Track 1-3
会場に行ってみると、周りには当時13歳の亜央と同じくらい、あるいは少し年上の少年達がざっと百名ほどいた。中には目の覚めるような金髪に染めた者や、大振りのピアスとネックレスを身に付けている者もいて、黒髪にTシャツジーパン姿の亜央は、かなり萎縮した。
否応なく存在感を増す鼓動を手で押さえつけていると、バンダナでポニーテールを結った振付師らしき人がやってきて、急に曲をかけて亜央達の前で踊って見せた。それは亜央の知らない、YBFのものではない曲だった。
振付師はサビと思しき部分を何度か繰り返して踊り終えると、「10分練習時間あげるから。終わったら今のやってみて」と少年達に丸投げしてきた。
姉と一緒に、天城匠斗の出ているDVDは穴が開くほど見てきている。天城の振り付けは完コピできるレベルになっていた。しかし亜央は、何度も何度も踊って理詰めで身に付けていくタイプだった。だからこのオーディションでは、ひどく焦った。早速振りの復習をしていく他の少年達を盗み見て、動きを合わせていく。
必死に喰らい付いていると10分はあっという間に過ぎ、テスト時間となった。
「さ、次の5人。出てきて」
一生懸命覚えたはずなのに、できなかった。
頭が真っ白になって、手足が何者かに乗っ取られたかのように動かなくなった。周りを見て真似をする、という余裕すら失われていた。
初めての経験で、驚くというより怖かった。大音量で曲が流れていたのに、亜央の耳を支配したのは、自身の鼓動だった。
当然のことながら、落ちた。
翌年も落ちた。
その事務所は2回しかチャンスをくれない所だったから、姉の推しと同じ事務所に入ることは、ついぞ叶わなかった。
それから何度も何度も、あのアイドルの歌と踊りを練習した。天城匠斗以外のメンバーの動きも食い入るように見て、息遣いまで再現できるくらいにやり込んだ。オーディションのチャンスがないなら、スカウトされるまで粘ろうと思い、ダンス動画を投稿できるSNSを登録してみた。毎日毎日投稿を続けた。しかしフォロワーが微妙に増えていくだけで、事務所からの声がかかることはないまま、月日が過ぎて行った。
そんな中、16歳となっていた亜央に声をかけた男がいた。
それは亜央が2回落ちたあの事務所ではなく、
「ダンス動画全部見たよ。君ならきっと成功できる……というか、成功するよ、必ず」
嘘だ、と亜央は思った。
ハイグリはまだ若い弱小事務所で、知名度がないために人も不足しているから、燻っている亜央に甘い言葉をかけただけだ。そんな事務所で成功するビジョンが、全く亜央には見えて来なかった。
以前、立ち上がったばかりのハイグリから
しかし、亜央に声をかけてくる事務所はハイグリだけだった。高久に対し、一旦は返事を保留にしていたが、所属する以外の選択肢はないのではないかと、亜央は途中から思い始めた。
今、せっかくのスカウトを逃してはいけない。ここで断ったら、一生アイドルになれないかもしれない。
亜央は後ほど移籍することも考えつつ、一旦入所して練習生となり、がむしゃらにレッスンに取り組んだ。初見の振り付けはまだ間違えやすいけれど、確実に実力はついてきた。あのスキンヘッドの振付師に、これでもかというほど、しごかれてきたからだ。
「亜央がセンターのグループ、作れたら良いな」
いつだったか高久にかけられた言葉を、心のどこかで信じるようになっていた。自分ならハイグリを変えられるかもしれない、天城匠斗のライバルになれるかもしれない、とさえ思い始めた。
でもセンターに抜擢されたのは、亜央より半年遅れて入所してきた
☆
「
「あ……はい。すみません」
天馬亜央達5人は、高久とハジンに選抜されてから約半年間の特訓を終え、デビューシングル『Sweet Drug』のジャケット撮影に挑んでいた。
Φalというグループ名は、プロデューサーのハジンが決めた。
薬瓶を意味する
様々な個性の集まりが、ファンをそれぞれの快楽の底へ。そんな意味が込められているという。
メンバーの名字は、少しでもキラキラしていた方が良いからと高久が決めた。全員、名字だけは芸名だ。
そんなΦalの、絶対的エースは
奇数だから、どうしたってただ一人センターの理玖が目立つ。理玖に合わせて立ち位置を変えた亜央は、指摘してきたカメラマンにバレないよう、そっと唇を噛んだ。
デビューが決まったことは、もちろん嬉しい。亜央は夢のスタートラインに、立つことが許されたのだから。
Φalは、ハイグリにおいてUr BroZers以来のデビューとなった。しかもプロデューサーは、あの世界的K-POPグループの
でも亜央は、センターには立てない。
理玖をセンターとして確立させることは、ハジンと高久の強い意向だった。
このジャケット撮影でも、雑誌やポスターの撮影でも、必ず理玖がセンター。
いっそのこと、俺を外して他のグループに入れてもらえれば、センターになれていたかもしれないのに。
亜央は時々、そんなことを考える。しかし間近に迫ったデビュー記念ツアーを夢想するだけで、心が躍るのも事実だった。
「天馬くん、表情表情。イケメンなんだから、もっとキリッと」
「神城くん、いいね〜。キマってるよ!」
亜央は軽く息をついて、表情を作る。カメラマンがサムアップして見せる。
今は亜央が引っ込んでいる方が、映りが良いみたいだ。
……ダメだダメだ。せっかく一握りの夢を掴んだのに、ネガティブになってたら。
次々と切られるシャッターが、亜央から余計な思考を取り除いて行った。
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