女か』という与太話を聞いていた。

 そのうち、街の空気を震わせる清浄な音が何処からともなく聞こえてきて、人々が思わず聞き入って手を止める。


 優しく、それでいて清く、聴く者の心が洗われるような澄んだ音。顫音せんおん*は空気を振るわせ、旋律はまるで色彩を持っているかのように鮮やかに響く。

──曲名は〈煙雨飛花イェンユイフェイホワ*〉だったか。

「このことの弾き手は?」

えい雪藍せつらん。向こうの錦商店を一人で営んでる青年だよ。いい子だ」

 宝物商の店主が「向こうの」と言いながら指差す方角を見ながら耀冥は既にそちらに向かって歩き始めていた。


「若様、珀蓮には紹介がないと──」

 親切心で一見いちげんは珀蓮には会えないと背中から声をかける店主に、「不要だ」と片手で示して耀冥はその場を立ち去った。

 



*顫音:トリル、トレモロ。

*煙雨飛花:本作の創作曲。意味は『霧雨の後に花が舞う』



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