Track 3-3
普段から皆に恐れられているスキンヘッドの振付師に、「お前はいらない」と言われた。これにはメンタルがそこそこ強いと自覚している亜央も、流石に俯くしかなかった。
俺は俺が正しいと思うことをやってきた。センターを外されないようにと、李智のことも思って行動していた。
だけどそうしたら、Next Gleamingにはいらないと言われた。
それってつまり、俺はΦalでも余計な存在だったということなのか? 皆言わないだけで、実は嫌われていた……?
というか、それならなぜ、AviewSEの時に振付師は俺を褒めたんだ? あれで自信がついたのに。
黒いモヤのかかった思考が頭を駆け巡り、大音量で再生されているはずのUr BroZersの曲を完全にかき消してしまう。
この前の『AviewSE』では、あまりに夢中で曲が聞こえなかった。だが今は、動き方すらも分からず、戸惑って曲が入ってこない。
当然カウントも大きくズレて、この日の練習は強制終了になってしまった。
「なぁっ、お前やる気あんのかよ?」
「お前がいい加減だと、こっちのモチベーションも下がるんだけど……」
「なんで李智なんかがセンターなんだよ? あの伴南ってやつ、やっぱ見る目ないんだろ。だからUr BroZersだってすぐに解散して——」
「やめろキラ。流石に言い過ぎだ。
未地が伴南の批判をし始めたキラや、メンバー達を制する。だがキラは、その雌雄眼を未地に向けて食いつき始めた。
「そうやって止めに入るのは、プロデューサーに嫌われたくないからか? ちょっといいポジションにいるからって、未地も自己保身に走るんだな。それかあれなのか? 李智とシンメだったから、李智のことは俺が分かってるとかいうマウント?」
「最初に言われただろ。ポジションは流動的だって。俺らは全員、ポジションもデビューも確約されてない。それに李智とシンメでも、俺はいつでも李智の味方ってわけじゃない。今日のダンスは俺から見たって酷かった。
だけどプロデューサーまで批判して敵に回したら、俺らはどうなる? 全て失うんだぞっ」
「全てって……大袈裟じゃね? アイドルは人生の一つの手段だろ? 売れたって一瞬だし。アイドルに全て賭けるなんてバカだろ」
「キラ……お前よくもそんな中途半端な気持ちでっ……!!」
未地がキラの胸ぐらを掴んだ。彼が激情を見せるのは初めてで、亜央はもちろん、他のメンバーも突然の出来事に目を丸くすることしかできない。
「そりゃデビューはしたいよ? 若いうちに、手っ取り早く。でも全て賭けてるかって言われたらなぁ。
俺は親戚が勝手に履歴書送って入っただけだから。お前らもそうかもしんないけど、小っちゃい頃からイケメンって言われてたし、顔で仕事できるなら良くね? って理由だけだけど。伊佐と深青も家族が勝手に履歴書送ってたり、お小遣いに釣られたりして入所しただけだし。李智なんかもっと酷いだろ? オーディションなしで入ったんだから。高久社長のお気に入りだか何だか知らねぇけど」
胸ぐらを掴まれても、キラは気にせず話し続ける。
未地はキラの体ごと壁に押しやった。ドン、と鈍い音がする。
「お前、それ以上は……っ!!」
「おいおいおいっ! どうしたどうした」
激昂し、ついに殴りかかろうとした未地を止めたのは
相原は解散したUr BroZersの元メンバーで、今はHigh Gleamingに所属しながら、俳優や練習生のコーチとして活動している。ついさっき、伴南が手がけたUr BroZersの批判をしていたキラは、流石にバツの悪そうな顔を向けた。
相原はそんなキラを見て、小さくため息をついた。
「まずな、キラに伝えなきゃいけないことがある。バンナンさんは本気だよ」
キラは小さく舌打ちをした。やはり聞かれていたのか、という表情だ。
「あの人はUr BroZersが解散した後、高久社長が連日心配するほど痩せて落ち込んだ。退職願まで出そうとしたのを、社長が止めたんだ。それは事務所立ち上げから関わってくれた仲間へのよしみじゃなくて、バンナンさんを認めてたから。
社長はどうしても新しいアイドルグループを出したかったけど、バンナンさん無しにはできないって分かってた。だけどバンナンさんは責任を取る、ハイグリを辞めるって頑固だった。それを社長が必死に説得して、バンナンさんはハイグリに在籍したまま、一旦プロデューサー業から離れる代わりに、バンナンさんの知り合いだったハジンさんを呼んで、オーディションの方法含めて全部委ねることにしたんだ。体制をガラリと変えて、本気で売るための事務所を作った。その影の立役者はバンナンさんなんだ。
Φalの成功を見た今、バンナンさんはまたプロデューサーに戻ってきた。ΦalはUr BroZersを超えた。なら、Next GleamingはΦalを超える。あの人は本気でそう信じてる。それを、当のお前らが信じなくてどうする?」
本来ならデビュー組の亜央でさえも、伴南の真相を初めて知った。通称・K-POPの神様であるハジンと知り合いだなんて、そんなすごいことをおくびにも出さなかった伴。相原の言う通り、只者ではないのだろう。
未地はいつの間にかキラから手を離し、キラも首元に寄った服のシワを直すこともなく相原の言葉を聞いている。
「それから李智。さくろ……バジ……あの振付師さんは、李智を全否定したわけじゃない」
立ち尽くしていた亜央を見据え、相原は言葉を続ける。振付師と言う前になぜか何度も言い淀んでいたが、今はそこを指摘できる場面ではない。
「あくまで今の李智はNext Gleamingのコンセプトに合わない、というだけだ。そもそも才能のない奴なんて採ってない。それはバジルさんが審査員の一人として、オーディションで1番こだわってることだからな」
「バジルさん?」
亜央はキョトンとして問い返すが、「あぁっ、もう。例の振付師のことだよ」と相原は少々イラつきながら返した。
「バジルさんの名前の由来なんて、今はいいんだよ。それより……いいか、李智。センターは華があるだけじゃダメなんだ。華だけならソロで売れりゃいい。グループのセンターは、1番俯瞰で見れる人間じゃないと務まらない。1番自由に、思い切り動けるのは、実はセンターの隣だったりする」
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