Track 1-1
アップテンポの音楽に合わせ、40名ほどの少年達が同時に細かいステップを踏む。
♪ そう Drive me crazy 俺をこんなにも狂わせるのは君だけ
大人びた歌詞を口ずさみ、10代〜20代前半の少年達が汗を滴らせながら全身を動かす。
右足を左、左足を右に動かすものだから、何人かが混乱し、足がもつれていた。少年達の正面で仁王立ちをしているスキンヘッドの振付師は、見て見ぬ振りでいる。一旦、通しで踊らせる判断をしたようだ。
そんな彼らの様子を、部屋の隅っこで真剣に眺めている大人が二人いた。薄紫のスーツを着ている方は
この部屋は、芸能事務所
高久と、彼にプロデューサーとして韓国から来日するよう懇願された朴は、しばらく踊る少年達を見た後、顔を見合わせ頷いた。そのまま二人は、振付師の方に目線をやる。その目線をしっかり受け取った振付師は、音楽を止めて手をパンパンと叩いた。
「よし、じゃあ今日はここで終わりだ。今ステップ間違えた奴いただろ? 自分で分かってるよな? 明日までに必ず修正しろ。もし分かんないなら、とにかく聞け。この踊りをテレビで披露した先輩も、この事務所にいるんだ。遠慮なく聞いて教えてもらえ」
滴り落ちる汗をタオルで拭ったり、その場にへたり込んだりした少年達が、最後の力を振り絞って「はい」と返事をした。振付師が「じゃあ解散」と言った直後、高久が端から手を上げる。
「あーっと、まだ帰らないでくれ。話があるんだ。……えっと?」
高久は先ほどまで振付師のいた場所に歩いて行き、ついて来た朴をチラリと見やる。朴はキョロキョロと全体を眺め、高久に何か耳打ちをした。
「えー、
呼ばれた3人の少年達はキョトンとし、残りの少年達は彼らを気にしつつも、「お疲れ様でした」と次々レッスン室を後にする。振付師が(用がないなら早く帰れ)と強い視線で訴えていたからだ。この振付師はスパルタなので、みんな視線を向けられただけでたちまち怖気付き、帰ってしまうという魔法を持っている。
高久社長に呼ばれた莉都は、身長が175センチほどで、艶のある黒髪をテクノカットにしている。奥二重の瞳も相まってか、妙に色気を感じさせる少年だった。
亜央は、身長が180センチほどで、金のメッシュを入れたツーブロックマッシュのヘアスタイルだ。汗で前髪はなくなっているが、整った額と大きな猫目で人目を引く少年だ。
星衣は、190センチに達しようかという長身で、鮮やかな金髪ゆえにハーフと見紛う。しかし愛嬌のある瞳には、まだ子どもらしさがあった。
彼らは皆、なぜ高久社長直々に呼ばれたのかを全く知らないでいた。
呼ばれた3人のうち、亜央と星衣は先程のステップを踏み間違えていた。彼らは(社長の隣にいる、知らないメガネのおじさんに怒られるんだろうか)と考えていたが、(違うのかもな)と思い直す。残りの莉都はいつも、ミスなく踊り切るメンバーだからだ。あの振付師も一目置くくらいの実力者で、共に怒られるはずがない。
一方で莉都は、(社長に呼ばれたのはともかく、隣のおじさんは誰だろう)と考えていたのだった。
高久社長が少年達と朴を交互に見やり、口を開く。
「あぁ、ごめんごめん。ハジンくんとは初対面だったか……ハジンくん、自己紹介を」
「あ、はい。初めまして、私は、
「「「お願いします」」」
「ハジンくんは、韓国から来日したばかりのすごいプロデューサーなんだ。あの
「「「えっ!」」」
ハジンは見た目こそほぼ日本人なのだが、日本語はごく簡単なものしかまだ話せないようだった。ただ彼は、韓国どころかアイドル界全体で崇められ、K-POPの神様の異名を持つ人物なのだ。莉都達はその伝説の人物を初めて目の当たりにしたのだった。
ハジンがプロデュースの一端を担ったgloocuyは、全米ヒットチャートで2週連続1位を獲得したこともある、世界的K-POPグループだ。ちなみにグループ名は、cool guyのアナグラムである。
ハジンの正体が分かったものの、3人の少年達はまだキョトンとしている。自己紹介だけならわざわざ呼び出されなくても良いはずなのだから、無理もない。
高久は彼らの顔を順に見て、静かに告げた。
「君達は、僕とハジンくんに見出された人材だ。……君達にはこれから、ハジンくんの特訓を受けてもらう」
「特訓……?」
亜央が呟くと、高久は静かに頷いた。
「莉都、亜央、星衣。デビューの可能性が高まっているメンバーだと、僕は思ってる。磨けばもっと光るものがあるはずだと、ハジンくんも判断したんだ。油断せず、心して特訓を受けて欲しい。そして……
少年達は息を呑む。
デビューの可能性。
その言葉は、彼らが最も求めているもの。ここで生きる最大の目的。
とりわけ亜央にとって、その言葉はずっしりと胸に響いた。
このまま頑張れば、デビュー……さらにはセンターになれるチャンスもあるかもしれない。
その瞬間、亜央の猫目に、強い光が宿ったのだった。
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