Track 1-2
高久とハジンに、今回呼び出された内容は家族にさえも口外禁止だ、とキツく言われて帰された。3人の少年、
メディア出演も、上の許可が出るまでは告知してはいけないというルールがある。デビュー関連の話なら、尚更だ。とりわけ交友のあるわけではなかった3人の間には、秘密を共有した妙な連帯感が生まれていた。
しかし翌日のレッスンで、3人は軽い衝撃を受けることになる。前日に休んでいた
5人に増えた少年達を前に、ハジンの力強い首肯を見届けた高久が告げた。
「昨日の話の続きになるけど、この五人でメンバー全員だよ。理玖、莉都、亜央、我来、星衣。このメンバーで、通常レッスンの他にハジンくんの特訓を受けることになる。K-POPの神様の特訓だから、当然厳しいよ。でも僕は、乗り越えられない試練は与えてないつもりだから。……何か質問はある?」
亜央と同じ、身長180センチほどで、生まれつきだという茶髪に緩めのニュアンスパーマを当てた、優しい二重の少年——理玖——は、静かにかぶりを振った。
一方、安定したダンスが武器の莉都と同じ、身長175センチほどで、肩にかかりそうな群青色の髪を一つに束ねた一重の少年——我来——は「ありません」と答える。
昨日も呼ばれた3人は、ただ目をパチクリさせるだけだ。追加メンバーがいるとは思わなかったのだ。
しかし一方で、我来はともかく、この事務所で顔面と歌声が最強だと言われている理玖が呼ばれないのはおかしいと、皆心のどこかで思っていた。
高久は微笑んで、「じゃあ、特訓の日程はまた改めて連絡するから。後でスマホのグループ作っとくよ」と言い、レッスン室のドアへと歩き出す。ハジンも後に続いて行ったが、去り際に覚束ない日本語で告げた。
「あ、あの、センターは理玖です。リーダーは莉都。よろしくです」
それだけ言い残して、ドアの向こうに消えて行く。
残された5人はしばらく顔を見合わせていたが、やがてポツリポツリと言葉を発していった。嬉しさと衝撃が大きすぎて皆、一人では抱えきれなかったのだ。
初めに沈黙を破ったのは、ハジンにリーダーを任命された莉都だった。
「あ、あのさ……何だかんだで一緒のグループって、初めてじゃない? 俺と理玖は一回だけ、レッスン中組まされたけど」
「そうでしたね……。二人一組で、振り作って発表するやつ。莉都さんと一緒でした。でも俺と我来も一度だけあったよね?」
「あ、そうっすね。あと俺、亜央とはタメだから割と話しますけど」
「あの……ぼ、僕が最年少ってことに、なるんでしょうか……15歳だから」
身長190センチの星衣の発言に、四人がどよめく。
この時、莉都が21歳、理玖が20歳、亜央と我来が18歳、星衣が15歳だった。星衣だけ高校一年生で、残りのメンバーは全員高校を卒業し、ここでの練習生に徹している。そして星衣にも皆と同様、大学に進学する意思はない。
「本当に、僕で、良いんでしょうか……その、莉都さんとかめちゃくちゃダンス上手いのに。僕は昨日のレッスンですら、ついて行くの大変だったのに……」
「ハジンって人が選んでくれたんだから、良いんだろ。最初から自信ないと潰れるぞ」
亜央の容赦ない言葉に空気が張り詰め、星衣はその大きな
亜央は持ち物を掴み取り、レッスン室のドアに向かって行く。去り際、役割を言い残したハジンのように、彼も言葉を吐き捨てた。
「理玖くん。俺は……俺は、理玖くんからセンターを奪うつもりですから」
廊下で亜央は、メッシュの入った髪をかきむしって一人毒づいた。
「なんで……なんでセンターが
☆
亜央には、中学生からの夢があった。
それは、世界で活躍するアイドルになること。
歳の六つ離れた姉が、熱心なアイドルファンだった。今も根強い人気を誇る男性アイドルグループ、YBFの虜だったのだ。YBFとは、Your Boyfriend Foreverの頭文字を繋げたものだ。
YBFのセンターを務める、水色がメンバーカラーの男の子、
色鮮やかなサイリウムの波。息つく間もなく、アイドルの周りから出てくる炎やレーザー。上下左右と、自在な動きをするステージ。客席に迫ってくる、メンバーが乗り込んだ大きなトロッコ。鳥肌が立つくらいの歓声。
自宅リビングにいながら、圧倒的な非日常がそこにはあって、いつも亜央を叱ってばかりの姉を、満面の笑顔にしてくれた。天城匠斗は、姉を優しくする魔法使いだと思っていた。
チケットが2枚取れたからと姉に連れられ、初めて『彼氏魂』と呼ばれるYBFのコンサートに足を運んだのが、13歳の時。
初めはその会場の大きさと、ほとんどが女性のファンの熱気に圧倒されていたが、開演時間のカウントダウンが行われていく中で、いつの間にか引き込まれている自分がいた。
「3! 2! 1! きゃあああああああああああっっっっっっ!!!」
アイドルが登場した瞬間、DVDなんかとは比べ物にならない大きさの、それこそ会場が揺れるような歓声が湧き起こる。思わず鳥肌が立つ。
隅々まで計算された照明の動き、何度も何度も変わる煌びやかな衣装、舞台のような世界観の数々。瞬きすら勿体ないと感じた。
花道を駆け抜ける汗だくの天城匠斗に向けて、左手で水色のサイリウム、右手で「ウィンクして」と書かれたうちわを振る。どちらも姉に貸し出されたものだった。
こちらを見た彼は手を振り、「ありがとう」と口パクで示してウィンクを見せた。思わず歓声をあげ、右隣の姉とハイタッチをした。左隣の人も、「良かったね!」と亜央に声をかけてきた。彼女は亜央達と同じ水色のサイリウムを持っていて、満面の笑みで泣いていた。
あぁ、何か、良いな。すげぇ。
自分もああやって、男女関係なくみんなを笑顔にしてみたい。
心が、魂が震える、圧倒的非日常の空間に立ってみたい。
あの場所に立つ時、どんな心地なんだろう。
「亜央。どうだった? めっちゃ最高だったでしょ? たっくんからファンサまでもらっちゃって」
「姉ちゃん。コンサートのこと、ナントカ
「え?」
「魂が震えるくらい……ヤバかった」
その日、亜央はアイドルになると決めた。
そして自分で履歴書を書き、天城匠斗がいる事務所に送ってオーディションを受けることにしたのだ。
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