Track 1-6

 呼ばれたのは、李智いちの姿をした亜央あおと、昨日のライブ後に声をかけてきた未地みち、夕飯に誘ってくれた紗空さく、同じ寮の蒼羅そら、そして他の5名を合わせた9名であった。亜央達は互いを見やり、おずおずと前に出た。その他の練習生は9名を凝視したり、我関せずとウォーミングアップを続けたりしている。


 呼ばれた練習生達が指示通りにレッスン室前方に集まると、彼らを名指ししたポニーテールの女性は微笑み、言った。


「突然で、びっくりするかもしれないけど……今日から君達で、ユニットを組んでもらう。昨日までのΦalファイアルのライブを見て、選抜させてもらったわ。

 デビューの確約はないけど、試験的にこのユニットで適性を見ていくつもり」


 ユニット……? 選抜……?

 レッスン室がざわめき始めた。


 そもそもこの女性、事務所の社員なのは知っていたが、プロデュースに関わる部門ではなかったはずだと亜央は思い返す。彼女が選抜したとは考えづらかった。なぜ彼女がこんな重大発表を?

 それまで黙っていた振付師は、そんな亜央達を見て、一言告げる。


「この方……バンナンさんは、Ur BroZersユアブラザーズの元プロデューサーだ」


「えっ」


 亜央達だけでなく、名を呼ばれなかった練習生からもどよめきが起きた。バンナンさんと呼ばれた彼女——ばんみなみさん——は恥ずかしそうにしている。


「でもほら、Ur BroZers、解散しちゃったでしょ。だから責任を取って経理に異動してたの。だけどΦal見てたら……今度こそ、ちゃんと夢を掴ませてあげたいって思って。

 あ、失敗したくせに何を今更とか、思わないでね。この3年、何もしてなかったわけじゃないの。秘策はあるんだ」


「ハジンさんが来て、Φalは華々しくデビューした。だけどな、バンナンさんだって高久社長が認めたプロデューサーだし、俺もバンナンさんを信頼してる。だからお前ら、選ばれたことは素直に喜べ」


 振付師にそう言われたので、これは名誉なことなのだと亜央は思った。大ニュースだ。早速、レッスンが終わったら李智に伝えなければ。


 この日は初めから、ユニットメンバーとそれ以外で練習メニューが分かれることになった。亜央達にはいつもの振付師とバンナンさんがつき、他の練習生には、ライブツアー中などの繁忙期にお世話になる、臨時の振付師がつくことになった。


 ユニットメンバーを一人一人見てから、伴南は口を開いた。


「さて。改めまして、伴南って言います。名前を音読みしたらバンナンになるから、馴染みの人にはそう呼ばれてる。君達も好きに呼んで良いからね。伴さんでも、バンナンさんでも。あ、でも南さん、はちょっと距離感的にNGかも」


 みんながクスッと笑う中、紗空がすぐに手を挙げた。バンナンさんに指名される。


「あの、ユニットとそれ以外の練習生はどう違うんですか? 練習メニューが違うってだけですか?」


「練習メニューは半分同じで、半分違う。今日は最初から分けてるけど、次回以降はレッスン後半から分けるつもりよ。

 ただ最大の違いは、露出の多さかな。君達には、次世代ハイグリの顔として、色んなアイドル雑誌に出てもらおうと思うの。ハイグリはΦalだけでしょ? なんて、思われたくないからね。

 それと、できれば君達の先輩……元Ur BroZersとか、Φalのバーターでテレビに出させてもらうことも検討してる。まぁこれは、ある程度ユニットとして形が見えてきたら、の話ではあるけど」


 雑誌やテレビ。デビュー前に顔を覚えてもらうためには、大きな足掛かりになる。

 亜央もΦalとしてデビューする前、既に俳優として活動していた元Ur BroZersのバーターとして、ドラマに少し出演していた。センターの理玖りくは同じくバーターとしてCMに。高身長の星衣せいはバーターではなかったが、準レギュラーモデルとしてファッション誌に。

 このユニットも、Φalが行ってきたことをやることになるのだろう。

 バンナンさんは続ける。


「で、まず必要なのがキャラ付けというか立ち位置なんだけど……」


 それまで流暢に話していた伴が言い淀み、スキンヘッドの振付師が後を引き継ぐ。


「お前達の適性を総合的に判断した。あくまで現時点での暫定であって、今後流動的に変更される可能性は極めて高いから、油断はするなよ」


 伴がポケットから紙を取り出し、「今から言う順番で、左から並んで」と言った。暫定とはいえ、全員が固唾を飲む音が聞こえた。


深青みお。蒼羅。菜生なお。キラ。李智。未地。伊佐いさ。紗空。乃亜のあ


 ズラリと9人並んだ鏡を見て、亜央は驚いた。

 李智——つまり自分が、センター。


「今の所、センターは李智に任せるつもりよ。雑誌撮影のフォーメーション、今後のダンス練習共に、一旦センターは全て李智にするわ」


 左隣から鋭い眼光を感じてチラリと向くと、キラと呼ばれた少年が、伴と振付師にバレないように亜央を睨みつけていた。

 並んだ9人を順に見て、振付師が釘を刺す。


「くどいようだが、暫定だ。年齢や入所歴は関係ない。センターを追われる場合もあるし、端のメンバーが一気にセンターに躍り出る可能性もある。能力を開花させるのも、下手なスキャンダルと怠慢で身を滅ぼすのも、全部お前達次第だ。次世代ハイグリとして売り出す以上、Φalの名前を汚さないよう互いに切磋琢磨して欲しい。

 でもな、忘れるな。切磋琢磨と足の引っ張り合いは、まるで違う。もし意図的に足を引っ張った奴は……最悪の場合、退所させる」



 スパルタ振付師の凄みに、少年達の背筋が伸びる。


 ただ一方で、亜央は恍惚こうこつとしていた。


 あれだけ願っても叶わなかったセンター。理玖を恨むわけではないが、ただただ悔しかった。

 今は李智の姿を借りているし、暫定だし、デビュー組でもない。だけど今、9名ものメンバーの中で、亜央がセンターに立っているのは事実だった。


 未地が亜央の肩をポンと叩く。彼は何も言わないが、キラのような人を殺しかねない視線は感じなかった。李智と未地はレッスン中よく一緒にいるから、仲は良いはずだ。だが今の行動を見て、二人の間には強い絆があると亜央は確信した。亜央は未地に対し、軽く頷く。


 自分のためにも、李智のためにも、再び体が入れ替わるまで、センターを渡すわけには行かない。思いっきりセンターを楽しもう、亜央はそう思っていた。


 振付師の「分かったか!」の声に、亜央は「はい!」と力強く返したのだった。

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